最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#33 第七話「これまでと違う行動」


「それではお姉様、行ってきます」 「ええ。頑張ってね」

 お姉様のぬくもりを堪能してから、私は家を出る。  門の先には立派な馬車と、その前でふんぞり返るオズワルドがいた。

「おはようございます、オズワルドさま」 「うむ!」

 にぱ、と笑いかけると、オズワルドは尊大に頷いた。

「今日は良い天気ですね」 「うむ!」

 家の馬車を使うと行っていないことがバレてしまうので、朝はこうしてわざわざオズワルドが出迎え(のフリ)をしてくれている。  彼の返事がすべて「うむ!」なのは、口を開くとボロが出てしまうためだ。  初日にいきなり大声で「サボる作戦の手伝いに来てやったぞ!」と言われた時は張り倒してやろうかと思ったが……それ以外は割と滞りなく進んでいる。

 馬車の中で二人きりになってから、私は再び口を開いた。

「何か問題は起きていますか?」 「ない! この僕に任せておけば大丈夫だ!」

 えへんと胸を張るオズワルドだが、彼に頼んだことは作戦の協力と『余計なことを口にしない』だけだ。  この作戦には、もう一人の協力者がいる。  家庭教師だ。

 オズワルドを説得したのち、彼の威を借りてお願いした。  家庭教師は何故か感激した様子で、

「あのオズワルドさまが他人のために動くなんて……愛は人を変えるんですね!」

 と、喜んで協力してくれている。  彼女のおかげで、城内にいる父の監視の目も完璧に誤魔化せている。

 ――「しっかり勉強しているようだな。偉いぞソフィーナ」  ――「へ? は、はい」

 父からこんな言葉をかけられ、戸惑ったほどだ。  どうやっているのかは全く分からないが、とにかく頼もしい限りだ。

「婚約者でなければここまで僕が一肌脱ぐことなんてなかったぞ! ソフィーナ、感謝するんだな!」 「……」

 嘘をつけ。  私はこれまで、嫌と言うほど彼のクズっぷりを見てきた。

 お姉様が風邪を引いたとき、心配もしなかった。  お姉様が苦しんでいるとき、ギャンブルに興じていた。  お姉様が泣いているとき、他の女とよろしくやっていた。

 婚約者のために動けるなら――どうして今までそうしてこなかったんだ。  その態度が、言葉が、行動がどれだけお姉様を傷付けたか。

「んん? どうした、僕のカッコイイ顔をそんなに見つめて」

 私が睨んでいることに気付かず、にへら、と笑うオズワルド。  呼吸を整え、いつもの笑顔の仮面を貼り付ける。

「……なんでもありません。それでは今日もよろしくお願いします」 「うむ! 安心して用事に励むと良い!」

 ある程度のところまで行ってから、私は馬車を降りた。

 ▼

 裏道を通り、これまで来た道を逆戻りする。  目的地は実家――の、外にあるくたびれた倉庫だ。  そこから裏庭の方に出られる秘密の抜け道がある。これも当主しか知らない秘密の出入り口だ。

 誰もいない裏庭に出て、そこから隠し通路を使ってお姉様を探す。

(いたいた)

 お姉様は自室を移動し、図書室で家庭教師に勉強を学んでいた。

「全問正解。素晴らしいですレイラお嬢様」 「ありがとうございます。先生のおかげでとても分かりやすいです」 「イグマリート家の将来は安泰ですな」 「まだまだです。もっと研鑽を積まないと」

 お姉様は自分の有能さを驕ることもなく、次々に稽古をこなしていく。  様々な勉強、ダンス、礼儀作法、基礎体力を付けるための運動。

「――今日はここで切り上げましょう。お疲れ様でした」 「ありがとうございました」

 うっとりとお姉様を眺めている間に、今日の稽古はすべて終了した。

「さてと」

 自由時間になるとお姉様は自室に戻り、机に置いた本を手に取った。  魔法の教本だ。  もう何度も読んだはずなのに、飽きることなくページに見入っている。  やはりお姉様は、魔法に相当な興味があるらしい。

 ――何の変化もないまま、二週間ほど経過した。  お姉様は相変わらず魔法の本に夢中だ。  何度も読み直しては、物憂げに窓の外を見やる。

「……よし」

 変化があったのは三週間目。  意を決したように、お姉様は本を閉じて部屋を出た。

 ▼

「魔法の適性を知りたい、ですって?」 「はい」

 テラスで優雅に茶を楽しんでいた母は、お姉様の申し出に眉を上げた。  新しい習い事は基本的に父に頼むことになっている。  しかし今、父は公務のため外出中で数日は帰ってこない。

 それまで待てないのか、日を開けると決意が揺らぐと思ったのか。  お姉様は、母に頭を下げていた。

「…………そうね。そろそろ調べてもいい年ね」

 母はしばらく黙考したのち、お姉様の願いに応えた。  イグマリート家の家訓は学ぶ機会を奪わないこと。  それが無かったら断られていただろう。  そう思えるほど、母の顔は『面倒』と雄弁に語っていた。

「手続きをしてあげるわ。向こうの準備が整い次第、教会に行きなさい」 「ありがとうございます、お母様」

 本を抱きしめ、声を弾ませるお姉様。

 オズワルドの婚約者。  その立場と責任が、お姉様から魔法を学ぶ未来を奪っていた。  そう考えると、やはりこのルートはこれまでより正解に近いように思える。

 ▼

 数日後。お姉様は教会で判定を受けた。  他のルートと同じく、お姉様の適性は水だ。

 大地の神を崇めるこの国は土の適性を持つ魔法使いが多く、水に適性を持つ人はあまり現れない。  水源が乏しい内陸部ということもあり、水を生成できる魔法使いはかなり重宝される。

 よほど重要な立場――例えば、王子の婚約者とか――でない限り、適性が判明次第、魔法を学ばせてもらえる。

「ほう、水に適性が……」 「はい」 「ならば魔法の家庭教師を探そう。しばらく時間がかかるが、いいな?」

 前述した通り、水の魔法使いは数が少ない。  公爵令嬢のお姉様を教えられる立場となると、さらに限られる。

「はい! ありがとうございます」

 珍しく喜びを顕にするお姉様。  そんなお姉様に、母は冷や水を浴びせるように目を細めた。

「魔法もいいけれど、女磨きを怠っては駄目よ? もう婚約者を横取りなんて無様な真似はされないように……ね」 「……っ。もちろんです。他のことを疎かにするつもりはありません」 「そうして頂戴」

(……ぶっ殺してやる)

 母のネチネチとした嫌味に殺意を覚えるが、ぐっ……と堪えた。  父も、母も、お姉様の未来には邪魔になる存在だが……子供の時は逆にいてもらわなければ困る。

 天罰が下るその時まで、せいぜいデカい顔をしていろ。  胸中でそう吐き捨て、私は退室するお姉様を追いかけた。

 ▼

(……? お姉様、どこに?)

 自室に戻るかと思ったが……お姉様の足は部屋とは逆方向に向いていた。  少しだけ周囲を気にしながら、屋敷の裏手に回る。

 ――これまでのお姉様にはない行動だ。

 もしかして、これが奇病に罹るルートに繋がっている……?  私は跳ねる鼓動を押さえながら、慎重に後を追った。

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