その日、街には招かれざる者が来ていた。 二人組の罪人。 彼らは余所の街で捕まる寸前で魔物がひしめく森へ逃亡し、命からがら脱出に成功。 さらに運のいいことに、この街に流れ着いた。
そして金目の物欲しさに、姉を誘拐した。 公爵家は外出時に護衛がつく。 簡単には姉に手が出せないはずだった。
しかし護衛は、姉よりも両親を守ることを優先してしまった。 一瞬の判断ミスにより、姉はまんまと攫われてしまった。
計画性も何もない彼らの犯行はすぐに知れ渡り……完全に包囲される。 公爵令嬢――しかも、王子の婚約者を誘拐した罪は重い。 良くて極刑、終身労働。 悪ければ死罪が待っている。 それを悟った彼らは自暴自棄になり、縛られて身動きの取れない姉の首を……。
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……今になって、思い出したことがある。 前回も、余所から流れ着いた罪人が街で捕まったというニュースを見たことを。 あの時は対岸の火事だった。 怖いね、気を付けようね……と、家の中でほんの少しだけ話題になった程度の。
しかし今回、私が熱を出したことでお姉様の予定が変わった。 そのせいで……罪人の標的が、お姉様に切り替わってしまった。
……そんな。
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「うう、う……」
私はベッドに顔を埋め、体中の水分が枯れるほど泣いた。
……せっかく、やり直せると思ったのに。 神様が下さったチャンスを、私は最悪な形であっさりと棒に振ったのだ。
私のせいだ。 私が熱なんか出したせいで。
「こんな……こんなことって、ないわ……」
涙と鼻水でシーツを汚しながら、私は額のヘアピンを外し、両手で握り締めた。
「神様、お願いです。もう一度――もう一度だけ、やり直す機会をお与えください」
私は納得できなかった。 まだ、やり直してからたった一週間だ。 一週間で、生きていて欲しかった最愛の人を失った。
こんな仕打ちは、あんまりだ……。
だから強欲にも傲慢にも、もう一度、願った。
強く、強く――。
「お願いします。お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします――」
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「――お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします」 「ソフィーナ、ソフィーナ、起きて」 「お願いし……え?」
目を開けると、殺されたはずの姉がそこにいた。 ベッド脇で泣き伏せっていた私の身体は、またもや暖かい布団に包まれている。
「お姉……様」
姉は目を開いた私を見て「やっと起きた」と、一仕事終えたように額で汗を拭う真似をした。
「なかなか起きないから来てみたら、随分とうなされていたわよ? やっぱりお父様に相談して、もう少し大きくなるまで私と一緒の部屋の方が」 「お姉様ああぁぁっ!」 「わっ、き、急にどうしたの……?」
すぐさま飛びつき、力強く抱きしめる。 ――戻って来られた。
「ありがとうございます神様、ありがとうございます……」
またしてもやり直しの機会を下さった寛大な神に、私は深く感謝した。
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二度目のやり直しは順調だった。 健康に気を付けつつ、例の罪人が街に来る日は姉にべったりと付き添った。 家の中にいれば安全だが、万全を期すため両親におねだりをする。
「お父様、お母様。今日だけお姉様と一緒に寝てもいいですか?」 「どうしたんだ?」 「何というか……最近、怖い夢を見るんです」
嘘は言っていない。 前回、前々回を夢と呼んでもいいのなら、これ以上無い悪夢だ。
「なら、寝付くまで誰かにお守りをさせましょう」 「いえ、お姉様がいいんです」
代理を寄越そうとする母に、きっぱりと否を突きつける。
「……ふぅん」
扇で口元を隠す母。機嫌が悪くなったときの、彼女の癖だ。
「ソフィーナ。レイラはこれから大事な勉強を――」 「いいじゃないか、一日くらい」
私を窘めようとする母を、父が押し留める。 この頃の父は優しかったが……それは決して、情があってのものではない。 「この家の繁栄に繋がるかどうか」――父は常にそれを念頭に置いている。 甘い態度を見せ、私に悪感情を抱かれないようにする措置だろう。 娘など、単なる道具くらいにしか思っていない。 母も同様だ。
一回目は幼かったから、愛されていると勘違いしていた。 愛されているからこそいつまでも成長しないことに失望され、冷たくされるようになった――と。 しかし、そうではない。 もともと、二人は私を愛してなんていなかったのだ。 ……できれば、気付きたくなかった。
「ただし、今日だけだぞ」 「はい。ありがとうございます」
罪人が捕まったという報せが来ない限り、油断しない。
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私がいても罪人二人には抵抗できない。 なので、ありったけの防犯ベルを枕元に置き、しつこいくらいに窓や扉の戸締まりを確認した。
「そこまでしなくても……庭には警備の者もいるのよ?」 「備えあれば憂い無し、です。さ、寝ましょう」
さすがに姉から訝しまれるが、疑問を強引に押しやってベッドに寝てもらう。
「なんだか今日のソフィーナは変ね」 「そうですか?」 「ええ。今日……というか、ここ最近ずっと変よ」 「最近……というと?」 「一週間前の、悪夢にうなされていた日から」
――言われて、心臓が早鐘を打った。 やり直しの起点となった日をピタリと言い当てたからだ。
「なんだか口調が急に大人っぽくなったし……ソフィーナはソフィーナなんだけど……」 「こ……この間読み聞かせしてもらった冒険譚が面白くて! そ、その主人公の影響ですっ」 「……そうなの?」 「はい。それで、少しだけ大人っぽい口調を使ってみたくて」 「それならいいけど……あんまりはしたない口調は駄目よ? 私たちは公爵家の人間なんだから」
完全に口から出任せだったが、姉は、ちょん、と私の鼻に指を押し当てるだけで、それ以上追求してくることは無かった。 上手く誤魔化せた。
……そうだ。 私はいま、五歳児なのだ。 あまり年齢に似合わない口調だと不自然に思われる。 どこかのタイミングで、もっと幼めの口調に切り替えた方がいいかもしれない。
その日は夜通し姉の護衛をしていたが、結局恐れていたような事態は起こらなかった。
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翌朝、例の罪人は見事に捕まっていた。 姉の死を回避できた。
「やった……やったわ!」
私は拳を握り、成功を喜んだ。 そして私の行動次第で歴史が変わることも証明できた。 十年後の死も、必ず回避できる。
公爵令嬢という立場の人間が危険な目に遭う頻度は平民よりもずっと少ない。 前回の誘拐事件は、かなり低い確率の偶然が重なり合った結果起きてしまったことだ。
もう二度と、あんなことは起こらないだろう。
私は当初の予定通り、勉強に集中した。 熱が出ない程度に本を読むことに加え、姉と一緒の勉強をしたいと父に頼んでみた。
「学ぶ気があるのはいいことだ。やってみるといい」
あっさりと了解をもらう。 まあ、父の行動原理を考えると当然の返事だ。 家のためでも、まして父のためでもないが、機会を貰えている間にある程度の学は修めておきたい。
「すごいわソフィーナ。もうそんなところまで解けるのね」 「えへへ。先生とおねーさまのアドバイスのおかげです」
授業には難なくついていけた。 十年と一週間分の猶予を与えられているのだ。 こんな序盤で詰むはずもない。
口調をしっかりと幼いものに切り替えつつ、ひたすらに勉強する。
難しい問題に直面しても、今回は諦めない。 時間と意欲さえあれば、私なら絶対に理解できる。
そういう自信に満ちていた。
今度こそ。 今度こそ、私はやり直す。
そう決意した矢先。 姉が、風邪を引いた。
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熱と頭痛、吐き気。 専属のお医者様は「数日間安静にしていれば治る」とのことだった。
「おねーさま……大丈夫ですか?」 「大丈夫よ。すぐに良くなるから」
姉は少しだけ疲れた笑みを見せ、私の頭を撫でてくれた。
「移ったらいけないから、もう自分の部屋に戻りなさい」 「……はい」
お医者様が風邪と言っているのだから、過度に心配する必要もないか。 私は勉強を続けつつ、姉の回復を願った。
しかし病状は一向に治る気配を見せず……姉はそのまま衰弱し、十日ほどであっさり帰らぬ人となった。
重大な病気を見抜けず姉を見殺しにしたとして、その医者は処刑された。
「こんなことはありえない……! 彼女の身体を調べさせて下さい!」
医者は最後の最後まで弁明の機会を望んだが、私の耳には入ってこなかった。 原因が分かったところで、姉はもう帰ってこないのだ。
「なんで……どうしてよ!?」
今度は何もおかしな行動はしていない。 なのに姉は死んだ。
まさか、一緒に勉強したことが引き金になったのか?
そんなはずは……そんなはずはない。
「もう一度……もう一度よ!」
私は神様に願った。
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三度繰り返したことで、私は自分の能力を自覚する。 神に祈ることで五歳の頃に戻り、人生をやり直す能力。 この力をなんと呼べばいいのだろうか。
家の書庫にあった魔法の学術書を読んでも、該当するものはなかった。
――まあ、お姉様の死を回避できるなら何だって構わない。
誘拐犯と関わらず、病気を回避し、馬小屋の倒壊さえ乗り切れればいいのだから。
私はこの力を授けて下さった神に感謝しつつ、姉に降りかかる危険を未然に防いで回った。
そんな私を嘲笑うように。 姉は、何度も死んだ。
事件、事故、病気、災害――ありとあらゆるものに巻き込まれ、その度に悲惨な死を迎える。 身体的なものだけでなく、父の浮気により母が姉に辛く当たり、心を病む……なんてこともあった。
どうして姉だけがこんな目に遭うのか。
まるで悪魔に呪われているかのように、姉の周囲には『死』がまき散らされていた。
「神様、お願いします。どうか、どうかお姉様をお救い下さい……」
私は巻き戻る能力とは別に、毎日祈りを捧げた。 ――その願いを、神が聞き入れてくれることはなかった。
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そして、巻き戻りの回数が十回を超えた頃。 私はいつものベッドではなく、全く知らない場所に立っていた。
「こ、ここは……!?」
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