「――戻れ」
私はループをして、家庭教師候補たちをもう一度お姉様に宛がってみた。 今回は多少ダメなところがあってもある程度は許容するつもりでいた。 彼ら候補が全員ダメだった場合、行き着く先はスイレンだからだ。
一人目。 ドノヴァン・ゴードレッド。 伯爵家次男、四十四歳。
代々魔法使いを多数輩出している名家(本人談)で、魔法の名門・フィンランディ公爵家と懇意にしており(本人談)、宮廷魔法師に多くの友人がいる(本人談)
「ではレイラ嬢っ、この私の華麗なる魔法を真似するように」 「はいっ」 「『精霊の友よ。偉大なる我が魔力を糧とし、溢れ流るる力を顕現せよォォォォ!』」
ドノヴァンの前に置かれたコップに水が溢れ、テーブルを濡らした。
「――まあこんなものだろう。さあ、やってみせてくれたまえ」 「『精霊の友よ。母なる雫で――』」 「ノォーーーン!」
突然、ドノヴァンが叫ぶ。
「ノンノンノン、ノンだ! その呪文はセンスがない」 「えぇ……しかし、私は先生ほど精霊との対話が……」 「精霊など魔力さえあればいくらでも言うことを聞かせることができる。まずは形から入るんだ。仕草、韻、呪文、すべて私を丸ごと真似したまえ!」 「は、はい……」
お姉様は困惑しながらも、ドノヴァンと同じように呪文を唱えた。
「『精霊の友よ。偉大なる我が魔力を糧とし、溢れ流るる力を顕現せよ』」
ちょろっ。 お姉様の前に置かれたコップに、ほんの僅かな水滴が落ちる。
「はぁーッはッはッ! まだまだだなぁレイラ嬢!」 「は、はぁ……」 「今の呪文は伸ばし方が足りなかったな。『顕現せよ』ではなく『顕現せよォォォォ!』だ!」 「け、顕現せよぉぉぉぉ……?」 「そうそう! 数多の魔法使いを輩出したゴードレッド家の血を引く私の言う通りにしておけば、すぐに魔法など使いこなせるようになるだろう! 大船に乗ったつもりで安心したまえ! はぁーッはッはッ!」
「……」
前回はこの時点で見切りをつけた。 呪文は不適切だし、お姉様への指導も微妙。 本当に権威しか振りかざさない、どうしようもない奴だ。 それでもお姉様が少しずつでも伸びてくれるのならスイレンよりマシだ。
――しかし、半年様子を見てみても指導はほとんど進まなかった。 途中でやり方を変えるのかと思いきや、ずっと「真似をしろ」の一辺倒。
半年前より使える魔法の種類は増えているが、お姉様の実力を考えるとあまりにも鈍足が過ぎる。
「……やっぱりダメか」
私はループし、次の候補に切り替えた。
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二人目。 ロレンス・レミルスタッド。 子爵家四男、二十八歳。 独身。
「――以上の問題を解決するため、我々祖先は精霊を媒介とした魔法の構築に至りました。さて、座学はこれくらいにして実技に移りましょうか」 「はいっ」 「『精霊の友よ。空虚なる器に水流のせせらぎを』」
ロレンスの前のコップに水が満ちる。
「さ、やってみせてください。呪文はどんなものでも構いませんが、くれぐれも精霊を無下にするような言い方は避けてくださいね」 「はい。『精霊の友よ。母なる雫で器を満たし賜え』」
お姉様の前のコップに水が満ちる。
「お見事です。精霊との対話もうまくできていますね」 「ありがとうございます!」
「……」
知識量は十分、教え方も上手だ。 魔法使いの立場が微妙なこの国でも、彼くらい実力があれば仕事に困ることはない。 さらに顔の造型も悪くないとなれば結婚していて当然。 なのに未だ独身の理由は……。
「先生。呪文以外に気を付けることはありますか?」 「そうですね。姿勢なんかにも気を配るといいかもしれません。今の場合だとコップに手をかざしていると精霊も『ああ、ここに水を入れればいいのか』と理解しやすくなります」 「なるほど……こう、ですか?」 「できればもう少し角度をつけて……」
お姉様が伸ばした手を、ロレンスが握る。 一見すると手の角度を指導しているようだが、不用意に何度もお姉様の肌をすべすべと撫でる。
「ハァハァ……この角度がいいでしょう……ハァハァ」 「先生? 息が荒くなっていますけど、大丈夫ですか?」 「あ、はい、すみません。大丈夫ですよ。今日はここまでにしておきましょうか」 「ありがとうございました。そうだ先生、良かったらお茶をご一緒しませんか?」 「よろしいのですか?」 「はい。こうしてお会いできたのも何かの縁ですし」
お姉様はそう言って、ふわりと微笑んだ。 ……ロレンスの頬がだらしなく緩んでいく。
「……天使」 「え?」 「あ、いえ! 何でもありません。それではお言葉に甘えて」 「良かった。それじゃ、使用人に用意をお願いしてきますね」
屋敷の中に戻るお姉様の背中を見守りながら、ロレンスは静かに涙を流した。
「――やっぱり幼女は最高だな」
「……………………」
ダメだ。 性格に目を瞑れば一番の適任と言えるが、その一点が大問題だ。 多少のことは許容するが、こいつの性格は無理だ。
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三人目。 スカーレッド・グレンリースト。 子爵家次男、二十五歳。
「えーと……俺らの祖先はなんやかんやあって魔法が使えなくなっちまったんだわ」 「なんやかんや……」 「で、その後になんやかんやあってまた使えるようになったんだわ」 「先生、先程から『なんやかんや』ばかりなんですけど……」 「いいんだよ昔の話は。俺らは今を生きてるんだから」 「はぁ……」
ぽん、と本を畳み、スカーレッドは席を立った。
「これから実技ですか?」 「いや、今日はこれで終わりだ」 「え!?」
わくわくと目を輝かせるお姉様の目が、一瞬で曇った。
「実技はまた今度な。あ、そうだ。お嬢様の方から旦那に給金上げるように言っといてもらえないか? そしたら授業時間とか伸ばすからさ」
「……」
前回はここで切ったが、今回はもう少しだけ様子を見る。 無理を通して給金アップも実現させた。 これでいい家庭教師になれば安いものだ――と思ったが。
「いよーうレイラお嬢様」 「先生……お酒臭いです」 「すまねえなぁ。昨日は街で飲み明かしちまって。そうだ。また給金上げるように言っといてくんね? そしたら俺、頑張れるから」
「……………………」
ダメだった。 最初から金を要求する奴は言い値を払っても変わらないことがよく分かった。
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四人目。 ハロルド・フロイツロイゼン。 男爵家長男、二十歳。
「『精霊の共よ。母なる雫で器を満たし賜え』」
お姉様の前に置かれたコップに表面張力ギリギリまで水が満ちる。
「あの、先生。そろそろ他の魔法の訓練とかは……」 「まあまあまあまあそう慌てないで。基礎、基礎が大事だからね!」 「はぁ……」
「……」
三ヶ月前と同じ事を言っている。 やはり実力が圧倒的に足りていない。 お姉様を教えるどころか、普通の教師のレベルにすら達していない。
「やっぱりこの四人はダメだな」
残るは一人。 彼女がずっと残ってくれれば万事解決なのだ。
「頼むぞ……ミレイユ」
私は一縷の望みをかけ、再びループした。