母の葬式のため、私は急遽地元へと戻ることになった。 急いで買った着慣れない喪服はゴワゴワしていてとても着心地が悪くて、私は足を何度も止めそうになった。
行きたくない。 けど、行かない訳にはいかない。
動こうとしない身体を半ば引きずりながら、なんとか葬式会場にまで辿り着く。 会場内はなんともいえない独特の匂いが充満していて、私はさらに気分が悪くなった。
「×××ちゃん、久しぶり」 「ご無沙汰してます。伯父さん」
喪主はお母さんのお兄ちゃん――伯父さんがしてくれた。 小学校の頃に会ったきりだったけれど、顔を覚えてくれていたみたいだ。
「まさか急にこんなことになるなんてね」
伯父さんはずいぶんとやつれていた。 十年も経つんだから多少は老いもあるけれど、それでもまだ四十代のはず。 ……表には出していないけれど、お母さんの死が衝撃だったのかもしれない。
「あの、聞いてもいいですか」 「なんだい」 「お母さんは、その……どうして亡くなったんですか?」
伯父さんと同様、お母さんもまだ若かった。 命に係わる病気を抱えてるなんて聞いたことがない。 不慮の事故でもない限り、死ぬなんて信じられなかった。
「そうか。聞いていなかったんだね」 「はい」 「………………。君ももう大人だ。変に隠す必要もないか」
伯父さんは少し考えたのち、こう切り出した。
「過労死だよ」
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過労死。 一時ニュースでよく見聞きしたけど、どこかで自分とは無関係と思っていた単語だ。 お坊さんの読経を上の空で聞きながら、私の頭は疑問符が際限なく湧き上がった。
働いて、働いて、働いて。 その疲れが取れなくなるくらい、あるいは分からなくなるくらいまで、根を詰めていた理由は何なのか。 心の中で問いかけても、死化粧を纏ったお母さんは何も答えてくれない。
「すみません」 「—―」 「あの?」 「—―あ、はい。何でしょうか」
後ろの列の人が声をかけてきた。 ボーッとしていたことと、知らない声だったので反応が遅れた。 振り返った先にいたのは、やっぱり知らない女性だ。 葬式に参加しているということはお母さんの知り合いかな。
「×××さん、ですか?」
開口一番、知らない女性は私の名前を口にした。
「はい。そうですが……」 「やっぱり! 列が前の方だし、後ろ姿がどことなく似てたからもしかしてと思ったわ」 「あの、失礼ですがあなたは?」 「急にごめんなさいね。私は△△。あなたのお母さんとは看護学校で同級生だったの」
お母さんの同級生さんは懐かしそうに目を細めて微笑んだ。 目元がずいぶんと腫れている。 ……お母さんのために泣いたのかな。
お坊さんの読経が終わった後、私と同級生さんは参列席から離れて話をした。
「あなたのお母さんはとても立派な人だったわ」
お母さんとの思い出を語る同級生さん。 看護学校の頃から責任感が強くて、人一倍勉強熱心だったらしい。
「私にとってあなたのお母さんは常に先を行く、良き目標だったわ……」
昔を懐かしむように遠くを見ていた彼女の目線が、徐々に下に落ちていく。
「……まさか、こんなに早いだなんて」 「……」
彼女は言葉を濁したけれど、「こんなに早く死ぬなんて」と言いたかったんだろう。
「あの。聞いてもいいですか」 「なぁに?」 「最後にお母さんと連絡を取ったのはいつです?」
伯父さんよりも連絡頻度が高かったらしい同級生さん。 彼女なら、死ぬ間際のお母さんの様子を知っているかもしれない。 知ったところでどうなるんだ――という気持ちはあったけれど、それでも聞くことをやめられなかった。
「一か月くらい前かしら」 「何か変わったことはありませんでしたか?」 「いいえ。いつも通りだったわ」
予想していた以上に普通の回答だった。 ドラマみたいな衝撃的な展開を望んでいたわけじゃないけど、何かヒントが掴めるかと考えていたので少しだけ落胆した。
「いつも通り、あなたのことを話してくれたわ」 「私のこと?」
勝手に進路を決めて、勝手に家を出ることを決めたワガママな娘。 愚痴を言っているのかと思いきや、続いて出た言葉はそれとは正反対のものだった。
「気が利いて、とっても頭の良い自慢の娘だって。事あるごとに口にしていたわ」
……え。 自慢の娘? 誰が?
「私がもういいって言っても、何回も何回も。けどこうしてあなたに会って分かったわ」 「何を……ですか?」
硬直して、返答もしどろもどろになる私に、同級生さんは柔らかく微笑んだ。
「あなたのお母さんが自慢したくなる気持ち」
違う。 私は悪い子だ。 お母さんを一方的に嫌って。 一方的に家を出て。 一方的に連絡を絶った。
なのにお母さんは、私のことを自慢の娘と言っていた? 私が話しているお母さんと、同級生さんが話しているお母さんに大きな食い違いがあるように思えた。
「……違う」 「うん?」 「違うんです」
私はそのことをありのまま、同級生さんに話した。 中学生の頃の確執から、今に至るまでのすべてを。 ちょっと長くなったけれど、彼女はうんうんと聞いてくれた。
「……だから、私は自慢の娘なんかじゃありません」 「そうね。確かに褒められた行動ではないと思うわ」
同級生さんは私の行動に苦言を呈した。 けれどすぐに、こう付け加えた。
「けど、あなたのお母さんも悪い」 「いえ、お母さんは正しかったです」
私が甘い考えで看護師を選んだことは事実だ。 けれど、それでも。同級生さんは首を振った。
「あなたのお母さん、昔から口下手だったの。自分の気持ちをうまく口にできなくて、私とも何度か喧嘩になったこともあったわ」 「……」 「けど私がいつも食い下がって、お互いにムカつくこととか不満とかを全部話したら、不思議とまた仲良しに戻ってたわ」
その時のことを思い出し、ふふ、と彼女は笑った。
「……もう少し、もう少しだけあなたたちが対話していれば、未来は違うものになっていたかもね」
同級生さんははっきりとは言わなかった。 けれどその言葉の裏には、こういう意味が含まれているように思えた。
――あなたとお母さんがちゃんと話をしていれば、お母さんは死なずに済んだかもね。
▼
私とお母さんはずっとすれ違っていた。 あの時、もっと言葉を重ねていれば。 いっそ思いっきり喧嘩でもして、腹の内をぶつけていれば。 今よりも関係が悪くなる未来もあったかもしれない。 けれど、良くなる未来もあったかもしれない。
友達と遊んでいても気軽にお母さんからの連絡に出られる状態だったなら。 お母さんが過労になる前に気付けたかもしれない。
中学の時だけじゃない。 それ以降も、話をするチャンスはいくらでもあったのに。 私はそれらを無下にした。
お母さんは……私が殺したようなものだ。
「お母さん……」
葬式が終わり、家に戻ったあと。 私はようやくお母さんの死を実感して涙を流した。
▼ ▼ ▼ <ソフィーナ視点>
「……」
説明が終わった後も、ノーラはしばらく俯いていた。 時折すんすんと鼻をすすり、声は途中から何かを堪えるようになっていた。
ノーラの話を要約すると、こうだろうか。 ・ノーラは前世で家族と確執があり、ちゃんと対話ができなかったことを後悔している。 ・いまの私がノーラと同じ状態にあるような気がするので、ちゃんと話をしたほうがいい。
ノーラらしからぬ説明下手さで理解するのにしばらく時間がかかったが、そういうことだろう。 うまく説明ができないほど後悔していること、と言っていいのかもしれない。
(意外だな)
底抜けに明るくて、誰かといがみ合うことが嫌いなノーラ。 そんな彼女が、まさか母親との仲がうまくいっていなかったなんて。
「ごめんね。なんかヘンな空気になっちゃった」 「いや、大丈夫だ」
確かに私と両親には大きな溝がある。 いや、元々あったのに気付いていなかった。あるいは、見て見ぬふりをしていた。 今までは無視できていたが、今回のイベントはそれだけで乗り越えられない何かがある。 それを突破するための手がかりが両親との対話というのなら、やらない訳にはいかない。
「分かったよ」
気は進まないが……これもすべてはお姉様のためだ。
「父とも母とも、ちゃんと話をする」