最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#111 第十五話「雑談」


「ソフィーナお嬢様。夕食の準備が整いました」 「……」 「ソフィーナお嬢様?」 「っ、はい。すぐに行きます」

 メイドに声をかけられ、一拍の間を置いてから返答する。  頭の中では、ノーラとの会話がずっと繰り返されていた。

 ――なんだかお父さんたちを避けてるみたい。

 避けてる?  私が?

 (そんなこと、あるはずないだろ)

 ふん、と鼻を鳴らす。  浮気イベントを暴露した後、イグマリート家の実質的な支配者は私になる。  確かに今は会話らしい会話はあまりないが、以降は違う。  イグマリート家繁栄のためのアドバイスであったり、それを見返りに便宜を図ってもらったり、会話は増えていく。  私が父を避けているのなら、そんなことはしないし、できないはずだ。

 ノーラの説は何から何まで外れている。

「揃ったな。では、食前の祈りを」 「……」

 食卓で祈りを捧げる間、薄眼を開いて父を見やる。  ノーラは「私が情報収集を他の人間に任せようとしている」ところから「両親を避けている説」を思いついた。  その場できっぱりと否定はしたが、彼女は眉をひそめていた。  言葉の上では理解していたが、完全には納得がいっていない様子だった。

 そう思われ続けるのも何だか癪だ。

(仕方ない。今回は私がやるか)

 リズベラにも、それ以外の使用人にも頼らず自分で情報収集を行う。  これでノーラの説は完全に否定できる。  別に彼女の鼻を明かしてやろうとか、謝らせようなんて気はない。  ただ間違っていることは間違っているということを証明するだけだ。

「では、食べるとしようか」

 全員で手を合わせ、食事が始まる。  食べながら談笑――というのは貴族の間ではマナー違反とされている。  話しかけるなら、食事が終わった後のお茶を飲むタイミングだ。  いつもなら母が父へ一方的に話しかけているが、今回は私に譲ってもらおう。

 世間話から入り、それとなく変わったことがないかを聞けばいい。  それか、母の目があるこの場では話だけに留め、後で父のところに行ってこっそり話をするか。  ……どちらにせよ、まずは雑談からだ。

「お父様」 「あなた」

 食事が終わると同時に父へ声をかけると、母と声が被った。

「ソフィーナ。今は私が話を――」 「まあ待て。ソフィーナから話しかけてくるなんてそうあることじゃない。今は彼女を優先しよう」 「……あなたがそう言うのなら」

 父の言葉に、母は眉をひそめながらも引っ込んだ。  自分よりも娘を優先することが気に入らないらしく、少しだけ睨まれた。

「それで、どうしたんだソフィーナ」 「……あ」

 喉の部分で言葉が突っかかり、私は喉を押さえた。

「?」

 小さなうめき声に、父が首を傾げる。

 どうした。  雑談をするだけだろ。

「……っ」

 どうして何も言えない。  明日の天気、今日起きた出来事、昨日見た夢。  話の種なんていくらでもあるじゃないか。  ノーラやお姉様を前にした時はいくら時間があっても足りないくらい話したいことが溢れてくるのに。

「ソフィーナ?」 「……っ」

 じっと様子を見ていたお姉様が小首を傾げる。  高速で記憶を巡らせ、父と交わした会話を探し続ける。  数えきれないほどのループの中、家族としてこれだけ長い時間を過ごしたんだ。  雑談の種の十や二十、簡単に――。

 あれ。  父とは長い付き合いだ。  たくさん言葉も交わしてきた。  けれど……私から話しかけたことって、あっただろうか。  いくつか見つけた会話の内容は、イベントの通過に必要だとか、選択肢の結果そうなっただけの事務的な内容のものばかり。

 ……父と最後に「雑談」をしたのって、いつだったっけ。

「ソフィーナ?」 「—―き、今日の食事、すごくおいしかったです!」

 たっぷりと時間をかけても何も出て来ず、苦し紛れに目の前にあった皿を指さしてそう言い放つ。  当たり障りがなさすぎて、かかった時間との対比に母が呆れている。

「ずいぶん長いこと考え込んで、出てきたのが今日の食事の話?」 「え、ええ。本当にすごくおいしくて、思わず感動しちゃったんです!」 「……ソフィーナ。この人はあなたと違って忙しいのよ。余計な話をして疲れさせないで頂戴」 「まあまあソニア。いいじゃないか」

 父は、ふっ、と笑いながら母をなだめる。

「ソフィーナは白身魚のムニエルが好物だったのか。今度から頻度を増やすよう、シェフに伝えておこう」 「あ、ありがとうございます! とっても嬉しいです!」

 ほとんど頭が真っ白になっている中、反射だけでそう取り繕う。

 私は父、それから母とも雑談ができない。  心のどこかでそれを分かっていて、結果、用がないとき以外は顔を合わせないようにしていた。  ノーラの説を否定するはずが、皮肉にも証明することになってしまった。

 ……私は父を、母を、避けている。

 ▼

「やっぱりそうだったんだね」

 後日。  定例報告会の際、私はノーラの説が合っていたことを話した。

「どうして分かったんだ?」

 前回の時点で、私はこのことを自覚していなかった。  そしてノーラは父や母と接点がない。  消去法で私の話だけを聞いて予想したことになるが……両親の話はそれほどした覚えがない。  ほとんど情報がない中、私自身ですら気付かなかったことになぜ気付けたのだろうか。

「もしかしてチート能力ってやつに目覚めたのか?」 「違う違う。そんなの持ってないから」

 手をぶんぶん振りながら、ノーラは上を見上げた。

「ソフィーナがお父さんやお母さんについて言う時の話し方が、昔の私に似てたの」 「昔の、ノーラに?」 「ちょっと長くなるし、あんまり面白くない話だけど、いい?」 「もちろん。聞かせてほしい」

 ここは橋の下なので石造りの天井の向こうは通路だ。  今日はやけに上が騒がしく――数週間に一度、こういう日がある—―、声が届きにくい。

 私はノーラの声がよく聞こえるよう、彼女の隣に座った。