最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#109 第十三話「仮初の家族」


 次の日の朝。

「おはようございますソフィーナお嬢様」 「おはようございます、リズベラさん」

 挨拶を交わしてから、リズベラは周辺をきょろきょろと伺い――小さく耳打ちしてきた。

「昨日のことは内緒ですからね」 「もちろんです。誰にも言いませんよ」

 しつこく念押ししてくるリズベラに笑みを向け、人差し指を唇の前に立てる。

「リズベラ! 何をしているの、早く来なさい!」 「はい奥様! た、ただいま!」

 リズベラの背中を見送りながら、私は考える。

 前回のループ時、リズベラは浮気の件を調べに行き、死んだ。  しかし今回のループでは生きている。  となると、殺したのはあの女だろう。  父の可能性も考えられたが、そちらはおそらくない。  父は冷酷ではあるが、自ら手を下せるほどの勇気は持っていない。

 リズベラの死への考察はそこそこに、今度は手紙について考える。

『三日後。いつもの場所で』

 あの筆跡。見間違えたくても間違えられないほどに見慣れた父のものだ。  十中八九、浮気のお誘いだろう。

 今から三日後―― 一日経ったので二日後か――、父とあの女が逢瀬をする。  その件が母にバレてしまい、暴走が早まってしまう。

 今回のイベントの流れとしてはこんなところだろう。

「リズベラ! 何度言ったら分かるのです!」 「申し訳ございません!」

 母の機嫌はすこぶる悪い。  機嫌が良ければリズベラから伝わる可能性もあったが、あの様子だとなさそうだ。

 ――ここまで分かればあとは簡単だ。

 私が最適だと決めた日以外、父の浮気がバレることはあってはならない。  だから、今回は父の浮気がバレないようフォローに回る。

 これでイベントはクリアできる。はずだ。

「おはようございます。お父様、お母様、お姉様」

 挨拶をしながら食卓につく。  父はいつも通り。  母も(ある意味)いつも通り。  お姉様は機嫌の悪い母に困った顔をしている。

「ソニア。しばらく仕事が忙しくなる。二~三日、家を空けることになる」 「そうですか。分かりました」

 居心地の悪い朝食がひと段落すると、父が母にそう告げた。  私にはそれが浮気相手と楽しむための方便だと分かるが、母はもちろん気付いていない。

「気を付けてくださいね」

 母は父に対して何かを言うことはないし、機嫌が悪くてもそれを押し込めてちゃんと対応する。  それは、二人が仲睦まじい夫婦だから――ではない。

 父はイグマリート家の隆盛を願い、それを元に行動している。  そして母は、父を利用して自分の価値を高めようとしている。

 要するに「イグマリート家を繁栄に導いた当主を献身的に支えた伴侶」という称号が欲しいだけだ。  浮気に対して異常なほどの怒りを見せるのは、自分のプライドを傷つけられたからに他ならない。

 娘を利用する父。  父を利用する母。  両親を駒として使う娘。  私たちは仮初の家族だ。

 この家でまともなのは……お姉様だけ。

 ▼

「リズベラ、窓に吹き残しがあるじゃない! 何をしているの!」 「申し訳ございません! すぐにやり直します!」

 父が家にいないときの母は基本的に機嫌が悪い。  悪いというか、偉そうだ。  まるで自分こそが当主であると言わんばかりだ。

「お母様、王宮に行って参ります」 「—―行ってらっしゃいソフィーナ。たくさん学んで、オズワルド殿下をしっかり支えるのですよ」 「もちろんです!」

 お互いに感情のこもっていない言葉で、上っ面の会話を交わす。  言われるまでもなく、オズワルドはしっかりと管理して――。  ……そういえば、何かを忘れてる気がするな。

「あ」

 オズワルドの誕生日プレゼント。  それを買うためと偽って休みを取ったのに、リズベラの尾行にいっぱいいっぱいですっかり忘れていた。  ……どうしよう。

「膝枕券でも発行するか」

 それなら買いに行かなくても、家にあるノートの切れ端で作ることができる。  この時の私は、そんなことを呑気に考えていた。

 ▼

「……ん」

 二日後の朝。  寝起きはそれほど悪くはなかったのだが、その日は酷かった。  寝る前に「今ごろ父はどこかでよろしくやっているだろうな」と考えていたせいかもしれない。

 亀のような動きでベッドから這い出ると、階下から悲鳴が聞こえた。

「いやあああああああああああ!」 「!?」

 悲鳴は母のものだった。  何が起きたのかと急いで部屋を出ると、同じタイミングでお姉様が廊下に出てきた。

「ソフィーナ。今の悲鳴」 「はい。お母様のものでした」

 二人で玄関ホールに目を向けると、母の姿があった。  そしてその前には、憲兵が立ち尽くしている。

「嘘よ、そんなの嘘よ……!」

 憲兵の前で、母が泣き崩れている。

「あの人が死んだなんて嘘よ!」 「……心中お察しします。しかし事実です」

 沈痛な面持ちで、憲兵は再度告げた。

「昨夜未明、レブロン・イグマリート卿は何者かによって殺害されました」

 ――。

 父が死んだ。  なぜ?  どうして?  一瞬『不幸』が頭をよぎったが――父が昨夜、誰と会っていたかを思い出す。

 浮気相手の女。  あいつと会ったから殺された?  いや。そんなことをしても浮気相手にデメリットしかない。  たくさん買い込んでいた食料も、父の援助あってのもののはず。  父を殺せば、また極貧生活に逆戻りする。

 ――なら、帰り道に誰かに襲われた?

「ああああ……そんな、そんな――!」 「落ち着いてください奥様」 「落ち着いていられるはずがないでしょう!?」

 犯人として真っ先に思い浮かんだのは母だが……あの反応を見る限り違う。  母は良くも悪くも感情的な人間だ。ああいった演技はできない。  もし犯人なら「やったのは私よ」と開き直っているはず。

 なら、誰が犯人なんだ……?  隣でお姉様が膝から崩れ落ち、私は慌てて思考を中断した。

「お姉様!? しっかりしてください!」 「お父様。嘘。嘘。そんな……」

 抱きしめると、お姉様は私の服の袖を強くつかんだ。  手が白くなるほどに強く、強く。

「一昨日、いつも通り行ってらっしゃいってお見送りしたのに。あれが最後なの……? どうして……?」

 家族の死を受け入れるには、今のお姉様はあまりにも幼すぎる。  悲しみを乗り越えたように見えても心の中には傷が残り続け、いつかそれはお姉様の心を砕く起点となりえる。  どれだけクソ野郎でも、母はもちろん――父にも、生きていてもらわなければならないのだ。

「お姉様。大丈夫です」

 震えるお姉様を優しく抱きしめ、私は誓った。

「私が全部、打ち破ってやります」 「ソフィーナ……?」

 私は立ち上がり、お姉様に微笑みかける。

「—―戻れ」