「――!?」 「どうかしたの?」
目を見開く私に、アレックスは首を傾げている。 選択肢は何の脈絡もなく出てくる。
ここ十数回の人生ではルートを確立していたため、出てくる選択肢はすべて把握していた。 知らない選択肢の出現は何年ぶりだろうか。
驚いてしまったが、初期の頃のように「うわぁ」と妙な声を上げて周囲からおかしな目で見られるような失態は犯さない。
「なんでもありません」
アレックスに微笑みを返しながら、心の中で選択肢を決定する。
『オズワルドの居場所を聞きますか?』 →はい いいえ
選択肢は、今後のシナリオに必ず何かしらの変化をもたらす。 イベントが起こる・起こらない。 他の選択肢を誘発する・しない。 人の行動を変化させる・させない。 それがいつ、どこに関係する選択肢なのかは誰も教えてくれない。 数年後に初めて作用する……なんていう選択肢もある。 それに関しては、すべて自分で調べるしかないのだ。 ……つくづく、神が造ったこの世界はクソだ。
「実はいま、オズワルド様を探しているんです」 「オズを?」
私は一緒に勉強するに至った経緯を簡単に説明した。
「なるほど……すまない、弟が迷惑をかけて」 「迷惑だなんてとんでもないです。私はオズワルド様の婚約者ですから。お姉様には遠く及びませんが、しっかりと彼を支えるしょぞんです」
お姉様は自由の身なのだから早く行け、と言外に含みを入れるが、もちろんアレックスは気付きもしない。
どうも男という奴は『理由』がないと自分の気持ちを自覚できないらしい。 舞踏会でのダンスに見蕩れて……とか、ピアノの演奏に聞き惚れて……とか。 前回は確か、オズワルドのために頑張る姿がどうとか言っていたような気がする。
まあ、お姉様を幸せにしてくれるなら理由なんてどうでもいい。 ……でも、できることなら早くくっついてもらいたい。
この年齢でお姉様がフリーになることは今までなかった。 新しい婚約者を探しているだろうが、お父様が連れて来る相手はロクでもない奴らばかりだ。 そちらに関してはおいおい対策が必要になるが……今はとにかくオズワルドだ。
「オズワルド様がよく隠れる場所とかごぞんじではありませんか?」 「ひょっとしたら裏の庭園に居るかもしれないよ。ただ、見つけるのは難しいかも」
アレックスはしばらく唸った後、そう告げた。 この広大な城の中でヒントを貰えるだけでも万々歳だ。
「ありがとうございます。そちらを探してみますね」
▼
裏の庭園は城内の関係者しか入れないこじんまりとしたものだ。 緑豊かなアーチが多く設置され、東屋がそこかしこに建っている。 人の目を避けて花々に触れることで癒しをもたらす――を方針に造られているため、隠れる場所は多い。 身体の小さな子供なら言わずもがな、だ。 じっと潜まれていたら見つけるのは至難の業だろう。
「オズワルドさまー」
庭園をとことこ歩きながらオズワルドの名前を呼ぶが、反応はない。 アレックスに居場所を聞いたからといってここが正解になるとは限らないが……念のため、私は彼をおびき出す策を打った。
「出てこないなら、オズワルド様のひみつを大声で言っちゃいますよー?」
……反応はない。
「入浴を手伝ってもらうメイドの裸を見て、鼻の下を伸ばしてるー」
……反応はない。
「実はまだおねしょしていて、そのことを秘密にさせて――」 「わあああああ!?」
草に覆われた茂みの中から、オズワルドが飛び出してきた。 ……なるほど。そこが隠れ場所なのか。
オズワルドはそのままの勢いで私の肩を掴み、ガクガクと揺さぶってきた。
「何故、どうしてお前がそれを知っている!?」 「好きな人のことはなんでも知りたいと思うのが女心なんですよ?」 「怖いわ!」
こんな無邪気な笑みを浮かべる子供を前に怖いなんて、失礼な奴だ。
「こんなところに居てないで、私といっしょに勉強しましょう?」 「はん! イヤだね!」
ぷい! と、思いっきり顔を背けられた。 思わず蹴りそうになる右足を左足で踏んづけることでギリギリ抑えた。 あぶないあぶない。
「もしちゃんと勉強したら……私がごほうびをあげますよ?」 「いらんわ!」 「オズワルド様がしてほしいことなら何でもしますよ? ひざまくらとか、耳かきとか、ちゅーとか」 「…………いらん!」 「ちょっと揺らいでません?」 「う、うるさい!」
怒りか照れか――たぶん前者だろう――、オズワルドは顔を赤くしながら手をブンブン振り回す。 大人の私が言えばイチコロなのだが……成長していない自分の身体が恨めしい。
「とにかく! 僕はお前と勉強なんてごめんだからな!」 「どうしてですか? 勉強もオズワルド様に追いつけるよう、完璧に――」 「それがイヤなんだよ!」
……うん? どういうことだ。 動きを止めた私の肩を、オズワルドは強く押した。 バランスを崩した私は、そのまま、ぺたん、と尻餅をついてしまう。
「もう勉強はしない! 僕は王族なんだから、それでいいんだよ!」
オズワルドは舌を出し、そのまま走り去っていった。
▼
オズワルドは私を嫌がっている。 何故か分からないが、さっきまでの会話の流れから察するにそうなんだろう。
婚約の時はまんざらでもない感じだったのに……。 私が何か粗相をしたのかとオズワルドとの会話を記憶から掘り起こしてみたが……思い当たる節はない。
嫌われている、という状態はとても厄介だ。 どんなに相手の為になる行動を取ってもマイナスな方向に捉えられてしまえば、たちまち人間関係は崩壊するからだ。 まして、オズワルドにはこれからスパルタ教育を施さなければならない。 今回のようにかくれんぼを毎回している時間なんて無い。
なんとかしてオズワルドから信頼を得なければならないが、いま思いつく方法はすべて時間がかかる。 適当に猫撫で声を出して寄りかかればオズワルドなどちょろいものだ、と甘く見ていた過去の自分を殴りたい。
子供時代に嫌われてしまうと、いくら後から挽回しようとしても難しくなってしまう。 たとえ私が望む人物に成長したとしても、ふとしたことで敵に寝返る可能性だってある。 それではダメだ。
――いま、この時点でオズワルドから確固たる信頼を得る必要がある。 しかも、短時間で。
裏切るリスクを激減させ、どんなスパルタ教育をしても受け入れて貰える下地の構築。 勉強よりも必要なことが、今回の失敗を通して分かった。
失敗は次への糧だ。
「少し、やり方を変えるか」
私は東屋の椅子に座りながら、空を見上げた。 そして念じる。
「――戻れ」
▼ ▼ ▼
目を開けると、あの日の朝に戻っていた。 少し見切りが早いかとも思ったが、序盤は巻き戻る時間が短い。 子供時代は下手に進むよりも、完璧なルートを厳選したほうが効率がいいことを私は学んでいた。
今回の失敗を経て、オズワルドの行動パターンの理解は進んだ。
そして、その対処法も思いついた。 信頼度を短時間で、一気に上げる方法。
――私はあのイベントを使うことにした。
その前に。
「ソフィーナ、起き――わっ」 「おねーさまっ、おはようございます」
私は部屋にやってきたお姉様に抱きつき、気力を充填させた。
----