父の元婚約者。 両親の馴れ初めを知らなければ「あ、そうなんですか」の一言で済む内容だった。 しかし多くのことを知った今、それだけで済ますのは到底無理だった。
エレナが放った一言に、多くの情報が集約しすぎている。
「その反応、どうやら私のことを妹から聞いているみたいね」
私が固まっている間に、エレナは話を再開した。 沈黙に耐え切れなかったのかもしれない。
「妹……ってことは」 「そう。ソニアは私の妹よ」 「じゃあ、あなたは私の……叔母さん?」 「そんな風に呼んでもらえる身じゃないわ」
エレナはやや自虐を含んだ笑みを浮かべた。
「私とあなたのお父さんは、お母さんに内緒で何度も会っていたの。恋人みたいにね」
私の年齢に遠慮してか、浮気のことをボカして表現するエレナ。 無知な子供のふりをしつつ、先を促す。
「でも確か、婚約はエレナさんの方から断ったんですよね? なのにどうして父と会っているんですか?」 「……く」 「く?」
最初の一言だけ言って、エレナは口を閉じてしまった。 そんなところで切られたら先が気になってしまう。
「エレナさん。私はあなたの味方でいたいと思っています」 「ソフィーナちゃん……」 「だって叔母さんってことは家族ってことですよね?」 「っ!」 「家族が困っているなら、力になりたいです」
にぱ、と笑いかけると、エレナは感極まったように目を見開き、瞳を潤ませた。 ナイフを持っている大人と、縛られている子供。 絵面だけ見るととても叔母と姪が話をしている風には思えないが……ひとまずそのことは頭の端に寄せて考えないようにする。
「だから、教えてください。どうして一度破談になった婚約者と、こっそり会うようになったのか」 「分かったわ……話す。けど……笑わないでね?」 「もちろん」
まだエレナはナイフから手を離していない。 茶化すようなことをすれば勢いでブスッとされてしまう危険はまだ残っているのだ。
……そういえば。 貧民街でエレナを見た時、なんとなく既視感を覚えた。 その時はどうしてそんな風に思ったのか分からなかったが、今なら分かる。
エレナは母にそっくりなのだ。 見た目は姉妹とは思えないくらい似ていない。 似ているのは、行動だ。
浮気発覚イベントを間違った方向に進めると、母は高確率で父を殺す。 大好きなはずなのに、感情を抑えきれずそんな行動を取ってしまうのだ。
エレナの感情の振れ幅の大きさや、こうして短絡的な行動に出るところが母にそっっっくりだった。
(とんでもない姉妹だな)
嬉しくない共通点に気付いてしまい、頬の筋肉が引きつってしまった。 それが表に出ないよう頑張っていると、エレナはようやく決心がついたように、話を再開した。
「……悔しかったの」
▼
エレナと母は、昔から仲が悪かった。 エレナはどちらかと言うと生真面目だった。 両親の言いつけはきちんと守るし、求められたことに対してはそれ以上のものを返す。
しかし母はそうではなかった。 言いつけは守らないし、求められたことも返さない。 自分が興味を持ったことにしか力を注がない。
……どうやら母は、昔からかなりの気分屋だったらしい。
当然、生真面目なエレナから見ると母はかなり目に付いたらしい。 商家ということもあり、両親が不在の時も多かった。そんな時、エレナは親に代わり母を叱っていた。
「いくら叱ってもケロリとしているの。私はソニアのためを思って言ってあげているのに……あいつは、あいつはぁ!」 「エレナさん、落ち着いて。続きを聞かせてください」
その時の感情がこみ上げてきたのか、エレナが興奮したように両手を暴れさせる。 私は努めて冷静を装い、話を続けることに集中させた。
そういった出来事が続き、エレナは次第に母を疎ましく思うようになっていった。 一方、母の方はというとエレナのことなどどこ吹く風で、いつも飄々としていたらしい。
「私のことなんて眼中にありませんて顔をいつもしてるの! あいつめ、あいつめぇ!!!!」 「エレナさん。落ち着いて」
真相を知りたかったとはいえ、話の振り方を間違えたかもしれない。 最悪、戻ることも考えつつ、先を促す。
姉妹仲が悪いまま成長した二人に、それぞれ縁談が舞い込んだ。
エレナはイグマリート家の四男――つまり、父。 母はどこかの伯爵貴族。
公爵家という、貴族の中でも最高格の相手にはじめは喜んだエレナだったが、当時の父はそれは公爵の「こ」の字もないくらいにおどおどした性格だったらしい。
「何を話すにも「あっ」を挟んでくるし、いっつもこっちの顔色ばかり窺って言いたいことも全然言わないし……悪く言うようで申し訳ないんだけど、魅力を感じなかったの」
父の過去を聞いていたので、なんとなくその様子を想像できる。 ループ前の私みたいにうじうじしていたら、それは婚約もなしにしたくなるというものだ。
けれど、婚約の破棄や変更は自分の都合だけではできない。 大抵は親の了承が必要だ。 そしてエレナの両親はそれを承諾しなかった。
子供の幸せよりも家の繁栄。公爵家との縁を繋ぐことを優先したのだ。
「当時の私は、それはもう絶望したわ」
幼い頃から両親の言うことを聞いて、真面目な優等生でい続けた。 その行く末が、家柄だけがいいぱっとしない男と結婚すること。
貴族や有力な商家では当たり前にある話だが、それを受け入れられない層がいることもまた事実だ。 そしてエレナは後者だった。
「家族で顔合わせをしたとき、ソニアがこんなことを言ってきたの」
――姉さんが羨ましいわ
「私はそれを嫌味だと受け取ったわ。あんな芋男を見てそんな言葉が出て来るなんて、普通は思わないわよね」
だからエレナは、売り言葉に買い言葉でこう言い放った。
――だったら、あんたがあいつと結婚しなさいよ!