「――さて」
ループした私は日を進め、オズワルドにおねだりをして王宮の資料室に入った。 あの時はスライムの生態を調べるためだったが、今回の主目的はそこではない。 オズワルドはここへの入室許可を取り付ける交換条件として膝枕を要求してくる。 そこで例の選択肢が出現する。
なので読みたい本はないが……わざわざおねだりまでして入った部屋だ。 手ぶらで帰っても不自然に思われるので、魔法の本を見繕うことにした。
「これでいいか」
『精霊魔法の起源と歴史』というタイトルの本を手に取る。 選んだ理由としては「自分が読みたいから」というより「お姉様に読んでもらいたい」のほうが強い。 この時間軸のお姉様はまだ家庭教師が決まっておらず、家にある魔法に関しての本もほとんど読破している。 魔法の情報に飢えているはずなので「内緒ですよ」と言って渡せば喜んでくれるに違いない。
「オズワルドさま。この本をお借りします」 「うむ! それより膝枕の約束、忘れるなよ!」 「はい。次、家にいらっしゃったときに」
私はお姉様の喜ぶ顔を思い浮かべながら帰路についた。
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「さあソフィーナ! 約束を果たしてもらう時が来たぞ!」
そして後日。 そわそわと期待に膨らむ顔をしたオズワルドが我が家にやってくる。
「わかっていますよ。はい、オズワルドさま。どうぞ」
私は応接室のソファに座り、膝を叩いた。 ご満悦の様子のオズワルド。 以前は腹の立つイベントだったが、今の私はオズワルド以上にご機嫌だ。 昨日はお姉様の部屋にこっそり潜り込み、二人で『精霊魔法の起源と歴史』を夜通し読んだ。 少し寝不足だが、目を輝かせるお姉様を見られたので何も問題はない。
膝枕くらい、いくらでもしてやろうじゃないか。
「ソフィーナ! 頭を撫でろ!」 「はーい」
私の膝で横になったオズワルドが命令してくる。 言われるままに頭を撫でていると、彼はだらしない顔のまま眠ってしまった。
「さて」
私は顔を上げた。 そこには半透明で、紙よりも薄い板――ノーラ曰く、『ウインドウ』と呼ぶらしい――が出現し、選択肢が表示されている。
『オズワルドにレイラの家庭教師を探してもらいますか?』 はい いいえ
私は迷わず「はい」を選択する。
『オズワルドにレイラの家庭教師を探してもらいますか?』 →はい いいえ
「これでよし」
この選択肢のように、何ら関係のない場所で出現したものがどこかのイベントを突破する役に立つことはままある。 それが一年後なのか、五年後なのか、十年後なのかは分からない。
今回は期間がそれほど空いておらず、選択肢の内容にも関連性があった。 だから早めに思い出すことができたが、十年後のイベントに全く関連のない選択肢が実は関係していた――なんてこともある。
また、一見すると関係しているように見えて何の意味もない選択肢も存在している。 私はそういった選択肢を『罠』と呼んでいた。
罠だけは勘弁してくれ……そう願いながら、私はオズワルドを揺すった。
「んにゃ」 「おはようございます、オズワルドさま」 「む、むぅ……眠ってしまった」
目を擦りながら身体を起こすオズワルド。
「うーん、よく寝た!」 「それは良かったです。どうでした? 私の膝枕は」 「まあまあだな! 及第点をやってもいい!」
そこは満点でいいだろ。 あれだけぐうぐう寝入っていたというのに、オズワルドの採点はとても厳しかった。
「今回はご無理を聞いてくださってありがとうございました。本当にオズワルドさまは頼りになります!」 「はぁーっはっは! 当然だ! 困ったことがあるのなら何でも相談するがいい!」
高笑いをするオズワルドに、私は作り笑いを浮かべた。
「何でも――ですか。でしたらもう一つ、ご相談を聞いていただけますか?」
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「レイラの家庭教師?」 「そうなんです」
私はお姉様の家庭教師探しに苦労していることを説明した。
「ソフィーナの父上が探しているんじゃなかったのか?」 「探してはいます。けれど、なかなか見つからなくて……オズワルドさまほどお顔の広い方なら、どなたかお知り合いがいらっしゃるかな……と思ったのですが、どうでしょうか?」
私の申し出に、オズワルドは少しだけ自信が無さそうに目を逸らした。
「何でも、とは言ったが……僕の知り合いに魔法使いなんていないぞ」 「けれどオズワルドさまなら、声をかければすぐに集まってきてくれると思いますよ」 「ううむ」
微妙に断りそうな空気を察知し、私はオズワルドの両手を握った。 期待に満ち溢れた目で顔を近付け、早口にまくし立てる。
「オズワルドさまほどのお方なら水魔法の家庭教師を見つけるなんて簡単なこと! 私はそう信じています! だってオズワルドさまなんですから!」 「そ……それもそうだな! この僕にかかれば家庭教師なんて十人でも百人でも余裕だな!」 「すごい! かっこいい! たのもしい!」 「はぁーっはっは! 最っ高の家庭教師を連れてきてやる!」
オズワルドを持ち上げまくると、彼は一瞬だけ見せた自信の無さそうな顔をすぐに引っ込めていつもの調子に戻った。 ちょろい。
ひとしきり威張ったあと、オズワルドは「大船に乗ったつもりで待っているがいい!」と言って王宮へと帰って行った。 それを見送り、馬車が見えなくなったところで取り繕っていた表情を消す。
「――これでよし、と。頼むぞ本当に」
戦争イベントのように、スイレンとのイベントも回避させてくれ。 私は藁にも縋る思いでそう願った。
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オズワルドの家庭教師探しは難航していた。 父が先に見つけてしまったので、とりあえずミレイユを宛がう。
やはりあの選択肢は何の意味もないものだったのか。 それとも、別のイベントで使うものだったのか。
あれこれ考えているうち、とうとうミレイユが去ってしまった。 自主練習を始めるお姉様がスイレンと出会うギリギリのタイミングで、ようやくオズワルドは家庭教師を見つけてきた。
父が見つけた人物と被る可能性も考えていたが、違っていた。 正真正銘、七人目となる家庭教師だ。
しかし……。
「オズワルドさま。そのお方が……?」 「そう! ご所望の水魔法の家庭教師だ!」 「……………………」 「どうだソフィーナ! 僕の手にかかれば家庭教師を連れて来ることなど造作も無い! 僕を褒めろ、讃えろ、崇めろ!」 「……………………」
高笑いするオズワルドを余所に、私は彼が連れてきた人物を見やる。 初老の男性だった。 薄汚れた作業服、皺の刻まれた顔、蓄えられたヒゲで顔の半分は見えなくなっている。
どう見ても魔法使いには見えない。 なんというか……農夫のようだ。
「ほっほっほ。オズワルド殿下は今日も元気がよろしいですな」 「えっと。あなたは……」
私の疑問に、オズワルドが無駄に元気な声で答える。
「オー爺だ!」 「おーじい?」 「裏庭の草木を世話している庭師だ! お前も何度か会ったことがあるだろう!」 「…………」
そう言われ、オズワルドが裏庭に逃げた際の記憶を引っ張り出す。 確かに、視界の端にいたような気がする。
「水魔法、お使いになられるんですか?」 「ほんの水やり程度しか使えませんがね、殿下がどーーーーーーーしてもと仰るので」 「………………………………」
希望に膨らんだ胸が、急速にしぼんでいく。
これ。 罠だ。