「――というわけで、今日からいっしょに勉強することになりました。よろしくおねがいしますっ」
王宮にて、ぽかんと口を開けているオズワルドに向かって私はぺこりと頭を下げた。
私の『一緒に勉強しよう案』は驚くほどすんなりと受け入れられた。 反論を予想し、大人たちをあの手この手で納得させるべくいろいろと用意していたが、手間が省けた。
家庭教師たちもオズワルドのサボり癖の解決案を模索していて、私の提案はまさに渡りに舟だったようだ。
「ソフィーナ様とご一緒すれば、オズワルド様もやる気を出してくれるかもしれませんね」
どこか嬉しそうにそう言う家庭教師の言葉の裏に、表現できない気苦労が伺えた。 次の週には私とオズワルドの共同勉強会は実現した。
「はぁ!? お前は僕よりも年下だろうが! できない奴に合わせるなんてごめんだぞ!」 「殿下。ソフィーナ様は既に殿下と同じところを学んでおりますよ」 「なにィ……!?」
勉強時間を合わせる提案に際し、一つだけ懸念点を挙げられた。 違う内容で進めているとオズワルドの気が散ってしまう可能性があり、それを理由にサボってしまうかもしれない、と。
そしてオズワルドは下に合わせるようなことはしない、とも言われた。 もちろんそれは織り込み済みだ。私がちゃんと勉強に付いて行けることをアピールするだけでいい。
二年ほど先の内容をすらすら解く私に家庭教師は驚いていたが、「おねーさまに教えていただきました」と言うとあっさり納得してくれた。
「お、お前みたいなチビが僕と同じところを学んでいる……だと……!?」
勉強をサボっている奴が何かほざいているが、私は嫌悪感を一切表に出さず、にこりと微笑んだ。
「はいっ。オズワルド様を支えられるよう、いっしょうけんめい勉強しました!」 「く……九九は言えるか?! 割り算は!?」 「ばっちりです」 「こっちに来い! 僕が直々にテストしてやる!」 「はーい」
オズワルドは教科書を開きながらいくつか計算問題を出してくる。 私がほとんど間を置かずに答えると、オズワルドは眉を寄せて教科書を睨んでいた。
「全問正解……しかも手を使わずに」
手を使わないと計算できんのかい。 思わずツッコみそうになる右手を、左手で慌てて押し留める。
「ふ……ふん、認めてやろう! 僕には劣るがお前もなかなか優秀なようだな!」 「ありがとうございます。これからいっしょに勉強しましょうね」
――この時の私は、まだ甘えがあった。 オズワルドとはやり直し中に幾度となく結婚までしている。 だから、彼のことをよく理解しているつもりでいた。
しかし私が接していたオズワルドは人格をアンインストールした人形だった。 本来のオズワルドとは、実はそれほど深く接していない。
そのことに気付いたのは、一緒に勉強を開始してから三日後。 オズワルドが再び勉強をサボるようになってからだ。
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はじめの三日間は何事もなかった。 「ふん、お前にこの問題が解けるのか?」なんていうちょっかいはあったものの、サボりは一度も見られなかった。
「ソフィーナ様のおかげで殿下も勉強してくれるようになりました」と、家庭教師も喜んでいたのに……。
「殿下、お見えになりませんね……」
勉強の時間になっても姿を現さないオズワルドに、家庭教師は困ったように眉を寄せた。 あのバカ、何をやっているんだ……。 あいつにはさっさと基本的な履修を済ませて次に進んでもらわなければならないのに。 こんなところでかくれんぼなんてさせている場合じゃない!
「わたし、探してきます」 「あ、ソフィーナ様……!」
部屋を出たはいいものの、オズワルドが隠れるような場所が分かるはずがない。 探知の魔法を使えたら一発なのだが、今の私に魔法は使えない。 魔法の素養は引き継げるが、肉体は子供に戻ってしまうため魔法の反動に耐えられないのだ。
馬車と荷車のようなもので、いくら馬力があって強く牽くことができても、荷車がオンボロではすぐに壊れてしまう。
宮廷魔法師レベルの魔法も覚えているが、いま使えば反動で死んでしまう。 探知の魔法はそこまで高度なものではないが、それでも何週間か寝込むことになるだろう。 肉体が成長するまで、魔法を使っての解決はおあずけだ。
「仕方ない、シラミ潰しに探すしかないか」
ただの令嬢だった頃は自由に歩けなかったが、いまの私は王子の婚約者だ。 何度か声をかけられたが、オズワルドを探していると言えば誰もが納得してくれた。
既に何十年も見てきた建物なので、部屋の間取りなどはほとんど覚えている。 迷うことは無いが……いかんせん広すぎる。 大人になっても大きい、広いという印象はそのままだ。 子供になっている今ではより一層、それが強く感じられた。
早く見つけて連れ戻したいが、マナー上バタバタと走ることもできない。 どこで誰が見ているかも分からないので、素の表情にも戻れない。
つらい。
しばらく広い廊下を歩いていると、曲がり角で声をかけられた。
「――君」
振り返ると、そこにはオズワルドの兄アレックスがいた。
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私は基本的にお姉様以外の人はどうでもいいと思っている。 クソッタレな神々が定めた運命攻略の役に立つか、立たないか。 私が人を判断する基準はすべてそこに集約されている。
アレックスは超々々々々々重要人物だ。
かつて私は、攻略をそっちのけにお姉様の理想の相手を探していた時期があった。 人間とは面白いもので、たった一つのイベントで誰かに対しての印象を大きく変化させる。 相思相愛な夫婦が、些細なきっかけで憎み合う様を思い描いてもらえれば分かりやすいだろうか。
理想的な相手と思いきや、フラグ次第ではお姉様への好感度をがらりと変化させる奴がほとんどの中、アレックスだけは違っていた。 彼はどんなフラグを立て、どんなイベントを起こし、どんなルートを進んでもお姉様だけを一途に愛してくれる。 まさにお姉様と結ばれるべくして生まれてきたような逸材だ。
ヘタレなところだけが玉に瑕だが、お姉様の幸せを考える上では絶対に外すことができない。
「ソフィーナ、といったかな」 「はい。イグマリート公爵家次女、ソフィーナです。アレックス殿下、ごきげんよう」
五歳児用の話し方で元気よく挨拶する。 アレックスは彼の身長に合わせた木剣を持っていた。 察するに、これから剣術の訓練に行く……といったところか。 まだ子供ながら数人の護衛を引き連れているが、違和感はまるでない。 既に人を付き従わすカリスマのようなものが垣間見える。
「こんなところで何をしているんだい?」
お姉様の味方は私の味方。愛想良く話をしてやりたいが、今は時間がない。 さっさとオズワルドを見つけて連れ戻さないと。
「申し訳ありません殿下。私、少し急ぎの用が――!?」
柔和に微笑むアレックスの顔に被って、いきなり透明な窓が浮かび上がった。 私にしか見えない、私だけの能力――選択肢だ。
『オズワルドの居場所を聞きますか?』 はい いいえ
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