「セラと友達に……?」 「はい」
翌朝。 朝食後、私は廊下を歩くお姉様を呼び止めて説得を試みた。 イベント攻略の第一歩だ。
「ちょっと気になって調べてみたんですけど、魔法科に行く人って、学園に入る前から顔見知りばかりらしいんです」
魔法使いは魔法使い同士でつるんでいる。 そして、それ以外の人間に対してはやや排他的だ。
フィンランディ家はその極地だが、似たような選民思想を持つ輩は多い。 なぜそのような思想を持つに至ったのか。 それはクレフェルト王国の魔法使いたちが、非常に微妙な立場にあることと関係している。
数十年前。 急速に魔法文明を発達させる他国に遅れを取るまいと、二代前の陛下――オズワルドの祖父だ――は、魔法分野に力を注ごうとした。 それに反発したのが、当時のあらゆる産業に携わる人間たちだ。 魔法を取り入れることで自分たちがお払い箱になることを恐れ、「魔法なんて必要ない」「今のやり方で十分」と頑なに拒絶した。 反魔法運動、というやつだ。
国としては魔法を主軸に据えて改革を推し進めたいが、国民の大半は魔法を使えない人々。 結局、理解を得ることはできなかった。
時は流れ、魔法もある程度は許容されるようになってはいる。 それでもまだ世間の目は微妙だ。 差別こそされないが、距離を置かれたり、冷遇されたり。
世間の目から自分たちを守るように、魔法使いたちは閉じた共同体を形成するようになった。 冷遇される者同士で絆を深めようという魂胆だ。
その輪の中に、お姉様はこれから入ろうとしている。 当然、これまで魔法使いとの繋がりは一切ない。 魔法使い側からしてみれば、お姉様は完全に「よそもの」だ。
入学イベントを何らかの方法でクリアできても、あとあとトラブルが起こるかもしれない。 しかしセラがいれば、その心配もなくなる。
セラと友好を結ぶことは、お姉様の学園生活の平穏にも繋がっているのだ。
「お姉様が変な奴らにちょっかいをかけられたらと思うと……私、私……」 「ソフィーナ、拳を握らないで。声と行動が合ってないわよ」
おっと。 そうなった時を考えていたら、自然と戦闘態勢になってしまっていた。 指摘され、すっ、と拳を下ろす。
「心配してくれるのはありがたいんだけど……どうしてセラなの?」 「フィンランディ家の長女と友達なら、変なことはされないかなって」
魔法至上主義かつ選民思想バリバリでありながら、冷遇どころか恐れられてすらいる。 フィンランディという名前は、厄介払いという意味ではこれ以上ないほど有用なものだった。
「……あのねソフィーナ」
少し困った様子で、お姉様は頬に手を当てた。
「昨日も言ったけれど、セラとは友達になれないわ」 「どうしても無理ですか? セラさんもお姉様とすごく友達になりたがっていても、絶対に家族に情報を漏らしたりしなくても」 「そうよ」
お姉様は自分の胸に手を当てた。
「私はイグマリート家。セラはフィンランディ家。この事実がある限り、彼女とは友達になれないわ」 「ですがお姉様……っ」
続けようとしたが、お姉様が私の口に指を添えてそれを止める。
「まだ除け者にされるって決まったわけじゃないんだから。そんなに心配しなくても大丈夫よ。たくさん友達を作って、ソフィーナにも紹介するわね」
……。 お姉様には申し訳ないが、除け者にされる可能性はかなり高い。
だって、私がそうだったから。
▼
少し昔の話だ。 シナリオで行き詰まっていた私は、魔法に可能性を見出し、魔法を鍛える道を選んだ。
幼い頃から訓練に励み、学園に入ってからは魔法科を選択。 私はそこで周囲から敬遠されていた。 もともと友人を作ろうなんて思っていなかったこともあるが、それでも排他的な空気はひしひしと感じた。
私が言えたことではないが、お姉様も友人はあまり多くない方だ。 それに乗じてくだらないちょっかいをかけてくることは大いにありえる。
お姉様は悪い意味で神に魅入られている。 なんのことはないトラブルが、いつ死亡イベントに変わるか分かったものではない。 トラブルは少ないに越したことはない。
「にしても、昨日といい今日といい、やけにセラのことを構うわね」
若干目を細め、お姉様は私の顔を覗き込んだ。
「もしかして……あの子に何か吹き込まれたんじゃない?」
会話の文脈的に「あの子=セラ」と思いそうになるが、違う。 若干の警戒を含んだこの言い方……。 間違いなくノーラのことだろうな。
周辺を見渡しながら、お姉様は続ける。
「今日はいないのね」 「ちょっと体調不良でして。治るまで部屋で休ませています」 「……ねぇ。あの子、本当に平民なの?」 「どういう意味です?」
お姉様は内緒話をするように顔を近づけてきた。 気持ち声を抑えながら、
「だってあの子、顔が整いすぎてるじゃない。目鼻立ちは綺麗だし、瞳も大きくてくりくりしてるし、唇もぷるぷる。おまけに肌もきめ細かいし、体のラインもすらっとしてて――」 「お姉様、ノーラのことよく見てますね」 「……こほん。とにかく、貴族の隠し子なんて言われても、全然不思議はないわ」
お姉様の言う通り、ノーラは平民離れした美貌の持ち主だ。 直近だとリネアの嫉妬を買っていたらしいし。
加えて、その出自ははっきりしていない。 中身は知っての通り、神の世界からの転生者。 では、体は?
(他国の貧民……とか言ってたっけ)
幼いながらに重労働を強いられ、その最中に橋から転落してクレフェルト王国へ流れ着いたとか。 ゲームの説明書にもそれしか書かれていなかったらしい。
「まさかあの子……フィンランディの血を引く者なんじゃない!? 何食わぬ顔でソフィーナに近づいて、あることないことを吹き込んだ挙げ句、私とソフィーナの仲を引き裂こうとしてるんじゃ……!?」 「お姉様。落ち着いてください」
妄想が明後日の方向に行きかけるお姉様を元に戻す。
「本当に違う? 言い切れる?」 「もちろんです。仮にそうだったとしても、ノーラは私の味方です」 「やけに信用してるのね」 「はい! すごく信頼してます」 「……」 「お姉様はノーラのこと美人って言ってましたけど、それだけじゃないんですよ。ノーラはとっても話上手で、お料理はみんな美味しくて、掃除も洗濯も手際が良くて。あと計算が早くて字も書けるんです。他にも紹介しきれないくらい素敵なところがたくさんあるんですよ。そういうところも知ってもらえたら、きっとお姉様も――」 「ふーーーーーーーーーーん」
明らかに不機嫌そうな表情と声で、お姉様が眉間にシワを寄せる。
「あの子のこと、随分と褒めちぎるのね。ふーーーーーん」 「あっ、お姉様……」 「ソフィーナが信頼しているのは分かったわ。でも、私は認めてないからねっ」
お姉様は、ぷいっ! とそっぽを向き、そのままドスドスと音を立てて去ってしまった。 ノーラが優秀な使用人であることをアピールしたかっただけなのに……。
▼
お姉様と別れてから、とぼとぼと庭へ出る。 特に目的はなく、なんとなく歩いて気晴らしがしたかっただけだ。
(やっぱりそう簡単にはいかないよな)
「友達になってください」で解決するなら、昨日で話は終わっていた。 後半は別の意味で失敗してしまったし。
(久しぶりに裏庭に行ってみるか)
綺麗に手入れされた庭園のある表の庭とは違い、裏は鬱蒼と茂った木々で覆われている。 ループ前はこの薄暗い雰囲気が好きで、よく散歩していた。
あの時は使用人もみんな敵に思えて、誰とも会わないようにこのルートを選んでいたっけ。
「お」
過去を懐かしみながら歩いていると、茂った草の奥にどんよりとした雰囲気をまとった建物が見えた。 お祖父様の時代に使用していた、今は使っていない別邸。
数年後に私が貰い受ける建物だ。 表向きは魔法の研究棟として。 その実態は、お姉様を救うための作戦基地だ。
(今回のシナリオではどうしたものか)
Aルートでは、父を脅して強引に手に入れていた。 もう脅すことはできないので、普通に頼んで使わせてもらうしかないが……。
(私だけに……ってのは不自然だな)
Aルートは「イグマリート家の魔法使い=私」のイメージが定着していた。 お姉様も使えていたが、今ほどの実力はなかった。 だから誰も疑問には思わなかった。
しかし今はどうだ。 お姉様のほうが魔法使いの印象が強い。 魔法の研究のため……という切り口で頼んだら「じゃあレイラにも使わせよう」なんて言いかねない。
「王族の妻としての研鑽を……いや、苦しすぎる」
爆発する危険があるわけでもないし、わざわざ別邸でする理由がない。 このままでは作戦基地を手に入れられない。
「って、そんなこと今考えても仕方ないだろ」
難題が差し迫っているとき、どうしても別の問題を考えるフリをして目を逸らしてしまう。 たくさんある私の悪い癖の一つだ。
「お姉様への説得は失敗。なら、次だ」
露店でセラを説得する。 お姉様には響かなかったが、お姉様を思ってくれているセラなら、もしかしたら届くかもしれない。
そんな期待を抱きながら、露店に行く日を待った。