「エド! おかえり~」 「ノーラ? 帰ってたのか」
気の抜けた青年に手を振るノーラ。 二人の会話から、青年が何者であるかはすぐに分かった。
(彼がノーラの推し……エドか)
すらりとした上背は高く、おそらくアレックスと同じくらいだと推測できる。 アレックスよりもやや線は細いが、袖をまくった腕にはしなやかな筋肉が垣間見えた。 肌は焼けていて、うっすらと茶色くなっている。髪色も肌に合わせたような暗めの茶髪だ。 年齢はノーラの二つ上。つまり今の時間軸だと十五歳だ。
ノーラの推しというだけあり、顔立ちは非常に整っている。 貴族の娘に勝るとも劣らない美少女のノーラが隣にいても全く見劣りしていない。 たぶん母親似なのだろう。ボルガさんとの類似点は全く見られなかった。
二人が兄妹だと知らなければ「お似合いの二人」という言葉が自然と浮かんでくる。
「今はお仕事中だよ」 「それで仕事服なのか。似合うなそれ」 「ありがと。いま、お嬢様にお父さんを紹介してたところなの」 「お嬢様?」
エドがひょこっと顔を動かし、私に視線を向ける。 ――くりくりとした無垢な琥珀色の瞳に、私は違和感を覚えた。
(あれ?)
その違和感がなんなのかはすぐに分かったが、初対面で尋ねるのは気が引けた。 だから私は知らないフリをして、普通に挨拶をする。
「はじめまして。ソフィーナと申します」 「僕はエド。よろしくー」 「おいエド。てめぇ挨拶ってモンを」 「ボルガさん。私は気にしてませんからだいじょーぶです」
しゅび、と軽く手を上げるエドに対して青筋を浮かべるボルガさん。 それをどうどうとなだめる。
私としてはエドくらい気楽に接してくれた方が話しやすい。 ボルガさんはこの場は収めてくれたが、ギロリとエドを睨んでいる。
「……エド。後で説教だ」 「えー。今日も?」
ボルガさんの説教。 聞くだけで手が震えてきそうな響きだが、エドは眉を寄せて口を「3」の形にするだけだった。 ……どういう胆力をしているのだろう。
「そうだ。これだけは言っときたかったんだ」 「?」 「いつもノーラと仲良くしてくれてありがとう」
エドは気さくに握手をしてきた。 背後で一段と視線を鋭くするボルガさんの方は見ないようにしながら、私も笑みを返す。
「いえ、こちらこそ」
――そんな具合で、ノーラのお宅訪問は終了した。
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「なかなかに個性的な家族だったな」
その日の夜。 入浴のあと、ノーラに髪を梳いてもらいながら彼女の家族について感想を述べる。
「あはは。まあ、お父さんに関してはその通りだよとしか言えないかな」
苦笑いするノーラ。 過去には初めて来たお客さんが、ボルガさんを強盗と間違えて通報したこともあったらしい。 ……まあ、私も魔法で威嚇しようとしたし、ノーラの前置きがなかったらたぶん似たような行動を取っていたかもしれない。
子供なら漏れなく泣き出すところだ。
「ご近所付き合いは大丈夫なのか?」 「うん。みんなから頼られてるよ」
余所では匙を投げるようなモノもきっちり作り、しかもサービスもいいとのことで評判らしい。 精霊石を一発で見抜いたときから思っていたが、やはり腕は確かなようだ。
「エドはどうだった?」 「少し子供っぽい気がした」
精神年齢が高いノーラのことだから、アレックスに匹敵するくらいの大人びた男を好むと思っていたが、実際は逆だった。 まあ大半の男は実年齢>精神年齢だが、それにしても乖離が大きいように思えた。
こう言うと失礼だが、どこかオズワルドと気質が似ている気がする。
「分かる。けどそれがかわいいのと、仕事中はキリッとするギャップがたまらないんだよね~」
声を弾ませるノーラ。 鏡越しに顔を見ると、幸せそうににやけた顔が映っていた。
「ギャップねぇ」
ノーラ曰く、キャラの落差が大きければ大きいほど萌えるらしい。 ギャップだの萌えだの、ニホンの言葉はいろいろ教えてもらったが、まだまだ意味が分からない単語も多い。
「オズワルドがキリッとしてソフィーナのピンチを助ける場面を想像してみてよ。キュンってしない?」 「まったく」
そもそもそんな場面は未来永劫やって来ない。 キュンも何もないというわけだ。
私がギャップ萌えを理解するには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「そういえば、意外と普通に接してたな」
エドと会う前はあんなにはしゃいでたし、てっきり飛びついて頬をすりすりするくらいはすると思っていた。
「すりすりするのは十歳までって決めてるの。今はもうしてないよ」
ノーラはエドとの接し方を年齢に応じて変えているらしい。 ということは、セーブポイントを更新した後、一切くっ付いてないということか。
「よくやっていけるな」
私はお姉様に飛びついて元気を分けてもらわないと、とてもではないがやっていける自信がない。
「ソフィーナは女の子同士だからいいの。私は異性の推しだし、節度は守らないと。見てるだけで癒やしになるしね」 「そういうものなのか……?」
推しについては理解をしたつもりだが、たまに認識のズレを感じることがある。 ニホンの言語は奥が深い。
「はい、終わったよ~」 「ありがとう」
髪を梳き終わったノーラが、櫛を手入れしてから化粧台の引き出しに仕舞う。 その後ろ姿をなんとなく眺めながら、私の脳裏には、エドと目が合った時が浮かんでいた。
あのとき感じた違和感。 それは彼の目と肌についてだ。
浅黒の肌と、琥珀色の瞳。 それはここ、クレフェルト王国の人間にはない特徴だ。
(――ま、さすがに違うよな)
家業の性質上、火を扱うことも多いはず。 いつも炉の近くにいるから、そのせいで肌が焼けてしまっていると考える方が自然だろう。 ボルガさんもエドほどではないが浅黒かったし。 瞳の色だけなら、純血のクレフェルト人でも生まれてくることはあり得る。
「ソフィーナ、どうかしたの? ボーッとして」 「いや。ちょっと眠くなってきただけだ」 「ふふ。なら、子守歌でも歌おうか?」 「やめい」
子供扱いしてくるノーラをぺしっと押しのける。
「冗談だよ。おやすみ」 「ああ、おやすみ」
ノーラを見送ってから、ベッドの中に潜り込む。 横になったものの、まだ眠るには早い時間だ。 お姉様の入学まであと六日。
起こりそうなイベントを頭の中に思い浮かべる。
「家庭内の不和はもう起こらないから、それが原因のイベントは全部なし。馬車の細工は……一応、対策だけはしておこう。あとは……お姉様の行動がどう変わっているかだな」
今のルートでお姉様は王族の婚約者ではない。 他人からの接し方も、それに伴い起こるイベントも、かなり変わっていると予想される。 幼少期はほんの小さなズレでしかなかったものが、ここまで来るとかなり大きくなってくるはずだ。
それらすべてに初見で対処できる方法は……残念ながら、ない。
また何度かお姉様を辛い目に遭わせてしまうかもしれない。 考えただけで胸が痛い。
「……大丈夫。大丈夫だ」
勝手に浅くなる呼吸を整え、意識して深く息を吸う。
「私はもう、一人じゃないんだ」
私とノーラでお姉様を常に見ていれば、大抵のことは防げるはずだ。 わずかな希望を胸に抱き、私は眠りについた。
▼
――そして翌朝、そんな希望は見事に打ち砕かれた。
「オズワルド様。今、なんと……?」
オズワルドとの勉強会で、彼はとんでもないことを言い放った。
「だから、来週の入学式は同席しろよ。なんてったって僕の婚約者なんだからな!」
(わ……忘れてた……!)
今のルートでお姉様は王族の婚約者ではない。 他人からの接し方も、それに伴い起こるイベントも、かなり変わっている。
それはお姉様だけではなく、私も同様だったと思い知ることになった。