最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#159 第六話「性(さが)」


「ところでお父さん、エドは?」 「配達中だ。そのうち帰ってくる」

 どうやらノーラの推しは出かけている最中らしい。

「どうぞ」

 案内されたのは工房の端の一角。  申し訳程度に仕切りが設けてあり、作業空間と分けられている。  対面で座れる椅子と、こぢんまりとしたテーブル。  たぶん、ここが応接室なのだろう。

「いま茶を持ってきます」 「あ、お茶なら私が」 「おめぇも座ってろ」

 手伝おうとするノーラを座らせ、ボルガさんは工房の奥へと消えていった。  完全に気のせいではあるが、肩にずしりとのしかかっていた威圧感がフッと消えたように感じた。

「ソフィーナ。お父さんと会ってみた感想はどう?」 「『ちょっと』どころじゃなく驚いたな」

 額にハンカチを当てると、じっとりと吹き出していた汗がにじんだ。

「どう考えてもの人だろ。よく平気でいられるな」 「あはは……私も最初はそう思ってたよ。お父さんが近づくたびに怯えて、泣いて……」

 そこそこの修羅場をくぐり抜けてきたという自負のある私ですら脂汗がにじんでいるのだから、そういう耐性のないノーラが慣れるまでどれほど時間を要したのだろうか。

「ああいう見た目だから初対面の人からは誤解されがちだけど、すごく、すっっっっごく優しいんだよ」

 二人のやりとりを通してなんとなく理解していた。  威圧感と見た目にさえ目を瞑れば、ノーラへの接し方は娘を心配する優しい父のそれだ。

 それに……ノーラのあの甘え方。  私から見ても大人びた彼女が、あそこまで公然と甘えられる人物。  全幅の信頼を置いていないとできないことだ。  そう考えると、ボルガさんがどれほどできた父親であるかが見て取れた。

 ……まあ、それを差し引いても怖いのだが。

「ソフィーナならすぐ慣れるよ」 「善処するよ」

 そんな話をしていると、お盆に茶を乗せたボルガさんが戻ってきた。

「どうぞ。お口に合うか分かりませんが」 「ありがとうございます」

 木彫りのカップの中、湯気の合間から見えたのは茶色い液体。  普段飲んでいる紅茶ではなく、麦を焙煎して煮出したお茶だ。  紅茶は平民にとっては高級品なので、このタイプのお茶が広く親しまれている。

 一部の貴族は「貧乏茶」なんて言ったりしているが、これはこれで私は好きだ。

「ソフィーナお嬢様。父の入れたお茶は近所でも評判なんですよ」 「おいノーラ。勝手に敷居を上げるんじゃねぇ」

 眼光鋭くノーラを睨むボルガさん。  私が睨まれている訳でもないのに、肝がヒュッと冷える感覚がした。

 ……無害だと分かっていても、慣れるまで時間がかかりそうだ。  心を落ち着かせる意味も含め、入れてもらったお茶を口にする。

「……おいしい」

 普段家で飲むお茶とは違う庶民的な味だ。  庶民的と言うと聞こえが悪いように思われるが、なんというか……親しみやすく、ほっとする。  うまく表現できないが、そんな味がする。

「お口に合って何よりです」

 髭に覆われた口の端が、わずかに持ち上がる。

「お父さんホッとしてる~」 「うるせぇ」

 今の笑い方は「ホッとしている」らしい。  ノーラの通訳がなかったら「大金を積んだ荷馬車の襲撃に成功した盗賊の頭のような笑い方」と誤認してしまうところだった。

「……それでお嬢様。依頼ってぇのはどういった内容でしょうか」

 私の正面に腰掛けるボルガさん。  大男の彼が座ると、縮尺の関係で椅子もテーブルもずいぶん小さく見えてしまう。

「石の加工をお願いしたいんです」

 ノーラに目配せをして、露天で買った石を持ってきてもらう。  包みを開いた瞬間、ただでさえ鋭いボルガさんの目がさらに鋭くなった。

「……杖、もしくは一時魔法の材料ですかね」 「!」

 ひと目見ただけで、ボルガさんは石が何であるかを見抜いた。

「お父さん、知ってるの?」 「ああ。これは精霊石っつってな。精霊様の力を助けてくれるモンだ」

 石の表面をルーペで確認しながら、ボルガさんは続ける。

「黒色の精霊石。文句なしの最高級品だ。これほど純度の高いモンは見たことがねぇ」

 ボルガさんは太い指を二本立てる。  それが何かの攻撃の前振りのように見え、私の肩が反射的にびくりと反応してしまう。

「……。こいつの用途は二つ。粉末状にして一回こっきりの魔法の材料にする。もしくは宝石に研磨して杖の材料にする。当然、後者の方が難しい」

 正解だ。  ただ砕けばいいだけの粉末と違い、杖の材料は磨きの工程が必要だ。  一応、余計な成分を除外しただけでも杖にできるが、美しく磨いた時の方が明らかに力が増幅される。  理由は諸説あるが、今のところ有力なのは「美しく加工した方が精霊に気に入られやすい」だ。

 精霊に気に入られる=力を貸してもらいやすい=魔法の精度が上がる。

 精霊がどうして人間の美的感覚を理解しているのかとか、反対意見は多々あるが、ひとまずそういった理由から良い杖にするには宝石状の加工が必須とされている。

「話が早くて助かります。今回お願いしたいのは後者――宝石への加工、です」 「私ァ魔法的な加工は専門外です。できるのは形状の加工まで。それでも構いやせんか?」 「はい」 「……グラムと形状の要望を伺ってもよろしいですか?」 「最低でも二百五十グラム以上が望ましいです。形状は縦に長い長方形か菱形で、なるべく平べったくしていただけると」

 今回購入した原石は約五キロだが、そのすべてが材料として使える訳じゃない。  不純物を避け、宝石大に加工できる塊だけを取り出し、余計な部分を削ぎ落とす。  その過程で自然と無くなるものを加味すると、実際に使えるのは原材料のうち三~七%程度。

 石は形状もさることながら、重さも重要になってくる。  重い方がより多く精霊の魔力を取り入れられるため、威力を増幅させやすい。

 私が不自由なく魔法を使うための下限は五%、つまり最低でも二百五十グラム以上の宝石にしてもらわなければならない。

「失礼ですが、予算は」 「前金で金貨五枚。成功すれば金貨四十五枚。要望以上のものにしていただけたら、さらに追加でお支払いします」 「!?」

 私の言葉に、ボルガさんは細い目を大きく見開いた。

「お嬢様。冗談はよしてください。金貨がどれほど価値があるのか――」 「もちろん理解しています。理解した上でお願いしています」 「……」 「私は本気です」

 金貨五十枚。貴族であってもかなり手痛い――どころか、下手な家なら破産するレベルだ。  それでも杖への投資と思えば全く惜しくない。

 杖の出来具合でそれ以降のイベントの難易度は大きく変動する。  楽にクリアできればその分、お姉様の幸せな未来も近付くのだから。

 お姉様のためなら、私は何でも出す。  命も、お金も。

「……」

 ボルガさんが私をじぃっと睨んでくる。  睨み殺そうとしているのではなく、私の真意を推し量っているのだろう。

 本能が逃げろと叫んでいるが、無視して目をそらさずにじっと見返す。

「……」 「……」

(断られるか……?)

 冷静な大人ほど、子供の話を本気で受け取ろうとしない。  いくら娘の知り合いで貴族とはいえ、私はまだ子供だ。  金額が金額だし、世間知らずが無知で頼んできているのでは、と思われても仕方がない。

 まあ、今回の依頼はダメでもともとだ。  受けてもらえればプラスになるかもしれないが、断られたところでマイナスにはならない。  本来のルートで加工してもらえるまで家に置いておけばいいだけなのだから。

 敗戦ムードが漂う中、ボルガさんがおもむろに口を開いた。

「……わかりました。お受けしましょう」 「そうですか。それは残ね……え?」 「この仕事、引き受けさせてもらいます」 「い……いいんですか?」 「ええ。少しばかりお時間をいただきますが。構いませんかぃ?」 「もちろんです」

 ボルガさんは紙の上に石を模写し始めた。  どこから削るのが最適なのかを探っているのだろう。

「あの、どうして受けてくださったんですか?」 「……サガですかね」 「さが?」 「なんだかんだ言って、私ァ物を作ることが好きなんですよ」

 唇の両端を持ち上げ、ボルガさんが歯をむき出しにする。

「こんなにもイイ素材、十年に一度もお目にかかれねぇ。そんな仕事を断るなんざ、土台無理な話ってモンですよ」 「お父さん、すっごく嬉しそうだね」

 今の笑い方は「すっごく嬉しい」らしい。  ノーラの通訳がなかったら「血に飢えた傭兵が自分と同格の強敵を見つけてニヤリとする笑い方」と誤認してしまうところだった。

「ありがとうございます。ではさっそく前金を――」

 交渉を次に進めようとしたその時。

「ただいまー」

 気の抜けた青年の声が飛び込んできた。