しばらくの時間を過ごし、露店に行く日がやって来た。
「それじゃ、私はここでセラを待つよ」 「うん。また後でね」
ノーラの背中に向かって手を振り、露店の端に座り込む。
「……」
結局、彼女が私の部屋に来たのは最初の一日だけだった。 翌日は目こそ腫れていたが、けろりとした様子を見せていた。 デキる人間はショックからの立ち直りも早いらしい。
かつて私が同じ状態になった時は、立ち直るまで一週間以上もかかったというのに……。
(やめやめ。比べても仕方ないだろ)
頭を振って悪い考えを追い払う。 そもそもノーラはヒロインで私はモブだ。 比較対象として成立しない。 勝手に比べて勝手に凹むのはお門違いだろう。
とりとめのないことを考えながら時間を潰していると、馬車が止まる音がした。
(来た)
「そこのあなた。気分でも悪いの?」
顔を上げると、予想通りセラがこちらを見下ろしていた。
ノーラ曰く、セラは本当は優しい子らしい。 こうして声をかけてきたのも、道ばたでうずくまる子供を心配したからに他ならない。
(それなら、もう少し分かりやすい顔をしててくれよ)
尊大にこちらを見下ろすその表情からは心配の「し」の字も見受けられない。 感情表現が苦手ということらしいが、そういうレベルではない気がする。
「少し歩き疲れたので休憩していただけです。心配してくれてありがとうございます」 「別に。そんなところにいたら他の人の邪魔になると思……ん、あなた」 「これはこれはセラさん。こんにちは」 「誰かと思えば。レイラの妹じゃない」
にぱ、と人懐っこそうに見える笑みを浮かべる私とは対照的に、セラは怪訝な表情で眉間にシワを寄せた。
「なんでこんなところにいるのよ」 「ちょっと買い物を」 「わざわざ自分でこんなところに来るなんて。イグマリート家の使用人たちはみんな忙しいのね?」 「はい。入学前なので、みんなお姉様にかかりきりです」 「……あっそ」
髪の毛を人差し指でくるんと弄りながら、セラは視線を逸らした。
「お姉様じゃなくてがっかりしましたか?」 「はぁ? どうしてがっかりなんてしなくちゃいけないのよ」
眉間のシワを深くしながら、私を睨み付けてくる。 一貫して不機嫌そうな様子だが、注意して見てみると、お姉様と私で反応が違う……ような気がする。 あくまで「気がする」だけだ。
ノーラの情報が無ければ気のせいと流してしまうほどの、わずかな差違。
「ちょうど良かった。セラさんにお願いがあるんですけど」
私は両手をぱちんと合わせ、お願いの仕草を取った。
「はぁ? どうして私があなたなんかの――」 「お姉様に関することなんですけど」 「――言うことを聞く義理なんてないけど。まあ、聞くだけ聞いてあげるわ」 「ありがとうございます。もしよかったら、お姉様と友達になってもらえませんか?」 「っ」
ぴくり、とセラが反応した。
「……理由は?」 「実はお姉様、入学後は魔法科に行くんです」 「らしいわね」 「よくご存知ですね」 「別に。たまたま風の噂で小耳に挟んだだけよ」
噂になるほど外に情報は出ていなかったはずなんだが……。 そういえば。これまでのシナリオでも、セラはお姉様をよく見ていた。 私はそれを「フィンランディ家だから他の公爵家の動向を気にしている」と処理していたが……違っていたらしい。
「お姉様はこれまで魔法のコミュニティに属したことがありません。学園から……となると、孤立してしまうかなと思いまして」 「それで私に声をかけた……と」 「はい。同じ公爵家ですし、お姉様と対等にお友達になれるのはセラさんだけかな、と」 「……」
ずっと真一文字に引き締められていたセラの唇の端が、わずかに上向いた。 お姉様と友達になり、学園生活を満喫している様子でも想像しているのだろうか。
見るポイントさえ分かっていると内心を察しやすいな。 弱点さえ分かれば案外脆いタイプなのかもしれない。
セラが頷いてくれれば、一気に事態は好転する。 ショックを受けないよう、先にイグマリート家の内情を伝えておき。 そのあとお姉様を再度説得する。
両親の問題はあるものの、学園内だけなら隠し通せる算段は高い。 心臓の脈が早くなっていることを自覚しながら、セラの返答を待った。
「……――。私とレイラが友達に? ありえないわ」
少しだけ上向いていた唇は、いつの間にかへの字に曲がっていた。 まるでお姉様の話題はしたくない、とでも言わんばかりに顔を背ける。
「何を企んでいるのか知らないけれど、その手には乗らないわよ」 「企むなんて、そんな。私はただお姉様が心配で――」 「嘘よ」
ギリ……と、仇を見るような目で私を睨めつけるセラ。
「姉を心配する妹……? そんなの、存在するはずがないわ」
ここにいるんだが。 いや、セラの見ている世界では彼女の言う通り、存在しないのだろう。
「気分が悪くなってきちゃった。私は失礼するわ。あなたも貴族の端くれを自覚するなら、道端でみっともなくうずくまるなんて真似は止めなさい」 「あっ……待って」
セラは制止の声を無視して、そのまま馬車の中へと消えた。
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セラの説得も失敗した。 失敗の原因は明白だ。
彼女にとって私は「姉を虐げる生意気な妹」。 つまりは敵だと思い込んでいる。
敵認定されている私の提案など、どれだけ魅力的だろうと聞くはずがない。 「レイラを陥れるために私を利用しようとしている!」とでも思われたんだろう。
まあ要するに、信頼が足りていなかった、ということだ。
リネアを恨むべきか、姉妹不仲が当たり前になっている貴族社会を恨むべきか……。 ボルガさんに鉱石の加工を依頼した帰り道、次の作戦をノーラと練る。
「次は私が説得してみるとかはどう?」 「いや。接点がない状態で話を聞いてくれるとは思えない」
セラは外ではフィンランディ家の教えに従っているように見せている。 魔法使いこそが至高の存在。それ以外は下衆。
その教えからすると、ノーラの言葉をまともに聞くとは思えない。
「お気に入りのお菓子をプレゼントして、喜ばせてから話を聞いてもらうとか?」 「私の専属使用人からのプレゼントなんて、毒でも入れてるのかって疑われるだけだぞ」 「じゃあ、セラの前だけレイラの専属使用人ってことにしたらどうかな」 「……良い案だけど、たまたま会った時にたまたまセラが気に入るお菓子を持ってるって、なんか不自然じゃないか?」
そうもそうかぁ、と、ノーラは唇を曲げた。
「友達って、こんなに難しいんだね」 「貴族は立場があるからな」 「私とソフィーナはすぐに仲良しになれたのにね」 「……」
ノーラの主観では、私との出会いはそう見えていたらしい。 私は出会った当時、彼女のことを「使えるヤツ」とか「裏切らないか見張っておかなければ」とか思っていたのに……。
私は手も身体も、心も汚れている。
「ソフィーナ、なんか歩き方がへにょってなってるけど、どうしたの!?」 「別に。ノーラの眩しさに照らされて自分の汚さを再認識したとか思ってないから」 「どういうこと!? 私光ってないよ!」
二人でとりとめのないことを話していたら、家路についた。 ノーラと話をしていると、ただ家に帰るだけの平凡な道のりが、とても特別なもののように思えてくる。
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お姉様の説得も失敗。 セラの説得も失敗。 一旦戻ろうかと考えたが、最後に少しだけ。
「お父様。少し時間いいですか」 「どうしたんだ?」 「久しぶりにチェスがしたくなっちゃって。よければ対戦いかがです?」 「ほほう。いいだろう」
父のフィンランディ家に対する所感。 既に重々知ってはいるが、再度確認しておきたい。