「……」
お姉様のいる隣の部屋で、オズワルドの大きな声が扉越しに聞こえてきた。
幾度となく人生を繰り返し、お姉様が二十二歳まで生きられるルートを構築した私は、そこで行き詰まっていた。
これまでの人生で最大の障害となる『戦争イベント』の発生だ。 隣国との関係は長らく均衡を保っていたが、前王の逝去により悪化する。
その鍵を握る人物が、隣でお姉様を罵倒しているオズワルドだ。 こいつを上手く制御することで戦争は回避できる。 しかしそれは並大抵のことではない。 とにかく軽率で、女にすぐ騙され、死を運んでくる。
……こいつのせいでどれだけ私の努力と、お姉様の幸せを潰されたことか。
「貴様のような愛想のない女はもうたくさんなんだよ! 毎回グチグチと小言ばかり!」
オズワルドの性格を矯正することは不可能だ。 脅して従わせる方法を試したが、結局女の尻を追いかけて破滅を招き入れた。 今回はその解決策として、人格を制御する魔法の装置をわざわざ取りに行った。
現在の時間軸は私が十五歳、お姉様が十七歳。 戦争イベントの回避には、この時点から手を打っておく必要がある。
「ずっと遊んで暮らせるほどの金はもうある! 勉強も礼儀作法も学ぶ必要なんてない! お前はただ、僕に愛想を振りまいていればいいんだよ!」
何度も人生を繰り返す中で、私はあらゆることを習得した。 お姉様が言った通り、時間さえかければ私は何でもできた。
座学、礼儀、音楽、ダンスはもちろん、お姉様を守るための戦闘技能、魔法まで。
特に魔法は人生をやり直しても魔力の最大値を引き継げるという特徴を持っていた。 いろいろと不便な点も多いが重宝している。
一度目の人生では絶対に使えなかった重力魔法なども、短時間だが使えるようにまでなっていた。
「ソフィーナはお前と違って愛嬌たっぷりで、小言を言うことがない! 顔もお前より可愛いしな!」
あれこれと回想している間にも、オズワルドの苛立つ口上は続いている。 お姉様の婚約者など、前世でどれだけ徳を積んだとしてもなれるかどうか分からないというのに……このアホは自らそれを放棄しようとしていた。
……本当に馬鹿だな。 私が上っ面だけ振りまいている愛想に騙されるなんて。
今回はオズワルドに近付くため、敢えてこいつが好きそうな『いかにも』な女を演じてきた。 その効果がてきめんに現れたと、自分の演技力を喜ぶべきだろう。
――まあ、それとお姉様を罵倒したことは別だ。
オズワルドの隣に行き、馴れ馴れしく手を伸ばしてきた彼の腕を掴む。
「――しね」
とりあえずムカついたので、ぶん殴っておいた。
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その後、口八丁手八丁でお姉様とアレックス陛下をくっ付ける。 彼はヘタレなので適宜背中を押す必要があるが、オズワルドと違いお姉様を心から想ってくれる。 お姉様を幸せにするために彼の存在は必須と言っていい。
そして私はあぶれたオズワルドを貰う。
「オズワルド様はいかが思われますかぁ? 悪くない案だと思うのですが」 「……う、うむ。この感触は悪くない」
自分でも気持ち悪いくらいの猫撫で声で腕を絡ませると、オズワルドは一発で落ちた。
やり直す度に浮気する父といい、男の精神構造は一体どうなっているんだろうか。 きっと、女なら誰もいいんだろう。
……反吐が出る。 私は嫌悪が表情に出ないよう、努めて笑顔を貼り付ける。
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その後、父を脅して手に入れた離れの棟にオズワルドを誘い込むことに成功する。
鼻息が荒くなる彼を何度も投げ飛ばしたい衝動に駆られたが、気合いで自制する。 せっかくここまでやってきた計画が水の泡になってしまうからだ。
そして人格を――神の言葉を借りるなら、アンインストールする。 今回の人生は魔法の修練にほとんどの時間を割いた。 それでも人格を入れ替える魔法は複雑すぎたので、外部機器を使うことでなんとか実現を可能にした。
「よし、成功だ」
壊れた骨組みだけの王冠――魔女の遺物をその辺に捨て、かつてオズワルドだったものは私の前で恭しく膝をついた。
「何なりとご命令を」
私は机から何冊かのノートを引っ張り出し、オズワルドの前に投げる。
「周辺諸国の情勢をまとめたものだ。全部暗記しろ――これからお前は、外交官として諸国を繋ぐ架け橋になるんだ」 「了解しました」
……駒は揃った。 次こそ。 次こそは、お姉様の死を回避してみせる――。