その日の夜、私はノーラを再び部屋に招いた。
「ノーラ。こっち」
布団をばさりとめくり、ノーラを手招きする。
「? 今日も一緒に寝るの?」 「違う。声が漏れないようにだ」
疑いは晴れているので聞き耳を立てられている――なんてことはないだろうが、昨日の今日だ。 念のため、防音対策をしておく。
こうして二人で布団を被れば、隣の部屋に声が漏れることは絶対にないだろう。 少々暑いが、そこは我慢する。
「朝はびっくりしたね」 「本当にな」
昨日流れてしまった作戦会議の続きをするつもりだったが、話題は自然と朝のお姉様のことになった。
「お姉様のあんな目、見たことないぞ」
お姉様のことは知り尽くしていたつもりだったが……そんな私でも初見だった。 表情こそいつも通りの優しいお姉様だったが、決定的に違う点がひとつ存在した。
目だ。 目から光が消えていた。
怒っているでもなく、悲しんでいるでもない。 喜んでいるでもなく、楽しんでいるでもない。 どんな感情を向けられているのか全く読めず、非常に混乱した。
「レイラはやっぱりソフィーナのお姉さんだね」 「どういう意味だ?」 「だって、すごいヤンデレ目だったから」
自分の両目を両手の人差し指でそれぞれ差しながら、ノーラ。
「ヤンデレ目?」 「うん。ヤンデレが極まると、ああやって目から光が消えるの」 「ヤンデレって異性を好きな時に使う言葉だよな。同性でも使うのか?」 「同性や家族間でも使ったりするよ。相手への気持ちが大きすぎて病んじゃうってことだから」 「そうか……」
それだけお姉様が私を思ってくれている……ということではあるが、喜んで良いのかかなり微妙なところだ。
「怖かったけど、同時に思ったの。『あ、やっぱりレイラはソフィーナのお姉さんだな』って」 「そうかそうか……って、誰がヤンデレだ」 「ソフィーナ! アイアンクローしないで! 顔のパーツが中央に寄っちゃう!」
どさくさに紛れて私までヤンデレ認定しようとするノーラにおしおきする。
私とお姉様は姉妹だが、似ていると言われたことはほとんどない。 見た目、体格、顔、髪色、髪質。 何から何まで、すべて正反対だ。 私はどちらかと言うと母に似ていて、お姉様は父に似ている。
なのでお姉様との共通項が見つかると普通は嬉しくなるのだが……ヤンデレはちっとも嬉しくない。 そもそも私はヤンデレではないし。
私があんな目をしながら誰か――ヤンデレの基本定義に当てはめると、第一候補はオズワルドということになる――に詰め寄る日なんて、絶対に来るはずがない。
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「さて。話が逸れまくったが、作戦会議だ」
おしおきで息も絶え絶えになっているノーラだったが、回復を待っていたらまた眠ってしまいそうだ。
こんなことを言うとお姉様がまた『あの目』になりそうだが……こいつの体温、すごく安心するんだよな。 ずっと温かさを感じていたい謎の吸引力がある。
声を漏らさないよう布団の中で作戦会議をしているが、失敗だったかもしれない。 なので、そのまま話を本題に持ち込んだ。
「入学式のイベントはクリア。お姉様は無事入学できたし、セラを仲間に引き入れられた。トゥルーエンドの条件は満たせているだろう」
セラは貴族籍を失ってしまったが、以前よりも表情が明るくなっている。 お姉様もセラという友人兼専属使用人を得て、二人でよく話をしている姿を見かける。 誰が見ても『丸く収まった』と言えるイベントクリアだ。
「総じて前より良い環境が作れている。ここまでは前回のおさらいだ」 「……あい」 「ここからなんだが……前に学園で起こるイベントについて説明したよな?」 「ソフィーナがどうやってもクリアできなかった五大イベント――親善試合、舞踏会、郊外授業、遊戯会、卒業。これをクリアすればトゥルーエンドが見えてくる……だったよね?」 「ああ」
ようやく回復してきたノーラが、指折り数えながらイベントの総数を思い出している。
「それらを攻略しつつ、週に一度くらいの頻度でやってくる死のイベントを避ければハッピーエンドへの道が開かれる!」 「正解だ」 「週に一度の細々したイベントはソフィーナがもう回避法を知ってるから、残る四つの高難度イベントに集中すればいいんだよね」 「いや。お姉様の学科が変わったから、その辺りはどうなるか分からない」
Bルートではお姉様は魔法科を専攻している。 授業内容や時間割も、それまでとは全く異なっている。 当然、発生するイベントの内容も頻度も異なったものになるだろう。
要するに、私たちはこれから未知の領域に突入することになる。
「そっか……」 「そんな顔するな。私の経験が全部使えないってワケじゃない」
学部が変わっても、起きるイベントは似通っているはずだ。 共通項があれば私の経験もまだ活きてくる。
「お姉様にちょっかいをかける奴らを全員黙らせれば、週一の方のイベントは基本大丈夫だ」 「ぼ、暴力はよくないよ?」 「しないしない。ちょっとハナシ付けるだけだから」 「ソフィーナ顔怖い」 「本当だってば」
ノーラの義父・ボルガさんと出会ったことで私専用の魔法杖の完成は早まるだろう。 わざわざ暴力なんて振るわなくても、杖の威力を教えてやれば大抵の人間は黙る。
「私はオズワルドの婚約者として学園に入れるから、ノーラはその付き添いとして来てくれ。オズワルドから離れられない場合はノーラがお姉様のフォローを頼む」 「了解」 「あとはオズワルドだな」
結局、これが一番の頭痛の種だ。 子供時代を長く共に過ごしたことで信頼は勝ち取れていると思う。 最近は――文句を垂れつつも――言うことを聞いてくれるようになった。
Aルートよりまともに育っている実感はある。 ある……が、他国の間者にそそのかされないと断言するほどではない。
真人間になるには、もう少し教育が必要だろう。 ……なんて、自分で言っておいて、本当にできるのかかなり不安ではある。
「……いや。私ならできる」
弱気になりそうな自分を振り払う。 ここまで血管が何度も切れそうになりながらやって来れたんだ。 絶対にやり遂げる。 すべてはお姉様の幸せのため!
「ふふ」 「何笑ってるんだよ」 「ううん。また凹んで病むのかと思って」 「もうあんな醜態は晒さないよ」
また壁ドンされてお姉様と修羅場になったら敵わないからな。
ノーラはするりと顔を寄せ、私を抱きしめた。
「醜態だなんて思ってないよ。言ったじゃない。弱音も愚痴も、いくらでも吐いてもいいって」 「……そうだったな」
自分の中に押し込めるしかなかった弱い自分。 ノーラにだけは、それを見せてもいいんだ。
「作戦会議、終わり」 「ソフィーナ。終わったなら離してくれないと」 「ダメだ。今日も一緒に寝よう」
こっちは我慢していたのに、抱きしめられたらもう抗えないじゃないか。 ノーラの胸元に顔を埋め、私は眠る体勢に入った。
「レイラが来たらまた怒られるよ?」 「その時はループしよう」 「もう、ソフィーナは甘えんぼさんなんだから」 「やかましい」
また背骨に圧をかけてやろうかと思ったが、やめておいた。 もうノーラには照れ隠しをする必要もないだろう。
「……ソフィーナ」 「うん?」 「絶対、みんなでハッピーエンドを迎えようね」 「当たり前だ」
二人で身を寄せ合い、私たちはどちらともなく眠りについた。 明るい未来を想像しながら。