最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#200 第四十七話「ちょっとした騒ぎ」


「何、って……」

 こういう質問はさして珍しくはない。  雑談の一環として、私も聞いたりすることはある。

 聞かれたのが今日でなければ、そして朝一番にわざわざ部屋まで来たりしなければ、雑談の一環だっただろう。

(まさか、ノーラとの会話が聞こえてた?)

 お姉様の部屋と私の部屋は隣同士だ。  壁に耳を当てれば「会話している」程度は聞こえるかもしれない。

(いや、それはない)

 脳裏に浮かんだ予想をすぐに振り払う。  声の大きさには普段から気を払っていた。  そもそも何もないのにお姉様が壁に耳を当てるなんてことをするはずがない。

 それに、ノーラが来たのは昨日が初めてではない。  もし会話が聞こえていたのなら、もっと前にバレていないとおかしい。

 たまたまだろう。  たまたま昨日、私が何をしていたのかがなんとなく気になった。  つまりはいつもの雑談の一環。それだけのことだ。

 突然の質問に少し焦ったが、冷静な分析によって余裕を取り戻せた。

「普通に過ごしてましたよ。勉強して、体を伸ばして、今日の予定の確認をして、朝までベッドでぐっすりです」 「本当に?」

 お姉様が小首を傾げる。  宝石を思わせる美しい瞳には、まだ「疑念」という色が混ざっていた。  ……いつもは目が合うと安心するのに、じっとりと汗がにじむのは何故だろう。

「本当ですよ。どうしてそんな風に聞くんですか?」 「昨日、音がしたのよ」 「音?」 「ええ。こう――壁を、ドン、って叩く音」

 手近な壁を手で叩き、音を実演して見せるお姉様。

 ヒュ――と呼吸が乱れ、私はせき込んだ。  お姉様が出したものと全く同じ音を、昨日も聞いていたからだ。

 ノーラに「交代」を打診したあと。  彼女の怒りに気圧されて壁際まで逃げた。

 あの時、逃げようとする私に対し、ノーラは何をした?  壁を――ドン! だ。  話に夢中で抜け落ちていたが、あの時ノーラがドンした壁の向こう側は――お姉様の部屋だ。

「音が聞こえて、壁に耳を当てたんだけど……何だか話し声? みたいなのが聞こえたから。それで気になって」 「そ、そうなんですね」 「本当はすぐ部屋に行こうとしたんだけど、夜遅かったし、勘違いだったら申し訳ないなと思って」

 どこまでも私を気遣ってくれるお姉様。  とてもありがたく思うと同時に、だらりと冷や汗が流れた。

 経緯を説明した後、お姉様は再び笑みを私に向けた。

「それで。昨日の夜、何をしていたの?」

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「……あの、それは」

 すぐに返す言葉が思いつかなかった。  言い訳なんてなんとでも思いつけたはずなのに。  納得のいく説明を淀みなくすれば、お姉様は信じてくれるのに。

 それを理解していたのに、私の口は動こうとしなかった。  お姉様はその「間」で、何かに勘付いた。

「ちょっと部屋の中を見せてね」 「えっ、あの……!」

 私の横を通り抜け、部屋に入っていくお姉様。  向かう先はベッド。  掛け布団をばさりとめくり、シーツが凹んでいる部分に手を当てる。

「――ソフィーナ。昨日、誰かいた?」 「……一人でしたよ。どうしてです?」 「布団の温かい部分が二人分あるように思えて。枕のへこみ方も」

 探偵かな?

「昨日はなかなか寝付けなくて。何回も寝返りを繰り返してたんです」 「そうなのね。何か心配事?」

 そう返しながら、勉強机の椅子を引いて下を確かめるお姉様。  あの場所にノーラが隠れていたら、ここで詰んでいた。

「オズワルド殿下も入学されたので、私も学園に行く機会が増えるじゃないですか。ちゃんとできるかなって気になって」 「ソフィーナなら大丈夫よ」

 優しく諭しつつ、捜査の手は箪笥にまで伸びていた。  両開きの扉をがちゃりと開くお姉様。  中には数着の普段着が収納されている。

「……いないわね」 「だからいませんってば」

 やだなぁ、と笑いながら誤魔化す。  背中は汗でびっしょりだ。

「それじゃあ、昨日の音は何だったの?」 「たぶん壁に頭をぶつけた音だと思います。解けない問題があって、唸りながら頭を振っていたら、ゴン、ってぶつけちゃって」 「大丈夫なの?」 「はい。たんこぶにもなってません」

 その光景を想像すると我ながら滑稽だ。

「それじゃあ、話し声は?」 「私の独り言です。ほら、問題を声に出すと理解しやすくなるって言うじゃないですか。それを実演してたんです」 「……そう」

 お姉様はゆっくりと箪笥の扉を閉じた。  その背中からは何の表情も読み取れない。

「ごめんなさい。早とちりしちゃって」

 くるりと振り向き、微笑むお姉様。  誤解……ではないが、とにかく疑いは晴れたようだ。

「それじゃ私、行くところがあるから。また後でね」 「はい」

 お姉様を見送り、ぱたぱたと足音が遠ざかることを確認してから、私は窓際の壁の一部に声をかけた。

「――出て来てもいいぞ」

 ぽこ、と音を立てて壁の一部が開く。  中から出てきたのは、もちろんノーラだ。

「すごいね。まさかこの木の部分が扉になってたなんて」

 入口部分――ワインスコットとかダドーと呼ばれる木の装飾――を開けたり閉じたりするノーラ。

「歴代当主しか知らない秘密の通路だ」

 壁の向こうは細い通路になっており、屋敷のあちこちへと繋がっている。  その気になれば誰にも気付かれることなく外に出ることだって可能だ。

「それにしてもびっくりしたぁ」 「ホントにな」

 このタイミングでのお姉様の訪問はさすがに予想外だった。  ……冷静に考えると、別に後ろめたいことをしている訳ではないのに、どうしてあんなに焦ってしまったんだろう。

 お姉様の目がなんだか怖かったせいだろうか。

「ごめんね。まさか壁ドンで怪しまれるなんて」 「いや、私がうじうじしたせいだ」

 ノーラが怒ってくれなかったら、私の目は覚めなかった。  あれは必要な壁ドンだったんだ。

「それじゃ、私もう戻るね」 「ああ。また今日の夜に――」

 一旦この場をお開きにしようとした、まさにその時。  バァン! と扉が開いた。

 やって来たのは、先ほど部屋を去ったばかりのお姉様だった。

「やっぱりいた」

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「どうしてあなたがここに居るのかしら? ノーラ」

 一歩、また一歩とノーラと私との距離を詰めてくるお姉様。

「お……お姉、様? どうして」 「どうしても気になって、その子の部屋に行ったのよ。そうしたらもぬけの殻。寝具が使われた形跡もなかった」

 ――それじゃ私、行くところがあるから。また後でね

 お姉様が言っていた「行くところ」とは使用人部屋だったらしい。  探偵かな?

「さて。それじゃ答えてもらおうかしら。どうしてソフィーナの部屋にいるのか、昨日の夜に何をしていたのかを。ありえないとは思うけど、もし一緒に寝ていたなんて答えたら、その時は――」 「……その時は?」

 ぷるぷる震えながら、ノーラ。

「……これ、よ」

 お姉様は指を首の前で横にずらすジェスチャーをした。  要するにクビにする、ということだ。  ……そういうことだよな?

「ソフィーナ。あなたにも聞きたいことがあるわ。どうして私というお姉ちゃんがいるのにその子にばかりなびくのか。その子の何がいいの? 私に何が足りないの? 聞かせて頂戴。じっっっっっっくりとね」

 お姉様の顔、笑っているのに笑ってない!  目から光が消えてる!  怖い!  長いループを繰り返してきたが、初めて湧き上がる感情に皮膚が総毛立った。

 その恐怖から逃れるように、私は叫んだ。

「『戻れ!』――」

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「それで。昨日の夜、何をしていたの?」 「たぶん壁に頭をぶつけた音だと思います。解けない問題があって、唸りながら頭を振っていたら、ゴン、ってぶつけちゃって」 「大丈夫なの?」 「はい。たんこぶにもなってませんから」 「それじゃあ、話し声は?」 「私の独り言です。ほら、問題を声に出すと理解しやすくなるって言うじゃないですか。それを実演してたんです」 「……そう」

 ループした私は、一回目ではどもってしまった部分でしっかりと回答した。  選択肢は出なかったが、あれが分岐点になっていたらしく、お姉様は部屋に入ろうとはしなかった。

 当然、その後のイベントも――ベッドを改めたことでより疑いを深め、ノーラの部屋まで捜索に行く――起きない。

「ごめんなさい。早とちりしちゃって」 「いえいえ。私のことを心配してくださって、とても嬉しいです」

 入学イベントの後に起きた「ちょっとした騒ぎ」は、これにて終息した。

「お姉様」 「うん?」

 立ち去ろうとするお姉様の背中に、私は声をかけた。

「探偵ものの小説とかって、よく読まれたりします?」 「いいえ、そういう本はあまり……」 「そうですか」 「どうしてそんなことを聞くの?」 「いえ。お姉様って探偵に向いてそうだなって思って」 「?」