「う……」
どん、という強い衝撃と共に――いきなり目の前が真っ暗になった。 身体のあちこちが痛い。 頭の中が霧がかかったように、ぼぅっとする。
そうだ。怪我は……? 恐る恐る、自分の身体を確かめようと手を動かすと――すぐ目の前の何かに触れた。 柱――ではない。 温かく、そして小刻みに震える……人間だ。
「……え、お姉……様?」
暗闇の先、ほんの数十センチから姉の声がした。 同時に、ぽたり、と頬に雫が垂れてきた。 何だろうと触れてみると、少しだけぬるぬるしている。 それが『血』であると理解した瞬間――一気に意識が覚醒した。
私は崩れた柱のすぐ傍にいた。 下敷きになって潰れるのが当然なのに――なぜ生きている? そして、ここにいなかったはずの姉がなぜいる?
答えは簡単。 姉は、自らの身体を盾にして私を助けてくれたのだ。 降り注ぐ瓦礫から私を守り、人が入る余地のない場所に一人分の空間を作った。 そして、自分は……。
「お姉様、怪我を……!?」 「大したことは無いわ」
姉は私の頭の両側に手を突いたまま、震える声を上げた。 暗闇に目が慣れ、薄らとだが表情が見える。 姉は苦痛に歪む顔を、無理やり笑みに変える。
「それにしても……魔法って、こういうとき、全然使えないのね」
額からは、ぽたり……と、今も鮮血が垂れていた。 額だけではない。腕や髪を伝い、とめどなく血が滴ってくる。
「たくさん練習したのに……『ソフィーナが危ない』って思ったら、呪文とか……全部、どこかへ飛んで行っちゃった。本当なら、もっとかっこよく助けられるはずだったのに……ごめんなさいね」 「どうして……どうして私を庇ったんですか!?」
私なんか、見捨てれば良かったのに。 出来損ないの妹なんて、居ても邪魔なだけなのに。
「助けるに決まってるじゃない。あなたは私の、大切な妹なのよ」 「……ッ!」
医学の知識なんて持ち合わせていないが、姉の出血量は危険な域を超えている。 死が迫っていることは素人目で見ても想像に難しくない。 私を庇ったせいで。 お姉様が、死ぬ。
「私は……私はお姉様に大切にされるような妹じゃありません!」
不出来で要領が悪く、姉を恨み、憎み、嫌う心の中まで腐った醜い妹。
「私なんか……私なんか助けたって、何にも――」 「それ以上言ったら……怒るわよ」
こつん。 血塗れの姉の額が、私の額に当たる。 手が使えたなら、きっと頬が腫れるような張り手をされていたかもしれない。 そう思えるほど鋭く、姉は私を睨んだ。
「私が大好きな妹を、他ならぬあなたが悪く言わないで」
瓦礫の外から、人の騒ぐ声が聞こえた。 使用人達だろうか。 かつて屋根だったものの隙間から、がしゃがしゃと瓦礫を動かす音がした。
……みし、と、嫌な音がした。 それが聞こえているのかいないのか、構わずに姉は続ける。
「前にも言ったでしょう。あなたには素晴らしい才能があるわ。私はその才能が花開くことを……ずっと、待っている……の」
姉の胸元から、装飾の施された紙袋が落ちてきた。
「それ……プレゼントよ。迷惑かもしれないけど」 「……」
あれだけ突っぱねたのに。 いらないって言ったのに。 姉は私のために、プレゼントを買ってきてくれていた。
「あなたが私を嫌っていることは知ってる。けれど、私はどうしようもなくあなたが好きよ」 「お姉……様……」 「良かったら、付けて……見せ、て?」
袋から出てきたのは――花柄の髪飾りだった。 それを頭に取り付けると……姉は、優しく笑った。
「やっぱり――あなたには、花の柄が、よく――似合――ぅ」
みし、と。 また軋む音がして、その分だけ姉の表情が歪む。 私と姉の間に僅かにあった空間が……徐々に狭まっていく。
「ごめ――なさい。あなたに……とって、私は……いい、姉じゃ、なかっ――わよ、ね」 「そんなこと……そんなことない!」
周りの評価に振り回され、私は自分の本心を隠していた。
「意地悪な態度ばかり取ってごめんなさい! 私も……私も、お姉様が」
ぐしゃ。
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