最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#187 第三十四話「先送り」


 その後、いくつかの作戦を考え、ループを挟みつつ順番に実行したが……。  結論から言うと、すべて失敗に終わった。

 作戦その①  露店にお姉様を連れて行き、セラに会わせる。  前回の失敗から、私はセラから信用されていないと学んだ。  ならばと、直接お姉様と話をさせてみた。

 お姉様はセラと友達にはなれないと言っていたが、仲良くなる余地はあると私は思っている。  お姉様は魔法大好き。そしてセラは代々魔法使いの家系だ。  共通の話題はあるから、話をすれば意外と盛り上がるかもしれない。

 セラの口下手は私がフォローを入れればなんとかなる。  二人が仲良くなってくれたら、周辺の事情は一旦後回しにしても入学式はクリアできる。

 そんなことを期待したのだが……。

「姉妹二人でこんなところに……随分と仲良しなのね?」

 セラは髪をかき上げ、高圧的な態度で私たちを見下ろした。  言葉こそいつも通りのトゲトゲしさだが、前回とは微妙に様子が違う。  私を睨む目力が、一人だったときよりも強い。

 ――レイラと二人でお出かけなんて……!

 とでも思っているのだろう。  私はノーラのおかげで内心を察せるが、お姉様はそうではない。

「ええ。今日はソフィーナの買い物の付き添いなの」

 遠回しな嫌味と受け取ったのだろう。まるで見せつけるかのように、お姉様が私を抱きしめた。  セラの眉が、注視しなければ分からない程度にピクリと動いた。

「入学前の忙しい時に……優しいのね。せいぜい足下をすくわれないようにしなさい」

 セラは遠回しに「妹に気を許さないで! 油断しないで!」と言っている。  百%善意の発言だが、当のお姉様はセラの真意に気付かない。  いや、気付けなくて当然だ。  セラの言葉は高圧的だし、表情の変化はよく観察していないと分からない。  本心を悟らせないことは貴族として必要な資質なのかもしれないが……今だけは余計だった。

「セラさんはお優し――むぐ」

 さりげなくセラの発言にフォローを入れようとしたところ、お姉様に力強く抱きしめられ、口を閉じられてしまう。

「ソフィーナ。少しだけ静かにしてて」 「あふっ」

 耳元で囁かれ、変な声が出た。

「心配には及ばないわ。私たち、とっっっっても仲良しだから」 「……! 忠告はしたわよ!」

 何故か私を恨めしそうに睨んでから、セラは踵を返して馬車に戻った。  十分に馬車が離れたことを確認した後、お姉様はようやく抱きしめる腕の力を緩めた。

「行ったわね」 「……けほ」 「ごめんなさい。苦しかったわよね」

 私の頭を撫でながら、お姉様が謝りの言葉を口にした。

「あの子、なぜかソフィーナを目の敵にしてるのよね」 「ど、どうしてでしょうね」

 セラの中では妹=意地悪な存在だ。  実妹がそうだし、 『聖なる乙女と純白の騎士』のクラウディアもそうだから。

 だから私も同じように、お姉様に意地悪をする敵と思われている。

「ソフィーナに何か言われたら私、黙っていられないと思ったから……つい力が強くなっちゃった」 「だいじょーぶですよ」

 ……フォローを入れる隙間もなかった。  目的は果たせなかったが、これはこれでご褒美イベントだ。

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 作戦その②  母に味方になってもらう。  父がダメなら母はどうかと、味方になってもらおうよう頼んでみたが……。

「ダメ」

 の一言で撃沈した。  母本人が何かされた訳ではないが、やはり大好きな父を陰湿な方法で追い詰めていたフィンランディ家には思うところがあるらしい。

「公爵家との会合の後、あの人はいつもやつれていたわ。理由を知ったのはつい最近よ」

 父はこれまで母に弱音を吐いていなかった。情けない自分を見せたくなかったのだろう。  理由を知ったということは、今は弱音を言える間柄になっているということ。  これも家族仲が良い証拠と言えるだろう。

「あの人を虐めるような輩の子供とレイラを友達にさせる手伝いなんてできないわ」 「……ですよね」

 母から父に言ってもらえたら、もしかしたら違う答えが返ってくるかも――と期待したが、母の様子を見る限り無理そうだ。  公爵家の仲が悪いことは私も重々承知していたが、ここまで拒否反応が出るとは。

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 作戦その③  お姉様に『聖なる乙女と純白の騎士』を読んでもらう。

「お姉様! この本、すごく面白いですよ!」 「『聖なる乙女と純白の騎士』……?」

 ノーラが読者と知った瞬間、同士と認定された対セラ用の切り札。  お姉様がこの本の読者なら、セラの態度ももっと軟化するはず。

 なぜこれを最初に思いつかなかったのか、と思うほど有効に思える作戦だった。

「この手の物語はあまり読まないのだけど……」 「私もそうでした。けど一度ページをめくったらもう最後! すらすら読める文体、物語の世界に没入できる冒頭、ハラハラの中盤、そして圧巻のラストまで一気に引き込まれちゃいます!」

 ……お姉様に勧めるにあたり、私もひととおりは読んだ。  読みやすくはあったが、やはり「姉を陥れる妹」がどうしても引っかかった。  あと、ヒーロー役のアルヴィスもだ。  現実ではろくでもない男ばかり見てきたせいか、あんな都合の良い男がいてたまるか――と、ツッコミを入れまくってしまい、全然話に集中できなかった。

 こういう感性の違いも、セラに嫌われる要因のひとつなのかもしれない。

「……わかったわ。ソフィーナがそこまで言うなら読んでみるわね」 「ありがとうございます。読み終わったらぜひ感想を聞かせてください」

 その翌日。  お姉様が部屋に本を返しに来た。

「もう読んだんですか?」 「……えっと。ごめんなさい。私には合わなかったわ」

 どうやらお姉様も姉妹仲の悪い物語は受け付けなかったらしい。  感性が私と同じで嬉しい反面、対セラ用の最強武器は使えないことが分かった。

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 その後も何度かループを挟みつつ、色々と試してみたが、これといった成果は得られなかった。

「フィンランディ家がもっと話の分かる人だったらなぁ」

 はぁ、とノーラがため息交じりに漏らす。  貴族の付き合い=腹の探り合いなのは多くの場合においては真実だが、例外もある。

 父とエルヴィス陛下のように、家柄と関係なく親しい間になることだってある。  それは互いが互いを理解し、尊重し合っているからこそできること。

 あの家に理解や尊重それらを求めるのは無駄なことだ。

「選択肢も出てこないね」

 何もない空中を指でなぞるノーラ。

 選択肢は、お姉様が学園にいる期間に増える。  神々が主舞台と決めている場所が学園だからだろう。  入学式は学園の敷地内で起こるイベントではあるが、その前という扱いのようだ。  この期間に出た選択肢はひとつだけ。

「今まではなんだかんだヒントとか貰えてたけど……ホントに手探りだね」

 今の状況でヒントがない、というのは非常に厄介だ。  取れる手段が幼少期より増えた分、何が有効で何がそうでないかの判別が難しくなる。  選択肢があれば、文章からおおよその方向性を探れるのだが……。

「たまに関係ない選択肢も出てくることがあるから、あまり鵜呑みにもできないけどな」

 『オズワルドに釘を差しますか?』という選択肢が出たことがあったが、あれが何のイベントに関係しているのかはまだ分かっていない。  そういう無関係そうな選択肢が出てくることも、シナリオ攻略の難易度を上げる要因になっている。

「難しすぎるよ~」

 ベッドに頭を埋め、足をパタパタさせるノーラ。  お姉様には見せられない姿だ。

「やっぱり私が潜入したままでないといけないのかな」 「……」

 入学式イベントで出てきた選択肢は『ノーラをフィンランディ家に潜入させますか?』だけ。  あれを「はい」にすることが、イベントクリアに必須なのだろうか。

 その場合、ノーラはずっとあの家の専属になってしまうのではないか。  戻すためにはどうすればいいのか。

 現状、その答えは分からない。

「一旦そっちの方向で考えてみよっか? セラと仲良くなる方法はもう分かったし、私が説得して――」 「けど、怖いだろ」

 自分が死んだ場所にもう一度行かなければいけない。  そのストレスは筆舌に尽くしがたい。

 私も、初めての死を経験した馬車小屋に入れるようになるまで相当な時間を要した。

「大丈夫! レイラの為だもん」

 ノーラは気丈に拳を握っているが、わずかに肩が震えていた。  自覚があるなら大した胆力だし、自覚がないなら危険だ。

 次にまたセヴェリウスに目を付けられたら。  今度こそノーラは壊れてしまうだろう。

 そんなリスクを負わせる訳にはいかなかった。

「その前に試したい作戦がある」 「何か思いついたの?」 「入学式当日。まだ手を付けてないだろ」

 調査範囲を「入学前」から「入学当日」に切り替える。  入学式の中で、お姉様とセラが友達になる道があれば――ノーラはもうあの家に行かなくて済む。  単なる先延ばしかもしれない。  「やっぱり潜入は必須だった」となるかもしれない。

 それでも私は、あの選択肢の「はい」をもう一度選ぶ気にはなれなかった。

「まずは入学式当日のセラの行動を調べよう」