「わあああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫と共に飛び起きると……目の前の景色は一変していた。
柔らかいベッドと暖かい布団に包まれた自分の身体。 まるで自分のものではないようだ。 窓から差し込む朝の光がうっすらと照らす部屋。 全体的に、なんとも言えない違和感があった。
――もっとも、それよりも巨大な違和感が目の前に鎮座していたため、私はそれらを捨て置いた。
どうして私はベッドで眠っている? 老朽化した馬小屋の倒壊に巻き込まれ、姉と共に死んだのではないのか?
「まさか……夢?」
ふと思い至った可能性をすぐさま否定する。 ありえない。 閉鎖された空間。 痛む身体。 死を間近にした姉の吐息。 そして――呼吸すら許さぬ圧迫と、自分自身の死。
あれほど現実味を帯びた夢があるはずがない。
「っ、そうだ、お姉様は!?」
ベッドから飛び起きると、時を同じくして部屋の扉が勢いよく開いた。
「どうしたのソフィーナ!?」
姉だった。 どこも怪我をしている様子はない。 ない……が。
「お姉様……そ、そのお姿は……?」
姉の姿を見た瞬間、安堵よりも困惑が勝った。
姉の身体が、縮んでいる。 背は低く、顔は幼く、身体の凹凸は綺麗になくなっている。 要するに、小さくなっていた。
「ああこれ? 新しい寝間着よ。昨日も見せたじゃない」
姉は容姿ではなく、着ている服について問われたと思ったらしい。 「そんなことより」と、姉は私にずんずんと近付き、両手を肩に置いた。
「悲鳴が聞こえたけど大丈夫? やっぱり部屋を分けるのは早かったんじゃないかしら」 「……え?」
部屋を分ける? 確かに、かつて私は姉と同じ部屋だった。 しかし姉の花嫁修業が本格化する、ということで部屋を分けられたのだ。 ――それはもう、十年も前の話だ。
「怖い夢でも見た? やっぱりまだ私と一緒じゃないと眠れないんじゃないかしら」 「お姉様、何を言って――!?」
わしゃわしゃと私の頭を撫で回す姉。 まるで思考をかき回されているようで、思わず姉の手を掴んだ。 そこでようやく気付く。 ……いや、気付いていたが、捨て置いていた違和感だ。
自分の手が、姉と同様――いや、それ以上に小さくなっている。 恐る恐る身体を弄り、そして……改めて周囲を見渡す。 随分と部屋が大きいと感じていたが、違う。 私が縮んでいたのだ。 そして、調度品の種類。 ――もう大人になったのだからと、惜しみながら捨てたぬいぐるみ達がそのまま置かれている。
鏡の前に立つと、想像通り――私の身体は、幼い頃に戻っていた。
小さくなった姉と私。 捨てたはずのぬいぐるみ。 そして――部屋を分けた日。
かつて一度通ったはずの日。
「お姉様……今日は国歴二百八十八年、春の季節初日ですか?」 「? ええ、そうよ」
私がさっきまで過ごしていたのは、国歴二百九十八年だった。そのはずだ。 なのに今は国歴二百八十八年。
――過去に戻っている。
壮大な夢を見ているとしか思えない現象だ。 しかし、あの時間軸が現実だったという証拠がある。
「……」
私は手を持ち上げ、頭に付いた花柄の髪飾りに触れた。 ――あの時のお姉様がくれたものだ。
「それ、可愛いわね」
姉はしげしげと私の頭を見て、にこりと微笑む。 その笑顔が死ぬ直前に見せてくれた笑顔と被る。
「前からあなたには花柄が似合うと思って――って、どうしたの? どこか痛い?」 「いえ、まだ少し眠くて」
目尻から零れる涙をあくびで誤魔化す。
あの時の私たちは、おそらく死んだ。 しかし神の力により、もう一度やり直す機会を頂けたのだ。
あの最悪な未来を、やり直せる!
「お姉様っ」 「わっ……き、急にどうしたの」
私は姉の胸に飛びついた。
謝りたいことがたくさんある。 自分勝手な理由で嫌ってごめんなさい。 お姉様の言葉を信じられずごめんなさい。 できない妹でごめんなさい。
けど、今の姉は知る由もない。 だから私はごめんなさいの代わりに、あの時言えなかった、自分の正直な気持ちを伝えた。
「お姉様――大好きですっ」
▼
その日の昼、姉の婚約者となるオズワルド王子と顔合わせを果たした。 姉はこれから、彼を支えられる立派な婚約者になるための研鑽を積んでいく。 私も微力ながら、それを支えるつもりだ。
前回は出来損ないの名を欲しいままにしていたとはいえ、二度目ともなれば少しは役に立てるだろう。
今回は簡単に諦めたり、腐ったりしない。 私の胸の中には、あの言葉がある。
――あなたには普通の人なら諦めてしまうような困難を打ち破る力がある。
石にかじり付いてでも学んでやる。 意気込んだ私は、書庫から本を引っ張り出して夜通し読みふけった。
そして翌週。 私は熱を出して寝込んだ。 慣れない読書をしたことと、十五歳のつもりで五歳の身体を動かしたことで負荷がかかったようだ。
……もう少しペースを落としていこう。 私は一つの学びを得た。
「ソフィーナ。これから出かけなくちゃいけないんだけど、何か欲しいものはある?」 「……お姉様が欲しいです」 「ふふ。私はあげられないわ」
やり直しの人生が始まってから、私は随分と正直になった。 本音を言えないまますれ違い、死んでしまった経験があるのだから当然と言えば当然だが。
「傍にいてあげたいけれど、今日は駄目なの」 「大丈夫です。寂しいけど……我慢します」 「良い子ね。それじゃ、行ってきます」
姉は私の頭をひと撫でしてから、両親と共に街へと出かけて行った。 次にオズワルド王子と会うため、新しいドレスの採寸をするらしい。
採寸は別の日だったはずだが、前回私は熱を出さなかった。 それにより、何らかの変化が起きたのだろう。 二度目の人生は基本的に前回の流れを踏襲するが、全部が同じではない。
「さて……と」
私は熱に浮かされたまま、これからのことを考える。 姉の死を回避するのは簡単だ。
あの日、馬小屋に近付かせなければいい。 それまでは勉強をしつつ、前回ではこじれてしまった周囲との関係を良好に保つことに注力すれば良い。
姉には遠く及ばなくとも、私も家の役に立つと思わせれば両親に冷たくされることもないだろう。
第二の人生は、実に順風満帆だった。
「お姉様、まだかなぁ……」
姉の帰りを待ちながら、私はこれから広がる理想の未来を思い描いていた。
――そしてその日、姉は帰ってくることなく死んだ。
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