最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#174 第二十一話「フィンランディ家の面々4」


 フィンランディ家の使用人になってから五日が過ぎた。  お仕事自体はイグマリート家でもやっていたし、家でも家事は一通りこなしていた。  前世の知識を活かせる場面も多かったし、正直、使用人の範囲でつまづくことはないって考えてた。

 ……甘かった。

「不味い」

 がしゃん! と強めにティーカップを置くセラ。  その音に私の体がびくりと自然に反応する。

 セラは私と目も合わせないまま、冷たく言い放つ。

「あなた、紅茶もまともに入れられないのね」 「……っ。申し訳ありません。すぐに入れ直します」 「はぁ。もういいわ」

 ため息を一つついたあと、セラは背中を向け、テーブルの上に積まれた本を手に取った。  私は回り込み、慌てて頭を下げる。

「セラ様。どうか挽回の機会をいただけませんか」 「茶葉の無駄遣いよ」

 下げた頭の上から冷たく言い放たれる。  それっきり、セラは本の世界に没頭し始めた。  私のことなんて、いないかのように。

「……失礼、いたしました」

 肩を落としたままティーセットを片付け、とぼとぼと部屋を後にする。

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(今回はおいしいって思ってもらえると思ったのになぁ……)

 廊下を歩きながら、紅茶の味を振り返る。  セラは好みが独特ならしく、普通の人ならおいしいと思ってもらえるものを出しても満足してくれない。  セラが好む、セラ専用の味の調整が必要。けれど、まだチューニングは完璧にできていない。

(明日は蒸らし時間を十秒増やそう)

 正直、こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。  けれど、セラに認めてもらって、普通に話ができるくらいの関係にならないと先へは進めない。

 ループすればいい――のだけれど、今回の潜入は、私が無理に無理を重ねてなんとか実現したものだ。 「やっぱりダメだったからもう一回」と言っても、ソフィーナが首を縦に振ってくれるかは分からない。

 選択肢が出た以上は、何度かチャンスをくれるかもだけど……繰り返す毎、ソフィーナは私に頼ることに消極的になっていくと思う。

 失望したとか、縁を切るとかはされない――そのはずだよね?――けど、私に何かを任せようという気はなくなっていくと思う。

 私はすでに失敗している。  入学式でレイラを守れなかった。

 今回の件を一発で解決して、私は単なる相談相手じゃなく、本当の意味で頼れる『相棒』だということを証明したい。  これから先にやってくるソフィーナの負担を和らげるためにも。

 ▼

 セラとの信頼は深まっていないけれど、フィンランディ家のことは仕事を通して色々と分かった。  ソフィーナの言っていた通り、この中では魔法使い以外に人権はない。  使用人なんて替えの効く部品くらいの認識で、期待通りの働きをしなければ廃棄する。

 特にこの思想が強いのは、当主のウェルギリウス。奥さんのローラ。それから長男のセヴェリウスの三人。

 次女リネアと次男ルシアンも使用人への当たり方はキツいけれど、まだどこか人として扱っている面がある。

 初日に見たリネアのおしおき。  なんて酷いことをするんだとあの時は思っていたけれど……この家の中においてはあれが相対的に『まし』な対応だった。  そんな風に言いたくないけど言えてしまうところが、この家の異常性を雄弁に物語っている。

 セラはと言うと、暴力を振るうことはない。  けれどさっきみたいに言葉はすごくキツい。  口下手なだけで本当は優しい人……なんて思っていた頃もあったけれど。

 私が深読みしすぎていただけで、本当にただただ口が悪いだけの人なのかも……と考えを改めかけていた。

 暴言は前世から慣れっこ……ではあるけれど。  毎日あれだけ言われると、やっぱり辛いし自信がなくなってしまう。

「はぁ……」

 ティーセットを厨房の所定の位置に片付けながら、自然と口からため息が出た。

「ため息、ですか」 「!?」

 誰もいないと思っていたところに声をかけられ、肩を跳ねさせる。  振り返ると、執事服に身を包んだ男の人がいた。

 位置関係的には彼のほうが奥にいる。  単に私がぼーっとしていて、いることに気づかなかっただけみたい。

 彼の名前は知らないけれど、顔は見たことがある。  数日前に廊下ですれ違った、セヴェリウスの専属使用人だ。

「あ、あなたは……」 「ガイウスと申します」

 セヴェリウスの専属使用人もといガイウスは、水の入ったコップをシンクにちゃぽんと沈めてから、ゆっくりとこちらに近づいてくる。  フィンランディ家の専属使用人は、仕える相手と近い年齢の者が選ばれる。  そのルールから考えると、彼の年齢はセヴェリウスと同じ十五歳前後。

 前にすれ違ったときは分からなかったけれど、こうして近くで見るとすごく背が高い。  丁寧な口調も相まって、実年齢よりずっと大人びて見えた。

「ため息なんか吐いて、どうしたんです」 「あ……えっと」

 頭の中で赤信号が点滅している。  仕事をサボっていた訳じゃないし、悪いことをしていた訳じゃない。  けれどため息は「仕事に不満がある」と言っているようなものだ。

 このことを誰かに言われたら――すごくマズい。  下手したら専属使用人を降ろされるかもしれない。

「……ん? 前と雰囲気が変わりましたね」

 近くに来たガイウスが、私の顔を見て眉を上げる。  白い手袋を嵌めた指がゆっくりと近づき、私の頬を撫でる。  手袋に付着した白粉を見て、ガイウスは察したように頷いた。

「なるほど。自衛のための化粧ですか」

 すぐに自衛と察したところを見ると、リネアの性格を知っているみたいだ。

 リネアの悪癖は使用人たちは知らない……とセラは言っていた。  顔を傷つけるのはただ虫の居所が悪かっただけ、という認識になっている。

 セヴェリウスの専属だから、物知りさん……なのかな。

「これはご自身で? それともセラ様からそうしろと命じられたのですか?」 「……」 「ああ、ご安心を。告げ口などはいたしませんよ」

 口を閉じたままの私の胸の内を察してか、そう補足する。

(大丈夫かな)

 前は嫌な気配があったけど、いま彼からそういった気配はない。  あの時はセヴェリウスと一緒だったから、一緒くたにしちゃっただけ……?

 うまく誤魔化せるような器用さはないので、正直に言うことにした。

「セラ様からです」 「やはりですか」

 うんうん、とガイウスは頷いた。

 セラは厳しいけれど、化粧に関しては完全に私を守るための措置だった。  その行動に対し、ガイウスは「やはり」と返した。

 ……もしかして、セラのことを何か知っているのかな。  話を合わせる風にして、私は頷きを返した。

「はい。セラ様はとても優しいお方です」 「……優しい?」

 ガイアスの眉が、ぴくりと反応した。

「具体的にどの辺りでそう思ったか、お伺いしても?」 「至らない私にも辛抱強く指導してくださいますし、この白粉と眉墨は私の身を案じたからこそくださったものです」 「……くく。はっは」

 ガイアスは、ぷっ、と吹き出すように笑った。

「いや失礼。ノーラさんがあまりにも純粋だったので、つい」 「どういう意味です?」 「セラ様がそれらを渡したのは、自分のためですよ」

 私の身を守るためにくれた化粧品セットが、自分のため……?  訝しむ私に、ガイアスが続ける。

「誰だって自分のモノを嫌いな人間に壊されたら不快でしょう?」 「……つまりリネア様に私を壊されたくないから、仕方なく防衛措置を取った、ということですか?」

 私のことなんて何も思っていないけれど、リネアにちょっかいをかけられることだけは阻止したい。  ここ数日のセラの冷たさを考えると……本当は優しい説よりもそちらの方が説得力がある。

「どうしてセラ様とリネア様は仲が悪いんでしょう」 「リネア様はローラ様の寵愛を受けている。それがセラ様にとって面白くないのでしょうね」

 長女のセラよりも、次女のリネアが可愛がられている。  ――そういえば、フィンランディ家に来てからセラとローラが話をしているところを見ていない。  前のイグマリート家みたいに、家族仲に何か問題がある……ってことかな。

 それがレイラを殺した動機に繋がる……?

「おっと。少し喋りすぎましたね」

 ガイウスは内ポケットから懐中時計を出し、そっと私から離れた。

「いろいろと教えてくださってありがとうございます」 「なに。同じ専属使用人のよしみです」

 同じ、と言われて、少しだけ彼に親近感がわいた。

 そっか。  子供たちの専属使用人は、これまでセヴェリウスしかいなかったから、彼にとっては私が仲間ってことになるんだ。

「――ああ、それと」

 厨房の扉に手をかけた状態で、ガイウスは首だけをこちらに向けた。

「厨房とはいえここも家人の出入りがない訳じゃない。ため息を吐きたいときは離れの裏手に行くことをオススメしますよ」

 冗談めいた口調でそう言いながら、彼は颯爽と去って行った。

「セラとリネア……か」

 もし、家族仲がこじれているようなら、それを正すことができれば入学式の事件を防げるかもしれない。