最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#161 第八話「お祈り」


 ハモンズ王立学園の入学式には、以下の者の来場が許可される。  父親。母親。兄弟。専属使用人。  そして――婚約者。

 婚約者はそれ以外とは違い、特別な場所から入学式を見守ることができる。  特別な場所。それは隣だ。  家族でも許されない隣にいることが、特例として許可されている。

(いらん特例作りやがって……!)

 歯ぎしりしたくなりそうなところをどうにか踏ん張り、にこっと笑みを浮かべる。

「オズワルド様。それはとっても光栄なことです」 「そうだろうそうだろう。この僕の婚約者として公の場に出られるんだからな! 一生の思い出として胸に刻むと良い!」 「はい! けれど、私としてはお姉様の晴れ姿も見たいなって思ってまして。式の途中に少しだけ席を外したりは……あっ、ダメですよねそうですよね分かりました」

 オズワルドがグズりそうな気配を感じ、私は言葉を止めた。

(マズいぞマズいぞ)

 以前のシナリオはお姉様とオズワルドは同時に入学していた。  だから席が隣になるだけだった。  その時の私は自由に動けたので、お姉様に降りかかる火の粉をこっそり払うことができた。

 しかし今回からは違う。  このシナリオにおいて、オズワルドの婚約者は私。  つまり、私がオズワルドの隣にいなければならなくなる。

「今から式が楽しみだな! お前もそう思うだろう」 「ハイ。タノシミデスネ」

 オズワルドを思い通りに動かすために、彼には嫌われないような行動を取ってきた。  それがまさか裏目に出るなんて……!

(こうなった以上……方法はあれしかない)

 高笑いをするオズワルド。  私は愛想笑いを浮かべつつ、彼からは見えない位置にある手を、ぐっ、と握りしめた。

 ▼

「えぇ!? 入学式の日だけレイラの専属使用人になってほしいって!?」 「頼む。お姉様を守るにはそれしかない」

 私が動けない状態でお姉様を守る方法。  それは仲間に頼ることだ。  ――というか、それ以外に手段がない。

 私はノーラに深々と頭を下げつつ、事情を説明した。

「け、けど私、戦ったりできないよ?」 「大丈夫だ。入学式で起こるイベントにそこまで危険なものはない」

 唯一あるとすれば二つ、馬車にイタズラされることと、親善試合。  しかしその二つは私の方で対処できる。  馬車はオズワルドと合流する前だし、親善試合は入学式が終わった後だ。  その頃には解放されている。

 私はノーラにメモを付けた学園の地図を渡しながら、

「一応、ありえるかもしれないイベントの開始場所をまとめておいた。近づくと始まるかもしれないから、印を付けているところは避けて通ってくれ」 「レイラを誘導するってことだよね? 私の指示に従ってくれるかな……?」 「そこは大丈夫だ」

 お姉様は入学式の日に初めて学園の中に入る。  つまり、どこに何があるかは把握していない。  自然とノーラの誘導に従うことになるだろうし、多少遠回りでも不自然に思われることはない。

「そうじゃなくて。私、あんまりレイラによく思われてないと思うんだけど。なにか別のトラブルを呼んだりしないかな……?」 「……大丈夫だ」 「ソフィーナ。目が泳いでるよ」

 ほぼ行き当たりばったりの作戦であることはすでにお見通しのようだ。

「ちょっと疑問なんだけど、どうして婚約者だけ同席なの? ご両親より優遇されてるなんて珍しいと思うんだけど」 「昔、いろいろあったらしい」

 婚約者がいるのに「婚約者がいない」と偽って、遊ぼうとする男がいたり。  婚約者がいるのに「婚約者がいない」と偽って、今より上の相手を狙おうとする女がいたり。

 そういった男女トラブルがそれなりにあったため、婚約者が既にいる者は「いる」ということを明確にすべく「同席制度」が設立された。  経緯が経緯なだけに、特例というよりは義務に等しい。

「うわぁ……純愛ってないのかな」

 ノーラは顔を引き攣らせた。  絵に描いたような純愛。それが標準の彼女にとっては受け入れがたい世界なのだろう。

「貴族にとって色恋は交渉材料の一つでしかないからな」 「やめてやめて聞きたくない」 「学園に一度入ってたんだろ。そういう話を聞いたり、誘われたりしなかったか?」

 ノーラはこの世界に転生して間もない頃、一度だけ学園に入るルートを選んだはずだ。  現時点でも同年代の男子を魅了しているくらいなのだから、年頃の貴族男子がノーラを放っておくはずがない。  側室はもちろん、正式な婚約者の誘いも数多あまたあったことは簡単に予想できる。

 しかしノーラは顔を少し青ざめさせながら首を横に降った。

「ほとんどぼっちだったよ。女の子たちとの話題にはついていけなくて、男の子はなんか怖かったから、かなり地味めの格好をして、見つからないよう息を潜めてた」

 もっと明るい学園生活を送っているとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。

「事情は分かったよ。そういう理由なら、ソフィーナがオズワルドから離れる訳にはいかないね」

 私がオズワルドの隣にいなかったら、それは「関係がうまくいっていない」もしくは「オズワルドが側室を探そうとしている」と顔に書いて歩くようなものだ。  顔だけは良いオズワルドに言い寄る女はたくさんいるが、そいつらは全員、オズワルドを利用しようとする奴らばかり。  お姉様を守ることはもちろんだが、入学式でそういう輩が寄って来ないよう、仲睦まじいことを存分にアピールしなければならない。

 ノーラは手のひらをうにゅうにゅと動かした後、決心を固めるように拳を握った。

「…………分かったよ。レイラは私がなんとかして守ってみせるよ」 「ありがとう」

 了承してくれたノーラの手は、小刻みに震えていた。  スイレンの時のように、恐い思いをしてしまうかもしれないと恐怖しているのだろう。

 その手を、ぎゅ、と握る。

「ソフィーナ?」 「私もできるだけ早く合流する」 「……うん。レイラと一緒に待ってるね」

 なんの慰めにもならないものだったが、ノーラは震えを止めて笑ってくれた。

「今日から『何事もありませんように』って、毎日神様にお祈りしなくちゃね」 「そいつ、何もしてくれないぞ」 「き、気持ちの問題だよっ」

 不安を吹き飛ばすように、気丈に振る舞うノーラ。  彼女のお祈りも空しく、事件は起きてしまう。