最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#206 第5話「交換条件」


 パティの行動は決まっている。  真面目に授業を受け、中庭で友人たちと昼食を食べ。  校舎の裏手に行き、昼休みが終わるまで読書にいそしむ。  午後の授業が終われば宿舎に帰り、勉強→夕食→勉強→入浴→美容→読書→就寝。

 どの場面を切り取ってみても「普通の令嬢」だ。  誰も気にも留めない、神の世界で言うところの「モブ」。  私と同じだ。

 俯瞰した視点から連日観察しなければ、彼女の異常性は分からないだろう。  まるで判で押したように、同じ手順で日々を過ごし――いや、「消化」している。  諜報員として自分を完全に消して「普通の令嬢」を装うために。  怪しまれない日々を徹底している。

 すべては舞踏会の日、オズワルドから情報を引き出すために。

 裏を返せば、一人になる時間帯は必ず一人になる。  昼休みのこの時間は、近付くための絶好の機会だ。

 いつも通り校舎の裏手にある森の木陰で本を読むパティに近付き、声をかける。

「こんにちは」 「こんにち……は!?」

 顔を上げた瞬間、パティはギョッとした顔になった。  本を守るように抱きしめ、私に背を向ける。

「許してください!」 「……あの、何の話です?」 「ソフィーナ様ですよね? オズワルド殿下に近付く女子生徒を残らず恐怖の渦に叩き込んでいるっていう」 「えっと……まあ、はい」

 オズワルドに近付く輩は粘着質な奴らが多い。  だから一度のですっぱりとオズワルドを諦められるよう、少しばかり圧を強めに話をしてきた。  どうやらそれがパティにまで伝わっているらしく、何か怖いことをされるのではと怯えているようだ。

 オズワルドに変な虫が寄りつかなくなっているという嬉しいサインではあったが……今、この場においては余計だった。

「私、オズワルド殿下とは何の関係もありません!」

 ぶるぶると震えながら涙目で訴えるパティ。  一瞬で私の背後に回り、首を折るくらいはできるだろうに、そんな素振りは微塵も見せない。

 私の噂に恐れをなして、舞踏会の日も大人しくしてくれるとありがたいのだが……。

(そんなうまい話がある訳ないよな)

 心の中でこっそりとため息を吐く。  私は敵意がないことを示すように、両手を挙げながら、努めて優しく話しかける。

「そんなことしませんよ。オズワルド様のことでお話しに来た訳じゃありませんから」 「ほ――本当ですか? 光の消えた目で何度も何度も同じ質問を繰り返したりしないですか?」

 そんなことまで伝わっているのか。  今後はあまりやり過ぎない方がいいかもしれない。

「しませんしません」 「じゃあ、何のご用でしょうか……?」 「何の本を読んでいるのかなーって思って」

 パティ自身に用があるように思わせてしまうと、警戒を強めてしまうかもしれない。  なので、持っているものに視点を逸らすことにした。

「本当にそれだけですか? どうしてそんなことを気になさるんでしょう?」 「私、人が読んでいる本のタイトルが気になっちゃうんです。読者が好きなので」 「本を読んでいる方は他にもいます。そんな中、どうして私に……?」

 よくここで本を読んでいる様子を見ているから――と言いかけて、ふと止まる。

(まるで前から監視しているように思われるな)

 今のパティにそれを言えば、警戒の壁を降ろすことはさらに難しくなるだろう。  理由の正しさではなく、納得感を演出できる回答に変更する。

「私と同じ読書好きの匂いを感じたので」 「なんとなく……ってことでしょうか?」 「そうです。なんとなくです」 「……まあ、本を読むのは嫌いじゃないですし、間違ってない……かも」

 穴だらけというか、穴しかない理由だったが、パティはすんなりと納得してくれた。  人間というのは不思議なもので、ぼんやりとした理由を提示すると、自分で穴の空いたところに理由を詰め込んで勝手に納得してしまう。

「それで、何の本を読んでいるんですか?」

 さりげなく隣に座って距離を縮めながら話を続ける。

「そんなに有名な本じゃないですから、たぶん知らないと思います」 「なおのこといいですね。新しい本に飢えているので、傍流ぼうりゅうの本は大歓迎です」 「『聖なる乙女と純白の騎士』っていう本ですけど」 「! それ、知ってます」

 セラの愛読書であり、心の支えとしていた本だ。  ノーラも追放ざまぁがどうのこうの、胸キュンがどうのこうのと言って気に入っていた。

 私が知っていることがよほど意外だったのか、パティはまん丸にしている。

「読んでいる私が言うのも何ですが、こんな俗っぽい恋愛小説を公爵令嬢のあなたが読んでいるなんて」 「私は雑食ですから。古今東西、何でも読みますよ」 「何でも……」

 何かを思いついたように、パティは顔を上げた。

「『精霊魔法の謎』とかってご存知だったりします?」 「もちろん知ってますよ」 「『呪文と精霊』『なぜクレフェルト王国の魔法は遅れているのか』とかは……?」 「読破済みですよ。そのジャンルだと『あなたの杖、本当に役立ってますか』『魔物の呪いと魔法考察』あたりが好きですね」 「『魔物の呪いと魔法考察』読んだことあるんですか!? 確かすぐに発売禁止になった本ですよね」 「たまたま持ってたんです」 「いいなぁ……!」

 きらきらと目を輝かせるパティ。  同時に、私への警戒が目に見えて下がった。  仲良くなれているかどうかはまだ微妙だが、敵認定は免れられたようだ。

 というかこの表情。  普通の令嬢を演じるために本を読むフリをしているのかと思っていたが、本当に読書が好きなのだろうか。

(今までの私は、それすら知ろうとしていなかったんだな)

 弱点ばかりを探って、何が好きかとか、何が嫌いかとかに関してはまるで興味がなかった。  セラと同じだ。

「あ、そうだ」

 パティは思い出したように『聖なる乙女と純白の騎士』を持ち上げた。

「この本どうでした? ソフィーナ様の感想が聞きたいです」 「……………………ぁ」

 だらり、と冷たい汗が急に背中を流れた。  本のタイトルこそ知ってはいるが、内容までは深く知らない。  途中で読むのを止めてしまったからだ。

 登場人物のクラウディア(姉を陥れる妹)がどうしても受け入れられなくて、一章の半分くらいしか読んでいない。

 あれだけ「読書好き」を公言しておきながら「途中で読むの止めちゃいました」なんて、ただの知ったかぶりじゃないか。

「――――。伏線がいろいろ、本当にいろいろあって、ここで種明かしネタバレしてしまうと面白さが半減してしまいます。なので詳しくは言えません。ただ、面白さは保証しますよ」 「ご配慮、ありがとうございます」

 苦し紛れに、しかし焦りは微塵も出さずに返すと、パティはまたもすんなりと納得してくれた。

「そうですね。まだ読み終わってもいないのに感想を聞くのは良くないですね」 「私に敬語は使わなくていいですよ。年下なんですから」 「それはちょっと……貴族の格が違いますし」

 さらに距離を詰めようと試みたが、やんわりと断られてしまった。  公爵令嬢という立場は様々な恩恵をもたらしてくれるが、こういう場面では邪魔に感じてしまう。  贅沢な悩みだ。

「分かりました。それは次のお楽しみとして取っておきます」 「次?」 「はい。良かったら、私とお友達になってくれませんか」 「お友達……」

 手を差し伸べると、パティは目をぱちぱちとしばたかせた。  そして、遠慮がちに手のひらを向け、拒否の姿勢を取る。

「えっと。とても嬉しい申し出ですが、伯爵家の私には分不相応かなと」 「家柄なんて気にしないでください。私たちは『同士』なんですから」

 セラもノーラにそんなことを言っていたらしい。  その技をそのまま使わせてもらったが、パティは困ったような表情を浮かべた。

「いや、でも……」 「お恥ずかしい話ですが、私、まだお友達が一人もいないんです」 「今はオズワルド殿下の付き添いだから仕方ないと思いますよ。正式に入学された後はソフィーナ様なら友達なんてすぐにできます」

 頭上から鐘の音が鳴り響く。  昼休みが間もなく終わるという合図だ。  丁度良い区切りだ、と言わんばかりに立ち上がるパティ。

「もう時間ですね。それでは私はこれで」 「『魔物の呪いと魔法考察』。良ければ貸しますよ」 「本当ですか!?」

 私の言葉尻と被る速度で反応するパティ。

「はい。私とお友達になってくれたら」 「……! 交換条件、という訳ですか」

 にっこり笑顔で条件を言うと、パティはぐぬぬ、と唇を噛んだ。  相当に興味を惹かれているらしい。

「わ、分かりました。ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします……!」 「ありがとうございます。これで私たちはお友達ですね」

 握手をして、私たちは友情を確かめ合った。  モノで釣って得た友情ではあるが、これからちゃんと仲を深めていけばいい。

 初戦の成果としては上々だろう。

 パティを見送った後、私は思い出したように震え始めた手を抑えながら、オズワルドの元へと戻った。