最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#136 第四十話「自分の力で」


「というか、そのことを私に話してもよかったんですか」 「ソフィーナちゃんはイグマリート家の人間だし、一応関係者だから。……けど、他の人には言わないでね」

 たぶん、エレナは用心深い性格をしている。  思い返せばリズベラの尾行も気付いていたし、私が初めて浮気に気付いたのも父がポカしたことが原因だった。

 そんな彼女がこうして姿を現したとなると、相当な出来事が父との間にあったんだと推察できる。

 やはり、父からの浮気解消くらいしか思い浮かばなかった。  生活の根本が断ち切られるとなれば用心もクソもない。  慌てて父を説得しようとするだろう。

 以前までの父なら浮気の解消をするとは考えられなかったが……今回の父なら「ありえるかも」と思えるようになっていた。

(そういえば、予定外の外泊が少し減ったな)

 父は仕事で家を空けることが多かった。  大きな裁量を与えられた公爵家当主という立場上、避けられない仕事や緊急で対応しなければならないこともあったためだ。

 予定外の外泊のうち、いくつかをエレナとの浮気に割いていた。  それが減ったとなると、やはり彼女との関係が希薄になっている……としか考えられない。

 父と母の関係も以前より良好だ。  私とお姉様を挟むことである程度の距離を開けているし、会話をうまく誘導し、父の誉め言葉で母が喜ぶ姿を幾度となく見せるようにしている。  母の打算ではない愛情を信じるようになった結果、エレナとの関係を解消したいと申し出た。

 話をしたいと言っていることから、手紙でも送ったのだろう。  辻褄は合っている。  合っている、が……。

(まだ喜ぶのは早いぞ)

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「どうかしたの? 急に黙りこんじゃって」 「いえ。なんでもありません」

 訝しむエレナに愛想笑いで答えつつ、思考を巡らせ続ける。

 婚約解消はあくまで私の予想だが、おおむね合っていると思う。  思うが、まだ確定はしていない。

 「家族団らん作戦」に一定の効果があることは認める。  しかし、あれは私が考えただけの作戦であって、選択肢ではない。

 選択肢のない行動には強制力が伴わない。  父が本当に浮気を解消しようとしていたとしても、いくらでも妨害できてしまうのだ。

 父の決意を挫くためにエレナが来たとすれば、彼女が次に取る手は――。

「ねえソフィーナちゃん。なんとかしてお父様を呼びだしてもらえないかしら?」

(やっぱりそうくるか)

 人の心は移ろいやすい。  関係を解消する気でいたが、いざ会うと情が移ってそのままずるずる……なんてことも普通に考えられる。

 そして女には泣き落としという必殺技もある。  私もちょくちょく使ったことがあるが、これが男には抜群の効力がある。  エレナが情に訴えかけ、涙を見せてもなお父が浮気解消を強行できるるとは――父には申し訳ないが――思えなかった。

 なら、私が取るべき選択はひとつ。  このまま父と会わせず、エレナに諦めてもらうことだ。

「分かりました」 「じゃあ……!」 「私から伝言をしておきますので、内容を教えてください」

 一瞬、ぱぁ……と明るくなったエレナの顔が、あからさまに曇った。

「ごめんなさい。お仕事の内容にも関わるから、関係者以外には話せないの」 「さっきは私も関係者に入ってるって言ってたじゃないですか」 「………………ま、万が一にも内容が食い違ったら大変なことになるから! お父様と直接でないといけないの」

 平静を取り繕ってはいるが、内心から漏れ出る焦りが隠せていない。  このままツッコミまくれば自己崩壊しそうなほどだ。

「困りましたね」

 うーん、と私は首を傾げる。

「エレナさんのお力になってあげたいのはやまやまですけど、私では父を呼ぶことはできません。お仕事の関係となるとなおさらです」 「娘のあなたが呼んだら来てくれるわよ」 「いいえ、来ません」

 そもそも父はああ見えて忙しい。  帰宅後の団らんは別にして、それ以外の時間で呼び出せるほど暇ではない。

「私にお願いするより、正面から面会を申し出た方が早いと思いますよ」 「……そう。そうね」

 長い沈黙のあと、エレナはようやく頷いた。

「ごめんなさい。つい他力本願になってしまっていたわ。こういうものは自分の力でなんとかするものよね」

 とは言っているが、エレナからできることは何もない。  唯一あるとすれば、父が心変わりをして再び彼女の元に通い始めることだが……そうならないよう、今後も家族団らん作戦は継続していくつもりだ。

 あと数年もすれば、エレナのほうも諦めて自然消滅するだろう。

 浮気イベントは、これでクリアだ。

「では、私はこれで――」

 エレナに背中を見せた瞬間、首元に何かが添えられた。

 どこかのループでリズベラに向けていた包丁だった。

「……なんのつもりでしょうか」 「いま言った通りよ。自分の力ですることにするわ」