「――てな具合だ」 「おおー」
その日の夜、パティとのやり取りをノーラに共有する。 彼女は短くぱちぱちと拍手して成果を称えてくれた。
「よかった……ソフィーナ、ちゃんと友達作れるんだね」 「どういう意味だ」
私が眉をひそめて尋ねると、ノーラは慌てて手を振りながら、
「気にしないで。コミュニケーションの方法が『交渉』か『脅迫』しかないとか思ってた訳じゃないから」 「お前は私を何だと思って――」
咄嗟に出ようとした反論が、ぴたりと止まる。
――『魔物の呪いと魔法考察』。良ければ貸しますよ ――私とお友達になってくれたら
パティと友達になった流れ。 よくよく考えると、あれは友情を結んだのではなく、単なる交渉だったのでは……? 公爵と伯爵という立場まで鑑みれば、むしろ脅迫とも捉えられるのでは……?
「ソフィーナ?」 「……なんでもない。とにかく、これで足がかりはできた」
湧き上がってきた自分の対人能力への不安を振り払うように、力強く拳を握る。
「見てろ。パパッと仲良くなってやる」
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三日が過ぎた。 オズワルドと昼食を共にしてから、席を立つ。
「オズワルド様。お友達のところに行ってきます」 「……ここ最近、ずっとそうだな」 「え?」 「別に。さっさと行けよ」
オズワルドはそう言って中庭の芝生にゴロンと横になった。 背中をこちらに向けているため、表情は分からない。
変なヤツ。 いや、いつものことか。
特に気にせず、私はパティの元へ――オズワルドに近付く輩がいないかを確認してから――向かった。
「こんにちは」 「ソフィーナ様。いらっしゃいませ」
私が声をかけると、パティはいそいそと横にズレて座る場所を開けてくれた。
「今日は何を食べたんですか?」 「サンドイッチです。ソフィーナ様は?」 「食堂のコース料理です」 「わぁ。さすがは公爵様……」
二人で木を背もたれにしながら、会話に興じる。 貴族学校の令嬢でよく見かける「お友達」の光景……なのだが。
正直に言って、あまり仲良くなれている実感はない。 会話には応じてくれるものの、どことなくよそよそしさがあり、それが取れない。
「……」 「……」
若干の気まずい沈黙が流れる。 公爵と伯爵という立場の違いもあるだろうが……単純に、私は会話運びが下手なのだろう。 ノーラの言うとおり、交渉と脅迫は得意なのだが……。
(……そういえば、ノーラ以外の友達を最後に作ったのって、いつだっけ)
……友達になる役はノーラに任せた方が良かったかもしれない、と、自分の至らなさに内心、頭を抱えていると。 パティが唐突に両手を、ぱちん、合わせた。
「そうだ。これ、ありがとうございました」
パティが鞄をごそごそと漁り、取り出したのは分厚い表紙に包まれた『魔物の呪いと魔法考察』だ。
「もう読んだんですか?」 「はい。とっても面白かったです」
意外な評価に、私は目を丸くした。 『魔物の呪いと魔法考察』 中身を簡単に説明すると、魔物の呪いは魔法の一種ではないかとする考えをまとめた本だ。 魔物の呪いは不治の病と同等のもので、もしかかってしまうと死ぬまで付き合うしかない(オー爺がまさにそうだ) しかし、もし魔法の一種であれば、そこから解く方法があるかもしれない。
そんな希望を抱かせる一冊なのだが――それを実証するような事例は載っておらず、ただ単に「そうかもなぁ」というレベルのことしか書かれていない。
私の感想は「微妙」だったのだが……パティには興味深い内容だったらしい。
「『聖なる乙女と純白の騎士』も、三章まで読みました。ソフィーナ様に言われてから、どれが伏線なんだろうって考えながら読むのが楽しくなってきました。もしかしてですけど、ライバルのセリーヌ、実はサナのことを友達と思ってるんじゃないかなっていうのが私の予想です」 「ふふ。それは最後まで読んでのお楽しみですね」
『聖なる乙女と純白の騎士』だが、実は私も急いで読み直している。 もちろんパティと話を合わせるために、だ。
クラウディア(主人公の妹)がどーーーーしても受け付けず一章で断念してしまったが、いないシーンに関しては普通に読めた。 面白いかと聞かれるとそれはまた別の話だが、読めはする。 今は第六章まで進んでいるが、クラウディアが再登場したので手が止まっている。
「そういえば、パティさんにお姉さんや妹さんはいるんですか?」 「弟が一人います」
昔、パティを躍起になって調べていたときもそんなことを言っていたな。 これだけ完璧な普通の令嬢を装っている彼女が、その辺りの整合性を間違える訳もないか。 たとえ違っていても、今の「友達になったばかりの私」では指摘しようもないし。
「ソフィーナ様は……お姉様がいらっしゃるんですよね」 「はいっ。言っておきますけど、クラウディアみたいなイジワルなんてしてませんからね」 「!? いえいえ、そんな失礼なことは考えてもいません」 「本当ですか?」 「ひっ!? 目から光を消すの止めてください!」
本を盾にして顔を隠しながら、ぶるぶると怯えるパティ。 光を消してるつもりはないんだが。
「たまに勘違いされますけど、私とお姉様は仲良しですよ」 「そう……なんですね」 「まあ、パティさんが疑う気持ちもよく分かります」
姉妹仲が悪いことは貴族では珍しくない。 貴族の姉妹が十組いれば、そのうち九組は仲が悪いだろう。 表だって悪くなくとも、どちらかが微妙に思っていることもよくある。
「疑っている訳ではありませんよ。ただ……そうですね。近しい人に姉妹仲がいい人はいないです」
パティとよく一緒に昼を食べている学友たち。 彼女たちは大多数の方に入っているらしい。
「育て方に格差を設けられていたり、一番身近なライバルとして見たり。まあ、色々ありますよね」 「ええ」 「……」 「……」
またしても、会話が途切れてしまう。 ノーラと居るときは無言の時間すら心地よいと感じるのに、この差は一体。
(そういえば、オズワルドのことを聞いてこないな)
パティからすれば私は標的の婚約者だ。 それとなく情報を引き出す真似をしてもいいはずだが、その兆候はない。
こちらから探りを入れてみるか?
(……いや)
ふと浮かんだ案を、首を横に振って否定する。 目的はパティと友情を結び、スパイ活動を止めてもらうことだ。 変に刺激するようなことを言っても警戒されるのがオチだ。 聞くにしても、もっと仲良くなってからだ。
「あ、時間ですね」
まるで待ちわびていたかのように、鐘の音と同時に立ち上がるパティ。
「パティさんとお話ししていると、すぐに時間が来ちゃいますね」 「……ええ、本当に」
苦笑いめいた表情をするパティ。 今のは無理矢理すぎたか。
「それでは」
パティを見送ってから、私はぽつりと零した。
「友達になるって、難しいな」
▼ ▼ ▼
一週間が過ぎた。 ノーラに「パパッと仲良くなってやる」と言いはしたが、距離感は変わらず。 焦りを覚えながらも昼休みを使い、欠かすことなくパティに会いに行っていると。
「いい加減にしろぉぉぉぉ!」
オズワルドが爆発した。