最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#108 第十二話「いつもの場所で」


 父の浮気相手と思しき女は、どうやら露店で買い物をしていたらしい。  手提げかごを持ち、中には食料が色々と入っていた。  彼女が向かう通りは生活に困窮した人間が多かったはず。  その日暮らしをするのが精いっぱいで、食料を買い込む余裕もない……と、聞いたことがある。

「そうだね。この辺りのことを貧困街、住んでいる人を貧民……なんて悪く言う人もたまにいるよ」

 ノーラに確認すると、やはりそうらしい。  貧困街と揶揄されるような場所に住んでいる女が、食料をたっぷり買い込める余裕がある。  誰かから資金援助を受けているんだろう。  そして、その相手は――。

「……」

 無意識に下唇を噛みしめながら、私は前へ、前へと進んだ。  それをノーラが押しとどめる。

「ソフィーナ。あんまり近付くと気付かれちゃうよ」 「大丈夫だ。尾行している人間は後ろへの注意が散漫になる」

 尾行している人間は尾行対象、つまり目の前に意識が集中している。  その筋の人間なら話は別だが、リズベラはただのメイドだ。  大声でも出さない限り、気付かれることはない。

「それ、経験談とかじゃないよね?」 「よくわかったな。そうだ」

 学園にて、お姉様が暗殺されるイベントがある。  犯人は生徒に成りすました他国の間者。  その頃の私は、魔法をいい感じに使えるようになったことと、人殺しに慣れてきたことでちょっとしたバーサーカーのようになっていた。  「邪魔になったら全員殺せばいい」ですべてを解決しようとしていた。

 そんな私に挫折を突き付けてきたのがこのイベントだ。  スパイは、力尽くではどうにもできないくらい強かったのだ。

 正面から止めるやり方を諦めた私は方針を変え、イベント自体を起こさないやり方を考案した。  彼女が他国のスパイだと知ってもらえれば、合法的に学園から消すことができる。  しかし私の証言だけでは信用してもらえない。

 ならばどうするか。  私が取った方法は、彼女が正体を現すまで尾行し続けることだ。  気配を消す技術なんて当時は全く知らなかったので、バレてはやり直し、バレてはやり直し――を繰り返した。

 少しずつ気付かれない距離を伸ばし、ついに彼女がスパイである決定的な証拠を掴んだ。  これでイベントをクリアできる。  そう思った瞬間、意識が暗転し――スタート地点に戻った。

 スパイには、仲間がいたのだ。  私は彼女の尾行に夢中になるあまり、自分がつけられていることに全く気付かず、間抜けにもガッツポーズをしたまま殺された。

 そのイベントで学んだことは三つ。  自分の強さに溺れないこと。  なんでも力で解決しては行き詰まってしまうこと。  そして――尾行している人間は、自分が尾行されていると気付けないことだ。

「—―ってなことがあったんだ。覚えておくとどこかで役に立つかもしれないぞ」 「……覚えとく。けど、できればその知識が役に立つときは来ないで欲しいなぁ」

 微妙な表情を浮かべながら、ノーラはリズベラに視線を戻した。

 ▼

 浮気相手と思しき女は、小屋のように見える建物の前で立ち止まった。  大して風も吹いていないのにあちこちからガタガタと音が鳴っている。  入り口には扉がなく、布で目隠しをするように覆っているだけ。  どう見ても人が住めるような場所ではないが、あれが彼女の家らしい。

「……」

 女が扉代わりの布を開くと、ぱさりと何かが彼女の足元に落ちた。  それは手紙だった。ポストなんてものは備わっていないから、投げ入れられたものだろう。

「……」

 女は手提げかごを置き、手紙を開いた。  平民の識字率はそれほど高くないが、彼女は文字は読めるらしい。  読み終えた手紙をくしゃりと丸め、家の側溝に捨ててから家の中に入る。

 ……その手紙を、リズベラがこっそりと拾い上げた。  カサカサと開き、文面に目を通すと、彼女の目が爛々と輝いた。  ここからでは内容は見えないが、彼女の表情から察するに浮気の証拠となるようなものだろう。

 それを懐にしまい、退散しようとした瞬間――家の中に入ったはずの女が、いきなり出てきた。  まるでリズベラの逃げ道を塞ぐように。

「あんた、さっきからずっと後ろをついて来てたけど、何か用?」 「いえ、たまたま通りかかっただけで――!?」

 誤魔化そうとしたリズベラが、女の手に握られたものを見て硬直する。

 包丁だった。

「嘘。あんたみたいな身なりのいい人間が、こんな薄汚いところをたまたま通りかかる訳ないじゃない」 「あ、ひ、その……」 「何が目的?」

 じりじりと包丁を近づけられ、リズベラが徐々に涙目になってくる。

 ▼

「—―すみません!」 「……は、ひ。ソフィーナお嬢様?」

 私は物陰から飛び出し、リズベラの手を握った。  さも事情を知らない風を装いながら、無邪気な笑みの仮面を装着する。

「ごめんなさい。迷子になった私を追いかけてここまで探しに来てくれたんですね?」 「あ、え、その」

 女から見えない位置で、声を出さずに「話を合わせて」と唇の動きで伝える。

「—―そうそう、探しましたよお嬢様!」 「ごめんなさい。けど合流できてよかったぁ」

 ここで、ちらりと女の様子を伺う。  茶髪の長い髪。年齢は三十かそこらといったところのように見える。  やや痩せてはいるが、美人だ。  いかにも父が好みそうな顔立ちに思えた。  子供の私に遠慮しているのか、彼女は包丁をサッと後ろに隠した。

「まぎらわしい」

 それだけを吐き捨て、彼女は家の中に戻って行った。

「行きましょうか、リズベラさん」 「は、はい……」

 ▼

「ありがとうございますお嬢様ぁ! 死ぬかと思いました!」

 露店に近い場所まで戻ると、リズベラは私にぎゅうと抱き着いてきた。

「けど、どうしてあんな場所にいたんですか?」 「友達と遊んでいたら、たまたまリズベラさんが見えたので」

 あらかじめ用意しておいた言い訳を披露すると、リズベラの視線がノーラに向いた。

「初めまして、ノーラです」 「おお、あなたが噂の。初めまして、リズベラと言います」

 噂?と小首を傾げつつ、ノーラはお辞儀をした。

「あの、今回私があそこにいたことはくれぐれも内密にお願いできますか?」 「どうしてです?」 「……今はお話しできません。ソフィーナお嬢様がもう少し大きくなられたら必ずお話ししますので、なにとぞ」

 顔の前に両手を合わせ、懇願するリズベラ。  「父の浮気調査を興味本位でやってました!」なんて知られたら一瞬でクビだ。  それを恐れているんだろう。

 彼女には何度か煮え湯を飲まされているが、今回に限っては私がそうするように焚きつけた。  イベント攻略のヒントを見つけてくれたことだし、ここは言う通りにしよう。

「? よく分かりませんけど、分かりました。これは三人の秘密ですね」 「ありがとうございます! そ、それでは私はこの辺で」 「はーい」

 リズベラを見送ると、ノーラは大きく肩で息を吐いた。

「ふーーーー。どうなることかと思ったよ」 「だな」 「けど良かったの? リズベラさんは助かったみたいだけど、攻略のヒントは何も分からなかったよ」 「ヒントならある」

 私は懐から丸められた紙を取り出した。

「それって」 「リズベラが拾った手紙だ。さっき抱き着かれたときに懐から抜き取った」 「……………………」

 何故か微妙な顔をするノーラを差し置いて、手紙に何が書かれているかを確認する。  そこには見覚えのある筆跡――父の字だ—―で、こう記されていた。

『三日後。いつもの場所で』