最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#193 第四十話「終わっていない」


「なら話は早いわね」

 セラの手を握り返しながら、お姉様はより力強く頷いた。

「セラ。お友達になりましょう」 「!」

 はっと息を呑むセラ。  彼女にとってお姉様は、想像の中でしか友情を結べなかった相手。  そんな相手に、ずっと欲しかった言葉をもらえたのだ。

 まるで女神の天啓を受けたかのように、感激で打ち震えている様子が見て取れた。

「あなたの身に起きたことは、あなたにとってはとても悲しいことだと思うわ。けれど、そのおかげでこうして本音を話せるようになった」

 以前のループの中で、お姉様はこう言っていた。

 ――私はイグマリート家。セラはフィンランディ家。この事実がある限り、彼女とは友達になれないわ

 逆に言うと、セラがフィンランディ家で、この前提は崩れる。  ……あの時は聞きそびれてしまったが、本当はお姉様もセラのことが気になっていたのではないだろうか。

「お友達になって、家でいろいろお話しましょう。ずっと機会がなかったから、聞きたいことがたくさんあるの」

 セラと顔を合わせることは何度かあったが、本音で話す機会は一度たりともなかった。  今なら、何のしがらみもなく楽しい話ができるだろう。

 セラもそんな様子を想像したのか、口角が上がっている。

「ありがとうレイラ。本当に、とても嬉しいわ……」

 喜色で彩られていたセラの顔に、湿っぽいものが混ざっていく。  困っているような、泣き笑いのような、なんとも言えない表情を作りながら、ゆっくりとお姉様を握る手を解いていく。

「………………でも、その申し出は受けられない」

 長い沈黙と葛藤を挟んで、セラは完全に手を離した。

「理由はさっき言った通りよ。私はイグマリート家に……いえ、迷惑をかけたくない」 「……セラ」 「そんな顔しないで。『お友達になりましょう』って言われて、私、本当に心が救われたの。この言葉があれば、どこでだってやっていけるわ」

 宝物がその手に収まっているかのように、両手を胸に抱くセラ。  一歩、二歩と後ろに下がり、お姉様たちから距離を取る。

 これで話は終わりだ、と言外に伝えているようにも見えた。

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 ここまでのやり取りで、セラの勘違いは解消された。  親善試合でお姉様を攻撃するようなことはもう起こさないだろう。

 セラの表情は悲しみを称えつつも晴れやかというか、すっきりと憑き物が落ちたようになっている。  詳細は違うが、国外追放を受けたエレナを思い出させる。

(イベントクリア……なのか?)

 親善試合イベントはクリアできただろう。  ただ、これがトゥルーエンドに通じる『正解』なのだろうか。  一抹の疑問が残る。

「ありがとう。レイラ、ソニア様。それに、使用人のあなたも……あれ?」

 セラの困惑した声で、思考を現実に戻す。

(あれ? ノーラはどこだ)

 いつの間にか、ノーラの姿が無くなっている。

「さっきまでここにいたのに……」

 お姉様と母も困惑した様子で周囲を見渡す。

「オズワルド様。ノーラがどこに行ったか見てましたか?」 「さっき向こうの方に走ってったぞ」

 私の体の上でつまらなさそうに肘をつく態勢で、通りの向こう側を指差すオズワルド。

「――すみませぇぇぇぇん!」

 まさにオズワルドが指差したと同時に、一人の男を連れてノーラが戻ってきた。  彼をここに呼ぶためにいなくなっていたのだと、遅まきに理解する。

 ノーラが連れてきた人物。  イグマリート家当主であり、セラの進退を決定する鍵を握る人物――父だ。

 まだ、イベントは終わっていない。

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「ノーラ。そんなに急がないでくれ……最近運動不足なんだ……」 「申し訳ありません。ですがもうレイラ様の試合まで時間が……!」

 お姉様の親善試合にはまだ時間はある。  ノーラはそれを建前として、父を走らせたようだ。

「はぁ……はぁ……ようやく着い……あれ?」

 両膝に手をついて肩を上下させていた父が、顔を上げた拍子に固まっているお姉様たちに気が付いた。

「こんなところで立ち止まってどうしたんだ二人とも。親善試合は……? ッ」

 遅れてセラの存在に気付き、やや表情を強張らせる。

「こほん」

 咳払いをきっかけに、すぐさま『対公爵家用の顔』に切り替える父。  公爵家当主としての自信と威圧感を膨らませ、にじみ出る敵意をすっぽりと隠す。

「君はたしか……セラ・フィンランディ、だったね」 「はい。正しくはセラ・フィンランディでした」 「でした?」

 妙な返答に、わずかに眉をひそめて訝しむ父。  前提を知らない彼にとっては、セラが言葉遊びをしているようにも思えるだろう。

「今はただのセラです」 「はっきりしない物言いは好かんな。あまり大人をからかわないでくれ」 「あなた、少しお時間いいですか? ご相談があるんです」

 さりげなく離れようとしていたセラの両肩を掴み、父の元へぐいっと押す母。  相談内容に関して主語が無かったが、それで父は内容を察したようだ。

「……その前に、ひとついいか?」 「なんでしょう」 「レイラの親善試合、時間は大丈夫なのか?」 「? ええ、まだまだ余裕はありますけど」 「そうか。まだまだ余裕があるのか」

 父が無言でノーラを見やる。  言葉にこそ出していないが、目線の中に咎めるような意思が込められていた。  ノーラは父の動きに連動するように明後日の方向を向き、吹けない口笛を吹いていた。

 ……後でフォローを入れるとしよう。

「こほん」

 父は咳払いをひとつしてから、母に向き直った。

「聞かせてもらおうか」

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「なるほど。事情は理解した」

 母の説明を聞き、父は頷きをひとつ返した。

「お願いしますあなた。どうかこの子をうちに迎えては下さいませんか」 「お父様。私からもお願いします」

 お姉様と母、二人から懇願される。  セラはと言うと、沙汰を待つ罪人のような居心地の悪い表情をしていた。

 話をしている間に時間は進み、親善試合もそろそろ始まるかという頃合いになっていた。

「時間も限られている。率直に結論から言おう」

 そう前置きしてから、父がセラに言い放つ。

「駄目だ」