最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#204 第3話「再調査」


 パティを仲間にする。  私の発言にぽかんとしていたノーラだったが、意味を咀嚼できたのか、ぽん、と手を打つ。

「そっか。仲間になってもらえたら自動的にオズワルドへの誘惑もなくなる。つまり」 「敵対理由の消滅。トゥルーエンドの条件を満たせる」

 トゥルーエンドの条件は『敵対勢力の敵対理由を排除すること』。  暴力ではなく対話での解決が重視されている。

 直近のイベントを振り返ってみよう。  浮気イベントでは父と母が和解し、親善試合イベントではセラが使用人となってくれた。  トゥルーエンドの条件をクリアするたび、お姉様を助けてくれる味方が増えていく構図になっている。

「敵対理由を消した結果、敵だった人が仲間になる。トゥルーエンドの条件を真っ向から満たそうとすれば、自然と『仲間にする』流れになるって気が付いたんだ」 「なるほど。それなら最初から仲間に誘う方向で進めた方がいい……ってことだね」 「正解」

 私がそこまで説明すると、ノーラは感心したようにパチパチと拍手を――夜なのでかなり控えめの音で――した。

「ソフィーナも成長したね。二言目には〇すとか言ってたのに」 「やかまし……いや、否定できないな」

 ノーラの言う通り、私は基本的に「敵は排除する」方を好んで選んでいた。  ぶん殴って、蹴り飛ばして、あるいは貶めて、お姉様の幸せという道から強制的に退かす。  排除に無理が生じた場合だけ「避ける」等の第二案を考えていた。

「私も成長したってことだ」

 ふふん、と少しだけ得意げに胸を張る。

「それで、どうやって仲間にするの?」 「それは………………これから考える」 「えぇ……」

 ノーラが、かくんと肩を下げた。

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 パティの概要はおおむね掴めているが、私の知る中に「どうやったら仲間にできるか」という情報はない。  そういう観点で彼女を見たことがないからだ。

 セラの時もそうだった。  フィンランディ家の中で孤立していたこと。  小説を心の拠り所にしていたこと。  あとは……意外なものが好物ということ。

 お姉様に害がない。  そこで思考停止して、彼女の考えや理念を知ろうとしなかった。

 私はもっと、パティのことを知らなくてはならない。  敵対理由を消すには、まず敵を深く知ることが先決だ。

 翌日から、パティの再調査を開始した。

「オズワルド様。ちょっとお友達と会ってきます」

 昼休みの時間を利用し、オズワルドの元を離れる。

「友達? お前にそんなものがいたのか?」

 何の悪気もなく失礼なことをのたまうオズワルド。  私の婚約者は今日も絶好調だ。  彼が絶好調ということは、私のイライラも絶好調ということだ。

 オズワルドが好みそうな表情を偽装し、ぷくっと頬をむくれさせる。

「私にもお友達の一人や二人くらいいますっ」

 誰とでも当たり障りなく仲良くなる程度の話術は心得ている。  本気を出せば友人の十や二十、簡単に作れる。  友人が少なく見えるのは、進んで広げるつもりがないからだ。

 どれだけ深い仲になろうと、ループしたらすべて「なかったこと」になってしまうから。

「好きにしろ。ただし、次の授業までには戻って来いよ!」 「もちろんです。それでは」

 オズワルドに向かって一礼し、そっと彼の元を離れる。  そのままパティの元へ――行く前に、くるりときびすを返し、一度来た道を戻る。

 先程まではいなかった数人の女生徒が、校舎の影に隠れながらオズワルドを見ていた。

「ねぇ。今がチャンスじゃない?」 「あの子が離れるなんてそうそうないよ。ほら、声かけに行こうよ」 「わ、私は見てるだけでいいから……」

 中庭の芝生に寝そべるオズワルドを見て、キャッキャと黄色い声を上げる女生徒たち。

 オズワルドは女生徒からの人気が高い。  外面だけ見れば相当に整った、凛々しい顔立ちをしているからだろう。  奴のことを心底嫌っている私ですら、見た目の良さだけは認めざるを得ない。  中身はクソガキだけどな。

「婚約者さんすっごい怖いんだよ。前もオズワルド様に声をかけた他クラスの人を泣かしたらしいし」 「そんなことでビビってたら貴族なんてやってられないわ」 「そうよ。恋愛は戦争! 隙を見せるほうが悪いのよ」

 Aルートでは、こういう輩がいるせいでオズワルドが目移りしてお姉様が嫌な目に遭うことがたびたびあった。  私は別に何とも思わないが、妙な方向にシナリオが逸れては敵わない。  イベントになりそうな芽は早めに摘んでおくに限る。

「二人がそこまで言うなら……私も勇気を出してみようかな」 「そうこなくっちゃ」 「それじゃ、合図したら一気に行くわよ。一、二の……」 「こんにちは」 「三ぁん!?」

 背後から声をかけると、女生徒たちは飛び上がった。

「私もお話に混ぜていただけますか」 「そ、そそそ、ソフィーナ様……」 「私のことを知ってくださっているんですね。光栄です、コレット・ファーレン様、イザベル・クライスター様、ルシェラ・ベルティエ様」 「どどっ、どうして私たちの名前を……!?」 「大切な婚約者のクラスメイトですもの。ちゃーーーーんと覚えてますよ」

 にっこりと笑顔を浮かべる。  だというのに、三人はまるで幽霊と出会ったかのように身を寄せ合ってガタガタと震え始めた。

「で、何のお話をされていたんですか?」 「あ……その……」 「で、何のお話をされていたんですか?」 「別に他意があったわけじゃなくて……」 「で、何のお話をされていたんですか?」 「その、クラスメイトとしての交流を図ろうと……」 「交流? おかしいですね。さっき恋愛は戦争とか聞こえたんですけど」

 三人にある程度近づいたところで、す――と表情を消す。

「まさかとは思いますが、オズワルド様とそういう関係になろうとしている……なんて考えてませんよね?」

 三人のうちの一人、一番威勢のいいことを言っていたイザベルの手を取り、指でそっと甲をくすぐる。

「もしそうだとしたら……」

 カリ、と爪で指を引っ搔くと、ヒッ、と短い悲鳴が喉から漏れた。

「めめめ、滅相もありません! ソフィーナ様という婚約者がいらっしゃるというのに、そんな不届きなことを考えるなんて! ねぇ!?」

 イザベルの問いかけに、二人はがくがくと首を縦に振るった。  雰囲気を明るいものに戻し、にぱっと微笑みかける。

「ですよね。失礼なことを言ってしまってごめんなさい」 「いえ、いえいえいえいえ! それだけソフィーナ様がオズワルド様に深い愛情を抱いているということですから!」 「それでは私たちはこれで!」

 ぱっと手を離すと、三人は脱兎のごとく逃走した。  ……よし。

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 普通科の校舎に移動し、パティを探す。

(確かこの時間にここを通るはず……いた)

 生徒たちがおしゃべりしながら行き交う渡り廊下。  その中に、お目当ての人物はいた。

 パティ・アデライラ、十四歳。  アデライラ伯爵家長女。  成績は中の中で、得意科目も苦手科目もない。  クラスでの立ち位置も同様、目立たず、かといって浮きすぎもしない。  友人関係は適度に保たれ、特定の派閥にも属していない。  栗色の髪を後ろで一つにまとめた髪型も、よくあるポニーテールで特徴とまでは言えない。

 どこにも特筆すべきものがない、ザ・普通の生徒。  それがパティだ。

 それは裏を返せば、特徴的な要素をすべて隠せているという、スパイとしての才能の証明でもある。  唯一、無理やり特徴を挙げるとすれば、彼女がアリート王国からの留学生ということだけ。

 実在しない家をでっち上げて潜入したきたのでは――と、過去に家族構成も調べたことがあった。  結果はシロ。アデライラ家は実在していた。  どこまで調べても粗が出てくることはない。

 渡り廊下を進んだ先の、日当たりの良いベンチにパティは腰掛けた。  持っていた包みを広げると、中身はサンドイッチだった。それを頬張りながら、友人と雑談を交えている。  完璧に作り込まれた『普通の女子生徒』の姿だ。

「……っ。いかん。落ち着け」

 身体の異変を感じ取り、胸に手を当てて深く呼吸する。  パティを見ていると自然と呼吸が浅くなり、汗が頬を伝い落ち、手が震えてしまう。  「パティ・アデライラ」という存在に、私の身体が明確な拒否反応を示していた。

 当然と言えば当然だ。  なにしろ彼女は、私が初めて二桁を超えるやり直しを強いられた『強敵』なのだから。

(こうしていると、あの日のことを思い出すな……)