最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#176 第二十三話「とことん」


「一口かじる度に広がるピリッとした辛み! 飲み込んだ後も口内と喉を焼く余韻! 甘いお菓子では体感できなかった刺激! これよ、これこそ私が求めていた味だわ……!」

 椅子を蹴り上げてそう力説するセラ。  前回のループでは一度も見ることができなかった、喜びに満ちた笑顔だ。

 ここまで喜んでもらえるとは思ってなかった。

(ソフィーナと露店に張り込んで、香辛料を買いだめした甲斐があったよ)

 露店の中には、国外の品物を出すお店がたまにある。  ラインナップはいろいろ。  ヘンテコな呪いの仮面だったり、よく分からない生き物の剥製だったり。  大半は工芸品で、食べ物が並ぶことはあんまりない。

 前世と違って保存技術が発達してないから、食べ物は基本的に地産地消。  その地域で採れないものは食べられないのが当たり前なんだけど、香辛料は別だ。

 乾燥させたものは半年以上保つので、露店のラインナップに並ぶことがある。

「こっちはすごく苦い! けど不思議と後味はスッキリしてる! ……こっちは塩気がたっぷり! これは胡椒? お菓子と胡椒を組み合わせるなんて、なんて斬新なの! 嗚呼、みんな違ってみんな素敵……!」

 私が用意したお菓子はスパイスナッツを混ぜ込んだクッキー、ジンジャークッキー、シナモンクッキー、ブラックペッパークラッカーの四種類。

 香辛料クッキーだけだと不安だったので、塩気の方面で辛みを出せるものや、苦味のある物も用意した。  どれか一つが当たればいいな、と思っていたけれど、全部気に入ってもらえたみたい。

 ずっとツンツンした顔しか見なかったけれど、こうして見ると年齢相応の女の子だ。  お菓子を頬張る顔、かわいいなぁ。

「ハッ!?」

 私の視線に気付いたセラが、唐突に我に返る。  少し恥ずかしそうに椅子に座り直して紅茶を飲む頃には、いつもの澄ました顔に戻っていた。

「こほん。……はしたないところを見せてしまったわね」 「いえいえ。とても可愛かったです」 「……」

 セラは「怒」と「照」が半分こされたような目でじろりと睨んでから、いつもみたいに背中を向けた。

「ご馳走様。下がりなさい」 「はい。失礼いたします」

 もう少し居座っていろいろ聞きたいところだけど、あまり長居すると本当に怒るかもしれない。  胃袋を掴むっていう最初の目的は果たせたし、ここは素直に引き下がる。  ティーセットを片付けて退室しようとすると。

「今日のお菓子、明日も出てくるのかしら」 「ご所望でしたら用意させていただきます」 「――っ。こほん」

 一瞬、「喜」の感情が出かけたけれど、咳払いでそれを抑えるセラ。

「そうね。あるなら出してもらおうかしら」 「かしこまりました」 「あなた、ノーラ……だったわね。覚えておくわ」 「光栄に存じます」

 前回、名前覚えてくれてなかったんだ……。  そういえばいつも「あなた」としか呼ばれてなかったっけ……。

 まあ今回はちゃんと覚えてくれるみたいだし、いいか。

「それでは、何かございましたらお呼びくださいませ」

 ▼

 ループ二回目のティータイムは大成功と言っていいと思う。  それくらいに手応えを感じた。

(よかったぁ)

 セラから信用を得るため、あの子の口に合う物を用意した。  建前としてはそうだけども、やっぱり人のために何かを作って、あんなに喜んで貰えたことは純粋に嬉しい。

(なんだかんだ、セラも女の子だなぁ)

 夢中でお菓子を頬張っていた様子を思い浮かべる。

「なにニヤニヤしてんのよブサイク」 「……リネア様」

 廊下の角を曲がったところで、ばったりとリネアに出くわす。

「ブサイクが笑わないでよ。余計にブサイクになって見苦しいわ」 「申し訳ありません」

 セラからもらった化粧セットで、今の私は「ちょっと顔色が悪いそばかす顔」になっている。  リネアの目には、今の顔が「すっぴん」で、前の顔は「ものすごく頑張っておめかしした」っていう解釈になってるみたい。

 そのおかげで呼び名が「ブサイク」になっちゃったけど、顔を傷つけられるよりは百倍いい。

「失礼いたします」

 セラへの苦手意識はティータイムのおかげでだいぶ薄れたけど、リネアはまだ苦手だ。  善悪の区別がついていなくて、無邪気に人を傷つける。  子供は残酷って言ったりするけれど、この子はその典型だ。

 ウェルギリウスローラ長男セヴェリウスはもっと酷いし、もっと苦手だけど。

「――ま、あの女にはあんたくらいのブサイクがお似合いね。お母様も分かってらっしゃるわ」

 早々に立ち去ろうとした私の背中に、そんな言葉をぶつけてくる。  リネアはローラから可愛がられている。  前回のループでガイウスはそう言っていた。

 セラはそれが気に入らないから、リネアと対立している。  つまりはセラの一方的な感情だと思っていたけれど、リネアの口ぶりから、ローラとセラも仲が良くないように聞こえた。

「あの、質問をさせていただいても宜しいでしょうか」 「なに?」 「セラ様と奥様、お二人の間で何か差し障りが生じておりますか」 「差し……? ああ、仲が悪いかってことね」

 回りくどい言い方するんじゃないわよ、と悪態をつきつつも、リネアは得意げに話してくれた。

「お母様だけじゃないわ。お父様もお兄様たちも、みーんなあいつのことが嫌いなの。なんでだと思う?」 「……一人だけ母親が違う、とか」

 言ってから、慌てて口を閉じる。  母親が違うなんて、ウェルギリウスが軽薄な男に見えると言っているようなものだ。

 ――死、という単語が頭をよぎり、無意識に匂い袋に手が伸びた。

「ぶっぶー。忌々しいけど、あいつはちゃんとお母様の子よ」

 けれどリネアは気にした様子はない。  言葉の意味をちゃんと理解してないのか、それともそんなことは当たり前だと思っているのか。

 なんにせよ、助かった。

「だからこそ、かな」 「? どういう意味でしょうか」 「フィンランディ家の正当な血筋なのに、覚悟が足りてないのよ。あいつは」 「覚悟……?」 「弱いってことっ」

 弱いから嫌われている……?

 リネアの言葉に、私は首を傾げた。  セラの魔法がリネアの魔法に劣っていたようには見えない。

 私が魔法のこと全然分かってないだけで、本当はものすごい実力差がある、ってことなのかな……?

「妹に魔法の実力も、覚悟も、もちろん可愛さも負けてる姉なんて、存在価値ないと思わない? だからあいつは失望されて、みんなから嫌われてるの。みんなからね」

 くすくすと馬鹿にした笑いをしながら、リネアは去って行った。

 ▼ ▼ ▼

 あれから数日が経った。  最初のティータイムみたいにはしゃぐことはなく、澄ました顔でクッキーを食べるセラ。  けれどやっぱり、この時間だけはいつもより喜びの感情が漏れ出ている気がする。

「――美味しかったわ」

 リアクションは薄くなったけれど、会話の端々に感じていたトゲみたいなものもだいぶ丸くなっていた。

 一回目より確実に距離は縮められている。  けれど、まだ心を開いてもらうまでには至っていない。

 うまく言えないけど、近づいた分だけ離れられているような気がする。

 近づいては離れ、近づいては離れ。  ずっと堂々巡りなまま、入学式は明日に迫っていた。

「下がりなさい」

 今日も今日とて背中を向けて本を開くセラ。

「セラ様。質問を宜しいでしょうか」 「なに」 「いつも何を読まれているのですか?」 「――小説よ」 「どのようなものでしょう」 「そんなこと、聞いてどうするの」

 はぁ、とため息たっぷりに聞き返される。

「セラ様が普段どのようなものを読まれているか、興味がありまして……ご迷惑でしたでしょうか」 「……別に」

 少し嫌そうな顔をしつつも、セラはタイトルを教えてくれた。

「『聖なる乙女と純白の騎士』よ」 「どのような物語なのですか?」 「……期待した私がバカだったわ」 「え?」

 期待?  どういうこと?

 視線で疑問を投げかけたけれど、セラはもう取り合ってくれなかった。  盛大にため息を吐き、背中を向けた。

「そもそも庶民が手に入れられるものじゃなかったわね」 「セラ様?」 「もういいでしょ。下がりなさい」

 ▼

(期待ってどういう意味だろ)

 廊下を歩きながら、私はセラの態度を考えていた。

(――もしかして、作品を語り合いたかった、ってこと……?)

 セラはあの作品が大好き。  あの背表紙は何度も見たことがあるから、それは間違いない。

 けれど、作品を知る人がいない。  だから私にそれを「期待」したんじゃないかな。

 そういえば、最後に吐いたため息。  そこから漏れた感情は面倒とか鬱陶しいじゃなく、落胆。のような気がした。

(ちょっとムリヤリな気も……ううん、頭の中で勝手に結論を出すのはダメ)

 ソフィーナからは「遠慮するな」と背中を押されてる。  セラを知ることがハッピーエンドに繋がっているなら。

 とことん、やってやる!

 私は匂い袋を撒き、ソフィーナに合図を送った。

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