最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#192 第三十九話「こぼれ落ちる」


「それは……どういう意味でしょうか……?」 「言葉通りよ。うちの子になりなさい」

 困惑した様子で、セラ。  視線は母の方を向いているが、焦点が定まっておらず、ぼんやりとしている。

「本当はご両親を説得することがあなたにとっては一番良いんだけど……それは私の力では難しい。自分がそうだったから分かるの。これは誰かに諭されて理解するものではなく、自分で気付かなくてはいけないことだから」 「……」 「だからと言って、何もしないなんてできない。あなたがこれ以上傷ついていく様を見過ごすことはしたくない」 「…………レブロン様が承諾するとは思えませんが」 「私が絶対に説得するわ」

 強く、そう言い切った。

 幾度もループしてきたが、母は浮気以外のことに関しては父に逆らわない。  父が白だと言えば白だし、黒だと言えば黒。  父のことを愛しているから肯定する。  それが母の行動の根幹だったはず。

 しかし今回、初めて行動原理から外れた行動を取った。  ……違う。  これまでの母と今の母は、根本的に何かが変化している。

 母に対して言う言葉として適切かは分からないが。  母は確実に『成長』していた。

 ▼

「……ありがとうございます」

 母の力強い説得に、しかしセラは力なく首を横に振った。

「私の申し出を信用できないのは分かるわ。けれど――」 「いえ、そうではありません。ソニア様のお気持ちはしかと伝わっています」

 ほんの一瞬、唇の端を持ち上げて微笑するセラ。  しかしすぐに垂れ下がり、不安そうな表情に変わる。

「ですが、お受けすることはできません」 「どうして?」 「迷惑がかかるからです」 「子供が一人増えたくらい、どうってことないわよ」

 今のイグマリート家の財力状況からすれば、セラが来たところで何の問題もない。  部屋も余っている。  費用発生が申し訳ないというのなら、条件はあるものの、在学中に自分で稼ぐことだってできなくはない。

「お金のこともそうですが……理由はそれだけではありません」

 うつむき加減に、セラが続ける。

「私がイグマリート家のお世話になると知れば、お父様は私を……利用するでしょう」

 利用、の前で一瞬、言葉に詰まるセラ。  勘当をあっさりと撤回し、セラをスパイとして利用し、イグマリート家を全力で陥れる。  ウェルギリウスがそんなことをするとは思いたくない。  でも彼なら間違いなくやる。  せめぎ合う想いが見て取れた。

「でも、このままじゃ学園に入ることもままならなくなるわよ」

 勘当した以上、ウェルギリウスに以降の学費を払う意思はないだろう。  フィンランディという姓も失った今のセラは、ただの世間知らずの子供だ。

 家を追い出された貴族が辿る先はいくつかあるが、どれも碌なものではない。  セラくらい見目が良ければ、なおさら予後は悪くなる。

「いいんです。これが私の運命だと思って、受け入れます」 「セラ……」

 セラの覚悟を受け取ったのか、母が口を噤んだ。  その隙を縫うように、ノーラが口を開いた。

「本当にそれでいいんですか?」

 ▼

「ソニア様、レイラ様。口を挟む無礼をお許しください」

 そう断りを入れてから、ノーラは前に出た。

「……あなた、確か露店でレイラ妹と一緒に居た」 「初めまして。使用人のノーラと申します」

 ノーラにとっては初めてではないが、セラにとってはほぼ初対面。  ループをしていると、こういうことは度々起こる。

「セラ様のご決断はとても尊いものだと存じます。ですが、それは心の底から望んだものでしょうか」 「望むも何も、そうするしかないのよ。うちの問題にこれ以上イグマリート家を巻き込むわけにはいかない」 「『勝手に決めつけないで。あなたが自分を犠牲にして、私が喜ぶと思う?』」

 まるで文章をそらんじるように、ノーラが告げた。  お姉様と母は頭上に「?」を浮かべる中、セラだけがハッと顔を上げた。

「そのセリフ……」 「『聖なる乙女と純白の騎士』第六章。身代わりになろうとしたセリーヌに、サナが言った言葉です」 「どうしてあなたが知っているの。いえそれより、私がどうして読んでいると……」 「先ほど『サナとセリーヌ』と仰っていたので、お好きなのかなと。私も大好きなんです」

 ループの知識があればセラの愛読書を言い当てるのは簡単だ。  ……しかしまさか、中の文章まで暗記していたとは。

「セラ様が迷惑をかけたくないのは、イグマリート家ではありませんよね」 「……ッ」 「どういうこと?」

 首を傾げるお姉様と母。

「先ほどセラ様はこう仰っていました。『あなたはサナで。私はセリーヌ』」 「確かに……そんなこと言っていたわね」 「それがどうかしたの?」 「ここから先は、セラ様自身の口からお聞きした方がいいと思います」

 やや悪戯っぽく、ノーラがセラに微笑みかける。

「あ、う……」 「セラ。教えてくれないかしら」

 お姉様が一歩踏み出し、言いあぐねているセラの手を取った。

「私もお母様と同じ気持ちよ。聞いてしまった以上、見て見ぬ降りはしたくない」 「ぅ……」 「一方的に聞くのはフェアじゃないわね。私も建前は脇に置いて、本音で話させて」

 なかなか話し出そうとしないセラに、お姉様はそっと耳打ちする。

「――」 「ね? だから、あなたの本当の気持ちも聞かせて」

 なんと言ったのかはここからでは聞き取れなかったが、セラがたじろいだのが分かった。  お姉様に握られている手を、ぎゅ、と握り返す。

「……サナとセリーヌっていうのは、『聖なる乙女と純白の騎士』っていう小説の登場人物よ」

 セラらしくない、しおらしさを含んだ優しい声。

「二人は特殊な家に生まれ、厳しく育てられてきた。甘えることも、年相応に遊ぶことも許されず、ずっと修行をするだけの毎日」

 お姉様は頷きを返しながら、静かにそれを聞く。

「二人はライバルであると同時に、理解者でもあった。ただ、家同士が対立しているから、素直に話ができる間柄ではなかった」 「……似ているわね」

 誰と誰が、とはお姉様は言わなかった。  セラは頭を手の位置より下に下げ、祈るように続きを絞り出した。

「ずっとこの本と、あなたを心の支えにしてきた。お父様の心ない言葉も、お母様の冷たい視線も、公爵家としての厳しい躾も、魔法使いとしての地獄の訓練も」 「ええ」 「あなたもイグマリート家で同じことをされていて、それでもじっと耐えてると思っていた」 「……ええ」 「私は、サナとセリーヌのような関係に憧れていた」

 たどたどしく、震えながら、それでもはっきりと。  これまで押し込めていた自分の意見を口にした。

「レイラ。私はね……私もね……あなたと、お友達になりたかったの」

 頑なに言わなかった本音が、涙と共にぽろりとこぼれ落ちた。

 ▼

「なあソフィーナ。いつまでこの状態で」 「しっ。今いいところですから」 「むぎゅ」

 起き上がろうとしたオズワルドを再度押さえつけ、成り行きを見守り続けた。