最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#112 第十六話「ノーラと家族(前)」


<ノーラ視点>

 前世の私にお父さんという存在はいなかった。  正確にはいたらしいけれど、覚えていない。  私が二歳のころ、突然の病気で亡くなったみたい。

 タブレットに保存していた写真を見せてもらった。  「これが私のお父さんなんだ」と、どこか他人事として捉えていた。

 一日の大半を託児所で過ごし、お母さんに手を引かれて家に帰る。  私が覚えている一番古い記憶はそれだった。  お父さんとの思い出は一切覚えていない。

 そして、お母さんと過ごした記憶も実はあまりない。  お母さんは看護師で、常に忙しくしていた(この頃は知らなかったけれど、それなりの地位にいたみたい)  おかげで金銭面で苦労することは一切なかったけれど、一緒に過ごした時間はものすごく少ない。

 夜勤が多かったので、夜は家で一人――ということも多かった。  一人で家にいると「怖い」と思うことはあった。  けれど、寂しいとは思わなかった。  ここぞとばかりにアニメや漫画、ゲームに没頭していた。  思えば、私のオタク気質はこういう生活環境から来ているのかもしれない。

 私はすごく聞き分けの良い子だったと思う。  不平不満は言わないし、家事のお手伝いも進んでいしていた。

 転機が訪れたのは、中学三年になった時だ。  進路希望調査で、私は看護師を目指そうとした。

 仕事内容を聞いたことはないけれど、だいたいの生活リズムをお母さんを通し知っていること。  何より、お給料が良いことが魅力的に見えた。

(お金があれば推し活がはかどる!)

 正看護師になるため高卒の資格を取り、その後は看護学校へ。  そんな進路を立てていた。

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「ダメよ」 「え」

 進路希望を見せると、お母さんはにべもなくそう告げた。

「け、けど手に職を付けておくのはいいことでしょ?」 「看護師以外にも給料の良い業種はたくさんある。あなたは頭がいいんだから、わざわざこの道を選ぶ必要はないわ」 「でも!」 「はっきり言うわね。考えが浅いのよ」 「……っ」

 お母さんは眉間にシワを寄せて私を睨んだ。

「どう見えているか分からないけれど、病院は命を預かる場所なのよ。給料がいい? オシカツ? そんな甘い考えで現場に入って来られても迷惑なだけ」

 考えが甘かったことは認める。  けれど私なりに考え、悩んで出した結論だ。  ――なのにお母さんは、それをたった一言で否定した。

「……そう。じゃ、もういい」 「×××? ちょっと待ちなさい!」

 私は進路希望調査票のプリントを母の手から奪い返し、そのまま部屋に引きこもった。  お母さんとちゃんと会話をしたのは、これが最後だった。

 ▼ ▼ ▼

 あの出来事があってから、私はお母さんと話をしなくなった。  必要なことは話すし、喧嘩腰になるなんてことはもちろんしない。  ただ必要のないことを話す意味を見出せなくなった。  私の考えを否定するのなら、無理に干渉することもない。

 高校に上がってからはそれがさらに加速し、お母さんは「同じ家に住んでいるだけの同居人」だった。  反抗期だったのかもしれない。

「高校はどう?」 「普通だよ」 「そう」

 たまにお母さんから話しかけてくることもあったけれど、最速で会話を終わらせる。  小さい頃は嬉しかった月に数回しかないお母さんとのご飯が、この頃は苦痛で仕方なかった。  そんな環境から逃げるように、私は遠くの大学を選んだ。

「……そう。家を出るのね」

 遠方の受験にも、一人暮らしすることにも、今度は反対されなかった。  前の出来事を教訓に、何を言われても絶対に反論できるようにと考えていたことが無駄になり、少しだけ拍子抜けした。

 看護師にさえならなかったら、私のことなんてどうでもいいんだろう。

 ▼

 大学生活は充実していた。  学費や生活費も込みで生活できるよう高校からアルバイトをして貯金していたけれど、結局学費はお母さんがすべて出してくれた。  そのおかげもあり、アルバイトはほどほどにしつつ、勉強に集中できた。

 友達もほどほどにできた。  陰口が少し怖かったけれど、高校の時みたいに毎日必ず顔を合わせる必要がないのでちょうどいい距離間で付き合えていたと思う。

「×××ってさ。親と喧嘩してるの?」

 ある日のこと。  友達の一人にそう尋ねられ、私はどきりとした。

「普通だよ。なんで?」

 親のことはほとんど話をしていない。  なのにどうしてそんな話題を振るんだろう。

「あたしらの前だと電話来ても絶対出ないし、親のこと言うとなんか変な顔になるし。仲悪いのかなと思って」 「そうかな」

 その友達は両親、特に母親と仲が良かった。  よく一緒に買い物や映画に行くし、親子というよりは年の離れた友達みたいな関係だった。  彼女から見れば、確かに私の親子関係は冷めたように映ったかもしれない。

「べつに仲が悪いわけじゃないよ。住む場所が離れてるし、甘えないでおこうと思ってるだけ」 「それとこれとはあんま関係なくない? 親にしか相談できないこととかあるでしょ?」 「ないよ」

 食い気味に私が否定すると、友達はおかしそうに眉をひそめた。

「なんで親にそんな遠慮してんの? 変な×××」

 ――遠慮。  その一言がやけに私の頭にこびり付いたけれど、私とお母さんの関係が変わることはなかった。

 しばらく時間が経ち、大学三年生になった頃。  就職活動に向けての下準備を始めようかという時期に、お母さんの訃報が届いた。