最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#76 第十一話「恐れること」


 人間の身体は弱点のカタマリだ。  頭はもちろん胴体、腕や脚に至るまで、どこを攻撃しても致命傷となる場所がある。  予め死にやすいよう、神がデザインしたとしか思えない脆さだ。

 年齢差や実力差は大きく開いているが、殺せないということはない。  いくらスイレンが強くとも、彼女だって人間なのだから。

(今の私が取れる方法の中だと毒殺が確実なんだが……)

 子供の身体でも持ち運びが簡単で、高い確率で死に至らしめることができる。  ……ただ、これはこれで色々と問題がある。

 まず入手経路だ。  自分で精製するか、誰かから購入するか。  自分で精製した毒は確実性が落ち、購入したものは売人から足がつく可能性がある。

 その時は誰にも悟られることがなかったとしても、「毒を買った」という事実は残り続ける。  毒殺に成功した件が十年も経ってから明るみになり、やり直す羽目に――なんてことも実際にあった。

 未来永劫に渡り、私の仕業であるということがバレないこと。  確実な死はもちろんだが、そちらも必須事項だ。

 同じ理由から、誰かを雇って殺してもらうという手も使えない(そもそも子供に依頼されて素直に応じる殺し屋がいるとは思えない)

 殺さずに排除できればいいのだが、一度お姉様と関わられた後で放置すると尾を引きそうではある。

(刺殺。絞殺。あとは事故に見せかけて崖から突き落とすとか……? いや、魔法を使われたら終わりだし、そもそもどうやってそんな場所に誘導する?)

 ぼんやりと肘をつきながら、私はスイレンとお姉様の訓練風景を眺めていた。  現在の時間軸は私が七歳、お姉様が九歳。  ミレイユからの教育を経て、例の川でスイレンの魔法に魅せられたお姉様が弟子入りした……というところだ。  一応、オー爺も呼ぶルートで進んでいる。  彼には期待していないが、途中でお姉様と魔法の本を読むイベントがなかなかに眼福なので選んでおいた。

 ノーラはやはりスイレンが怖いらしく、彼女と入れ替わりで来なくなった。  しばらくは相談できないこと殺人を考えるので、今だけは居ない方がありがたい。

 作戦決行は私が八歳になってから。  たった一歳違いではあるが、少しでも身体が成長させて成功率を上げるためだ。  抵抗されるともう勝ち目はない。  チャンスは一度の人生につき一度きり。最初の一撃で、確実に仕留めなければならない。

「――」 「っ」

 スイレンと目が合い、私は慌てて無邪気な笑みを浮かべた。

「どうしたんですか、スイレン先生?」

 お姉様が首を傾げると、スイレンは曖昧に微笑んだ。

「いえ、なんだか嫌な視線を感じたのですが……私の気のせいでした」

 視線の先にいたのは私一人。  さすがに七歳の子供が「どうやって殺そうか」なんて考えているとは思いもよらなかったらしいが、「嫌な視線」というのは大正解だ。

 ……魔法の実力だけでなく、そういった勘もよく働くらしい。

(ますますやりづらいな)

 スイレンと交戦した際にも感じたが、ただ単に魔法の実力に長けているだけでなく、戦闘面の能力が高い。  医者ともみ合った時がいい例だ。  魔法は繊細な集中力を必要とする。ああして邪魔が入れば使えなくなってもおかしくないが、スイレンは平然と魔法を発動し窮地を脱していた。

 ……履歴書には、実家を出た後に各地で魔法の家庭教師として渡り歩いていた、としか書いていなかったが。

「少し、探りを入れてみるか」

 ▼

「おねーさま。スイレン先生。おつかれさまです」

 訓練が一段落したところで、私は二人に声をかけた。

「はい、差し入れです」 「あら? お水なんて珍しいわね」

 私が差し出したのは、輪切りにしたレモンを沈めた水だ。

「運動の直後に紅茶はあまり良くないみたいなので、レモン水にしました」 「そうなの?」 「はい。ノーラがそう言っていたので」

 神の世界では、ほとんどの物の鑑定が済んでいる。  鉱石や金属はもちろんのこと、食べ物の詳細な効果まで。  私たちが「なんとなく」で効果があると思っているものを、ノーラはその原理まで詳細に説明できるのだ。  彼女曰く、紅茶は運動前に飲むと痩せる効果があるが、運動直後の水分補給としては適さないらしい。

「随分仲がいいのね」

 じぃ、とお姉様は私に半眼を向けた。  ノーラを話題に出すと、お姉様は決まってこの顔になる。  母か使用人かに妙なことを吹き込まれ、ノーラに良くない印象を抱いているのかもしれない。  ……もしくは、悪役令嬢はヒロインに良くない印象を自動的に抱いてしまうものなのかも。

(何はともあれ、今はスイレンだ)

 後々問題になりませんようにと願いつつ、私はわざとらしく声を上げた。

「あっ」 「どうしたの?」 「クッキーも用意してたのに、厨房に忘れちゃいました」 「まあ、忘れたなら仕方ないわ」 「ノーラの特製品なんですよ」 「……メイドを呼んで取りに行かせるわ。ソフィーナは待ってて」

 レモン水を飲み干し、お姉様はすっくと立ち上がった。  ノーラ本人には微妙な感情を抱いているが、彼女の作るお菓子にはすっかり魅せられている。

 ……よし。  これでスイレンと二人きりになった。

「スイレン先生。いつもおねーさまに魔法を教えてくださってありがとうございます。先生は本当にすごい先生です!」

 にぱ、と無邪気な微笑みを向ける。

「ありがとうございます。けれどレイラお嬢様の才能の前には、私なんて全く。いつ追い越されるか、気が気でなりません」 「そんなことありません。お姉様はいつもスイレン先生はすごい! って言ってますよ」 「そうですか? ふふ」

 輪切りのレモンが浮かんだ水を眺めながら、スイレンは薄く微笑んだ。

「スイレン先生。私、スイレン先生のことがもっと知りたいです!」 「私のことですか?」 「はい! どこで魔法を覚えたんですか? 前は何をされていたんですか? たくさん知りたいです!」

 子供ながらの無邪気さを装った情報収集。  これも成長すると使えなくなる技のひとつだ。

「同じですよ。私はずっと家庭教師として方々を渡り歩いてきました。クレフェルト王国だけじゃない。ウルム王国やレムシャット王国にも行ったこともあります」 「もしかして、魔物をやっつけるお仕事とかもしていたんですか?」 「ええ。お金に困ったときは傭兵の方に雇われてそういうこともしました」 「すごーい!」

 ……なるほど。  道理で動きが素人のそれではないと思った。

「魔法を覚えたのは実家です。かなり力を入れてまして、ソフィーナお嬢様くらいの年齢から叩き込まれていました」

 スイレンの家名は、確かリーゼルだったはず。  未来の時間軸でも聞いたことがない名前だ。  魔法に力を入れている一族なら、私が知っていてもおかしくはないんだが……。

「先生は英才教育を受けていたんですね!」 「そんなことはありませんよ。レイラお嬢様に比べれば私なんて全く」

 ちらり、とお姉様が座っていた席に視線を向けながら、スイレンはコップに手を添えた。

「魔法は才能がモノを言う世界ですからね。レイラお嬢様が羨ましいです。いえ――」

 スイレンは正面を向き、言い放つ。

「嫉妬します」

 嫉妬。  その言葉が出た瞬間、和やかな空気が重い何かに変化した。

 スイレンの表情は変わらない。  穏やかに、たおやかに、淑女らしい微笑みを向けてきている。

「ソフィーナお嬢様は本当にレイラお嬢様がお好きなのですね」 「はい」 「もしかして――ますか?」

 スイレンは笑顔のまま、私に殺意を向けてきた。  気配だけで人を殺せるほどに濃密で、息苦しくなるほどの。それが私にべったりと纏わり付いてくる。

 スイレンは『何を』とは言わなかった。  だが過去のループから、訓練を通してお姉様を壊そうとしていることに気付いているのか、と尋ねていることは明白だ。  予想外の質問と殺気で動揺を誘い、私を揺さぶっているんだろう。

「何をですか?」

 私はにこにこした笑顔のまま、それらをさらりと受け流した。  スイレンの目的は、あくまでもお姉様自身に『壊れて』もらうこと。  ここで私に何かすればそれを見ることも叶わなくなる。

 ――さっき、敵意を向けられたような気がする。  ――こんな子供がそんなことを考えるはずがないが、計画に支障が出てはならない。  ―― 一応、念には念を入れて確認してみるか。

 スイレンの認識としてはその程度のものだ。  この殺意も単なるフェイク。そうと分かれば別に怖くはない。  仮に本物であっても、私に向けられている限りは恐れることなんてない。

 私が恐れるのは、お姉様を失うことだけだ。

「――――――いえ、ごめんなさい。私の勘違いだったみたいだわ」

 しばらく私を観察していたスイレンだったが、何の反応も示さないと見るとすぐに殺意を霧散させた。