当時の私は、まだそれほど大きな挫折を味わっていなかった。 ループ自体は飽きるほど繰り返していたものの、単一のイベントで引っかかることはほとんどなかった。
原因の把握も、(手段さえ選ばなければ)対抗策もすぐに思いついた。 一つの新しいイベントにつき一~二回、複数イベントが絡むものでも、十回以内にはクリアできていた。 私が諦めさえしなければ、神が定めた運命は書き換えられるものだと考えていた。
そんな私の『勘違い』をある意味正してくれたのが、パティという存在だ。
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お姉様を殺すイベントを見つけては原因を調べ、潰して、潰して、潰して。 力技で解決していたが、ある時を境にぱったりと前に進まなくなってしまった。
国歴二百九十九年。お姉様が十八歳、私が十六歳の時だ。 お姉様が学園を卒業した辺りから、周辺国、特に友好国だったはずのアリート王国との関係が急速に悪化し始める。 年齢を重ねるごとにアレックスへの嫉妬を隠さなくなるエルヴィス陛下の采配ミスが原因と考え、早期に王位継承を行わせたが状況は改善せず。
さらに詳しく調べていくと、戦争の根本的な原因は学生時代のオズワルドだと判明した。 舞踏会でオズワルドが一夜だけ密談を交わす一人の女生徒。 彼女がオズワルドから得た情報が、時を経てクレフェルト王国を――ひいてはお姉様を殺すイベントへと成長する。
戦争を止めるためには、学生時代の舞踏会でスパイを止める必要があった。
一回目は密談を止めようとした。 気付いた時には五歳に戻っていた。 目にも止まらぬ早さで殺されてしまったらしい。
二回目はオズワルドに何も言わないよう頼んだ。 パティの魅力の前では、私のお願いなど何の効力もなかった。
三回目は武器を携帯した。 やはり殺されてしまった。 死の間際、破れかぶれで放った魔法に一縷の希望を見出した。
四回目は魔法で攻撃した。 駄目だった。
五回目も魔法を選ぼうとして、ふと気付く。 四回目の時、パティを殺すために覚えた魔法が、はじめから使えるようになっている。 魔力が足りないため発動はできないが、この時初めて「魔法の素養を引き継げる」ことに気が付く。 ちなみにパティは殺せなかった。
六回目も魔法を選択。 ループと杖による補助を組み合わせ、肉体年齢よりも遥かに高度な魔法を使った。 殺すことはできなかったが、避けられないはずの攻撃を避けられたことで「彼女も魔法使いなのでは」という疑念を抱いた。
七回目は人生を捨てるつもりでパティの観察に徹した。 どうやら影に隠れる魔法が使えるらしい。 殺された。
八回目。相手の魔法を邪魔する魔法を使った。 自力で押し負けて殺された。 パティは素の力も強かった。
そして迎えた九回目のループ。 この頃の私ははっきりと焦りを覚えていた。
いくら私が出来損ないだからとはいえ、これだけやり直しのチャンスをもらって解決の糸口さえ見えないことはなかったからだ。 いくつかのイベントが重なって、一方はクリアしてもう一方は失敗――なんてことはあったが、単一のイベントでこれだけ足止めされた経験は初めてだった。
そうして行き詰まった私は、イベント発生前にパティを襲撃する方法を取ることにした。
「ここなら誰にも見つからないな」
学園の中でたくさん植えられた木々の隙間を見つけ、体を縮こまらせる。 この頃の私は翌年に入学を控えているだけの、いわば部外者だ。 見つかれば叩き出されるため、誰にも気付かれる訳にはいかなかった。
「……いた」
昼休みの時間をじっと待っていると、渡り廊下を通る女生徒の群れを発見した。 その中に例のスパイ・パティもいた。
「……ッ」
九回やって九回とも返り討ち。 すっかり苦手意識がつき、パティを見るだけで体が震えるようになっていた。
「落ち着け。大丈夫だ」
舞踏会の前なら軽々しく正体は現せないはず。 それに相手は私のことを知らない。 十二歳の子供が、まさかいきなり襲ってくるなんて思いもしないだろう。
正面からでは勝てなかったが、奇襲ならば大丈夫。 そう自分に言い聞かせる。
「それじゃ、また後でねー」
昼食を食べ終えると、パティは友人らと別行動を取った。 校舎の裏手にある森の木陰に座り、本を開く。
自分から人気の無い場所に行ってくれて、しかも一人になるとは。 都合が良い。
私はこっそりと近づき、両手を後ろにした状態でパティに声をかけた。
「こんにちは」 「こんにち、は……?」
反射的に挨拶を返すパティだったが、制服を着ていない私を見て、こてんと首を傾げた。 オズワルドを誘惑する時にもよく使っていた可愛らしい仕草だ。
「あなた、ここの生徒じゃないわね」 「はい。来年から入学する新入生です」 「? 今日、新入生の説明会なんてあったかしら……?」
頭上に「?」を浮かべるパティ。 舞踏会で対峙したときは一切の隙を見せなかったが、今は隙だらけだ。
「私に何か用?」 「実は道に迷ってしまって。図書館ってどちらか分かりますか?」 「ここからなら一度広場に戻った方が早いわ。看板を正面にして、右側の二つ目の道を――」
何の疑いもなく私に背を向け、図書館の道を説明するパティ。 私は無防備な彼女の後頭部に向かって、隠し持っていた石を振り下ろした。
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ぎゃ、と短い悲鳴を上げ、パティが地に伏した。
「何……え、何、痛い、血……血!?」
てっきりすぐに本性を見せるかと思ったが、パティは後頭部を抑えて混乱した様子を見せている。 まだ何も知らない女子生徒のフリで通そうという腹積もりらしい。
反撃の意思は見えない。 勢いそのまま、続けて二度、三度と顔を殴りつけた。 栗色の髪を伝い、ぽたぽたと鮮血が流れ落ちる。
「やられた分の十分の一にも満たないが、これくらいにしてやる」 「ひっ……何、どういうこと……?」 「目的は果たしたってことだ」
話をしている間にも、パティの顔が赤く腫れ上がってきていた。 オズワルドを魅了してやまなかった愛くるしい顔は、見る影もない。 消えないような傷ではないが、舞踏会までの残り日数では治らない。
舞踏会イベントはこれでクリアできただろう。
(後始末で何度かループは必要かもな。顔を隠した方が良かったか。それとも、声をかけずに襲う方法も……)
次を考えながら、足早にその場を去ろうとする。
「どうして……どうしてこんな酷いことをするの?」
顔を抑え、パティがしくしくと涙を流す。 無視して立ち去ろうとしたが、次の言葉で自然と足が止まってしまった。
「私、何もしてないのに……」 「……は」
パティのその一言で、頭の中で何かの感情が爆ぜた。 それは怒りだ。 怒りは瞬く間に冷静な思考を燃やし尽くし、すべてを飲み込んだ。
くるりと振り返り、パティのところに戻る。
「何もしていない、だと?」 「げぅ!?」
戻った勢いのまま、無防備なパティの腹に蹴りを入れた。 顔をハンカチで抑えて見えていないパティは、一切の防御反応無くそれを受け、潰れた吐息を漏らす。
「どの口が言う」
そのまま立ち去ればいいのに。 長居すればするほど見つかる確率は上がるというのに、私は止まらなかった。 パティの腹を執拗に蹴り続ける。
「どの口が、どの口が、どの口が、どの口が、どの口が、どの口が、どの口が、どの口がッッ!」 「やめて……もう、許して……」
力ないフリをするパティ。 こいつのせいでお姉様の幸せな未来が潰されるというのに。 なのに、まるで自分が被害者かのように振る舞っている。
その事実が許せなかった。
「弱者のフリをするな! お前はアリート王国のスパイ、影魔法使いのパティだろうがッ!」 「おい、何をしている!」 「!?」
しまった、と気付いた時にはもう遅い。 警備の人間に意識を取られた私は、パティに突き飛ばされてしまう。
「助けて下さい! 襲われているんです!」
助けを求めるパティ。 一方は額から血を流し、一方は血の付いた石をまだ手に持っている。
いくらこの年齢は怪しまれにくいとはいえ、これは言い逃れができない。 パティの逆転勝利と、私の九回目の失敗が確定した瞬間だった。
「うっ、うっ……!」 「可哀想に」 「もう大丈夫だ。安心なさい」
警備の胸元に顔を埋めるパティ。 立場が逆転した後も、ただの女子生徒のフリを続けていた。 その様子を憎々しげに睨みながら、私はいつもの言葉を口にした。
「『戻れ――』」
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そこからさらに三度の失敗を経て確信する。 舞踏会が始まるその瞬間まで、パティは完璧な『普通の令嬢』を演じ続ける。 どれだけ挑発しても、どれだけ痛めつけても、決して本性を現さない。 舞踏会前にパティに干渉すれば、悪者にされるのはこちらだ。
奴が本性を現すのは、舞踏会の中でだけ。 奴を攻略できるのは、舞踏会の中でだけ。 しかし本性を現した奴は強すぎて倒せない。
絵に描いたような『詰み』状態に陥った。
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「どうしたらいいんだよ!」
さらにループを繰り返し、回数は間もなく五十回を超えようとしていた。 これだけ繰り返したにも関わらず、パティ攻略の糸口は未だ見つからなかった。 スパイの証拠を掴んでやろうと尾行したり、家捜ししたり、経歴を洗ったりもしてみた。 しかしスパイの痕跡は見つからなかった。
パティではなく、オズワルドに干渉する方法も取った。 お願いでは聞かなかったので、脅したり、パティを真似して誘惑してみたりと色々な方法を試した。
しかし、どう足掻いてもオズワルドはパティの魅力に屈してしまう。
八方塞がりで行き詰まっていたある日のこと。 中庭でオズワルドに呼び止められた。
当時、ほとんど関わりのなかったオズワルドとどういう経緯で会話することになったのか。 それすらも覚えていない。 ただ、とても機嫌が悪かったことだけは覚えている。
「おいお前! 僕の話を聞いているのか!」
私の反応が気に入らなかったのか、オズワルドが声を荒らげる。 腐ってもこいつはお姉様の婚約者。 私が粗相をすればお姉様に迷惑がかかる。
頭では理解していたのに――気付けば、オズワルドを池に突き飛ばしていた。
「あっ」 「ごぼぁ! 何するんだ!」 「すみません、つい」 「何が『つい』だ! 僕を何だと――ハックション!」 「汚な」 「誰のせいだと思ってるんだ! ハァーックション!」
ずぶ濡れになったオズワルドは、ぶるぶる震えながら私を睨み付けた。
「後でレイラに言いつけてやるからな! 覚えて――ックション!!」
(……やっちまったな)
脳裏に『戻る』という選択肢が浮かんだ。 しかし、ここまで時間を進めたのだから、挑むだけ挑もう、というある種のもったいない根性が活路を開いた。
オズワルドは池から落ちたことが原因で、その日から高熱を出し、舞踏会を欠席。 するとパティは、何の動きも見せなかった。
普通の令嬢として舞踏会に参加し、普通の参加者として終わる。 そして数週間後、静かに学園を去っていく。
長い長い苦闘の末に見つけた、たった一つの攻略法。 それは『オズワルドを舞踏会に出さない』という、拍子抜けするほど単純なものだった。
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以来、私はずっとこの方法で舞踏会イベントを回避し続けてきた。 いや、逃げ続けてきたと言ってもいい。 しかし、今回は逃げない。
「攻略してやる。舞踏会イベント。そして、パティ・アデライラ」
正面から向き合い、理解する。 それが、トゥルーエンドへの——お姉様の幸せへの道なのだから。
私は深呼吸を一つして、パティへと足を向けた。