最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#22 第七話「初デート」


「へぇ……こんな風になっているのか」

 城下町に入ったオズワルドは、開口一番にそんな感想を述べた。  整然と家が建ち並ぶ王宮や貴族街とは違い、ここはとにかく雑多だ。  どの国でもそうだが、王都の人口が最も多く栄えている。  国の状態を見るには城下町の様子を調べるのが手っ取り早い……なんて格言もあるくらいだ。

 その格言に則って言わせてもらえば、我が国は栄えている。

「エルヴィス陛下――オズワルド様のお父上が人々の繁栄を力強く支えてくださったおかげですよ」

 賢王エルヴィスの手腕により、城下のほとんどの人は飢えることなく暮らせている。  もちろん、すべての人々が幸福を享受できている訳ではないが……少しずつ、国内の情勢は良くなってきている。

 ……まあ、アレックスが即位したら父親の数倍の早さで国内の諸問題のほとんどを解決してしまい、いつしか賢王の名は彼のものになるのだけれど。  せめて生前はエルヴィス陛下の方を称えておくことにする。

「さすが父上だ。これで僕は働かなくても済むな!」 「……オズワルド様、あっちに参りましょう」

 すぐさま働かない宣言をするダメ男の手を引き、私はある場所へと向かった。

 ▼

「ここは……?」 「露店街です」

 布を敷き、日除けを建てただけの店がずらりと並ぶ通り――露店街。  店を構えるほどの財がない商人や、仕入れが安定しない狩人などはこの場所を一時的に借りてモノを売っている。

 干した魚や果物といった食料、ブローチなどの装飾品、さらには他国で仕入れた本など、品揃えは日替わりで様々だ。  売っている物の品質の乱高下が激しいが、ときには高級店ですらお目にかかれない掘り出し物が見つかることもある。  私が城下町で一番気に入っている場所だ。

「すごい人だな。こんなに……」

 通りを埋め尽くす人の数に圧倒されてか、オズワルドの手に、ぎゅ、と力が入る。

「さ、行きましょう」 「て……手、離すなよ!? 絶対に離すなよ!?」 「大丈夫です。離しませんから」

 ものすごく手を離したい衝動と戦いつつ、私は不安そうなオズワルドに笑みを零す。  もし先の人生でどうしようもなく行き詰まったら、ここで彼をイジめて発散させてもらおう。  心のメモ帳にそう記しつつ、彼の手を引いて歩く。

「すみません。これを二つください」

 露店にあったリンゴを購入し、うち一つをオズワルドに手渡す。

「これは……?」 「リンゴです。よく拭いてから食べてくださいね」 「嘘をつくな! リンゴが赤いのは端だけだろう! これは真っ赤じゃないか!」

 それは皮を剥いた後の状態だろうが。  まあ、調理後の状態しか知らないのならそんな勘違いしても無理はない……か?

 いや普通、分かるよな……?

「食べてみれば分かりますよ。ほら」

 オズワルドの無知っぷりに目眩を覚えつつ、私は自分のリンゴにかじりついた。  しゃり、と音が鳴る。

「む。その音はリンゴの音……」

 子供特有の面白い表現をしながら、オズワルドはおっかなびっくり、私に倣ってリンゴをかじり――そして、目を輝かせる。

「おお……! リンゴだ、リンゴの味がする!」 「朝に採れたばかりのものですよ。王宮で出されるものよりおいしいでしょう?」 「うむ……なんというか、甘くて水っぽい!」 「瑞々みずみずしいと言ってください」

 「水っぽい」は褒め言葉ではないだろう。  半眼で訂正させるが、オズワルドの興味はもう別のモノに映っていた。

「ソフィーナ、次はあれが食べたい! あれは何だ!?」 「木イチゴですね」 「見ろあの果物、干からびているぞ!?」 「干しぶどうです。ああすると日持ちするんですよ」

 人の多さにビビっていたのも束の間、オズワルドは次々に食べ物をねだっては甘いだの酸っぱいだの塩辛いだのと感想を述べていく。

 気付けば、手を引いていたはずの私が手を引っ張られる側になっていた。  無邪気に、楽しそうに笑うオズワルド。  彼がこういう笑顔を浮かべている様子を見るのは初めてかもしれない。  アンインストールした人格で笑わせるのではなく、オズワルドの心からの笑顔。

 顔の造型は元々良い方だ。  こうしていれば、そこそこの美少年に見えなくもない。

「ソフィーナ、次の店だ! 早く歩け!」 「はーい」

 ――まあ、中身が外見全てを台無しにするほど残念だが。  この中身をどうにかして変えなければ、お姉様に未来は無い。

 ▼

「少し休憩しましょう」 「なんだ、もう疲れたのか? 情けない奴だな!」

 黙れこの野郎。  少しは私に歩幅を合わせろ……と説教してやりたい気分を堪え、こっそりと周辺を探る。  露店を往復した私たちがいま居る場所は、噴水前と呼ばれているところだ。  貴族街に近いためか雑多な印象は鳴りを潜め、どこか落ち着いた雰囲気がある。

 ここには貴族御用達の店がいくつかある。  その中には――お姉様のドレスを仕立ててくれる洋服屋も含まれている。

 そう。  例の誘拐犯は、ここにいる。

(――いた)

 いつもの物陰に隠れる二人組を発見する。  背が高くひょろっとした男と、背が低くずんぐりとした男。  捕まることを恐れているのか、端から見るとかなり挙動不審だ。

「もう休憩はいいだろ? 次に行くぞ!」

 元気が有り余っているオズワルドは早く次を見て回りたいようだ。  ……子供の我が儘は可愛いものだが、こいつだけは別だ。

「ちょっと待ってくださいね。お小遣いの残りは……あっ」

 財布を確認しようとして、中の硬貨を盛大にぶちまける。  もちろんフリだ。  「子供に似合わぬ大金を持っている」ということを誘拐犯に気付かせるための。

「あわ、あわわ」

 私は膝をつき、慌ててそれをかき集める。

「何をしているんだ全く……早く拾え!」

 いや手伝えよ。  腕を組んでふんぞり返るオズワルドに、さすがに血管がぶち切れそうになる。

 我慢、我慢だソフィーナ。  これもお姉様を救うため……ぐぎぎ。

 硬貨を(一人で)拾い集め、私は枚数を数える。

「銅貨が足りません。もう一枚、どこかに落ちているはずなんですが」 「たかが銅貨一枚、別にいいだろう!」 「何を言っているんですか! あの一枚にどれほどの価値があるか……!」

 私が肩を怒らせて反論すると、それより大きな声でオズワルドは怒鳴った。

「銅貨の一枚くらい、僕がくれてやる! あんなもの、家に帰ればいくらでもあるんだ――何せ我が家は金持ちだからな!」

「――!」

 誘拐犯がオズワルドの言葉に反応し、何やらこそこそと話し合っている。  よしよし。

「分かりました。では、次に行きましょう」 「うむ!」

 もはや当たり前のように手を差し伸べてくる。  手懐ける、という点ではこの時点でも成功と言えそうだ。  しかし、まだ足りない。

「で、次はどこに行くんだ?」 「こっちです」

 私は行き先を告げず、誘拐犯の潜む裏路地に真っ直ぐ突き進んだ――。

----