最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#203 第2話「強敵」


 ハモンズ王立学園は将来を担う貴族に教育を施す学園であると同時に、神々が用意した遊戯の舞台でもある。  その関係もあって、学園の大きな行事ごとではイベントが起きやすい。  特に舞踏会は多くの人間が入り混じることもあり、複数のイベントが連続して発生する。

 お姉様を気に入らない令嬢が言いがかりをつける――とか。  お姉様のことが気になった男が言い寄ってくる――とか。

 舞踏会中に起こるイベントは十一個ある。  そのうち十個は簡単に防げる。  きちんと対策さえしていれば、お姉様を守ることはそう難しくない。  しかし、たったひとつ。  たったひとつだけ、私が攻略を諦めたものがある。

 そのイベントの内容は、こうだ。  とある女生徒がオズワルドを籠絡し、クレフェルト王国の情報を持ち去っていく。

 オズワルドが情報を流したからといって、すぐに破滅がやってくるわけではない。  しかし、先の未来で確実にお姉様の命を脅かす。

 オズワルド経由で漏れた情報は、数年かけてじわじわと効いてくる。  外交交渉での不利。軍事的な裏目。貴族同士の信頼関係の崩壊。国内情勢不安。そして戦争。  さながら遅効性の毒のように、忘れた頃に巡ってくる。  そして気付いたときにはもう遅い。

 そう。  今回のイベントの鍵を握るのは、オズワルドなのだ。

「すぴー」 「……」

 今、私の膝で間抜け面を晒しているコイツをスパイから守らなければならない。  それができなければトゥルーエンドの道は開かれず、お姉様に幸せな未来は来ない。

「ぷぴー」 「…………おっと。いけないいけない」

 自然と固く握っていた手のひらをゆっくりと解く。  あのまま寝顔を見ていたら、無意識に拳を落としてしまいそうだ。  オズワルドが好みそうな声音と表情を作ってから、優しくオズワルドを揺さぶる。

「オズワルド様。そろそろ学園につきますよー」

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 既知のイベントではあるものの、私の知識はそれほど役に立たない。  Aルートを通っていた頃と、私もお姉様も立ち位置が変わっている。  起こることは確定していて、概要だけは掴めている――くらいのスタンスで挑んだ方がいいだろう。  ……さすがに浮気イベントほど様変わりしていることはない、と思いたい。

「お待たせ、ソフィーナ」

 その日の夜。  部屋で一人月を見上げていると、抜き足差し足でノーラが部屋にやって来た。  既に専用の隠し通路を知っているのに、あまりそちらを使おうとはしない。

「抜け道を使えばいいのに」 「そっちは緊急用だよ。この時期は虫もいるし……」

 お姉様ほどではないが、ノーラも虫はあまり得意ではないらしい。

「居るって言っても蜘蛛かゲジゲジだけだろ。どっちも益虫だぞ」 「そういう問題じゃないよ。ていうかソフィーナ、どうして虫平気なの?」 「お姉様に害がないから」 「基準そこなの!?」

 いつものように雑談を交えつつ、話を本題に移行させる。

「前もって舞踏会の概要は伝えているが、日も近づいてきたから改めておさらいだ」 「うん」 「スパイによるオズワルドへの色仕掛けを防ぎ、情報漏洩をさせないこと。これが今回の内容だ」

 言いながら、ノートにニホンゴを書いていく。

「誰がオズワルドに言い寄るのかは分かってるんだよね?」 「ああ。犯人は普通科のパティ・アデライラ。普通の学生なんだが、その正体は隣国のスパイ。舞踏会後半、オズワルドを人気のない裏のテラスに誘導し、そこで言葉巧みに誘惑。パティの魅力にあっさりハマったオズワルドは、アレックスとエルヴィス陛下がしていた話を伝えてしまう。それが巡り巡って、戦争の火種に……!」 「ソフィーナ、筆圧強いよ。ペン先が潰れちゃう!」 「っと、すまん」

 ノーラに止められて我に返ると、ノートがくしゃくしゃになっていた。  口にしただけでオズワルドの迂闊さに腹が立ってしまい、それがペンを通して漏れ出てしまったようだ。

「犯人が分かってるなら、どうして今の段階で捕まえないの?」 「捕まえられないんだ」

 パティは自分とオズワルドが舞踏会に参加した時のみスパイとして動く。  それ以前は至って普通の学生で、どれだけ洗っても証拠は出てこない。

「ノーラの案でイベントクリアを目指した時もあったよ。四六時中パティを尾行して、部屋をひっくり返す勢いで家探しをして、ボロを出させるために喧嘩をふっかけたこともあった……も、もちろん、もうする気はないぞ」

 渋い顔をするノーラに、慌てて弁明を付け加える。

「諦めたってことは、ダメだったんだよね?」 「ああ。私が頭のおかしい奴と思われただけだった」

 舞踏会前にパティの正体を暴く術はない。  自然と解決は舞踏会中、現場を押さえるしかなくなるのだが……。

「これも難しいんだ」 「どうして?」 「強いんだよ。あの女」

 少なくとも十二歳時点の私では、どうやっても勝てる相手じゃない。

「警備兵をあらかじめ呼んでおく……とかは?」 「私が試してないと思うか? 誰も信じてくれなかったよ」

 このイベントを難攻不落にしている要因は複数ある。  パティの普段の偽装が完璧すぎること。  パティの戦闘能力が高いこと。  そして何より――。

「あのバカがちょろすぎることだ! 初対面の女にちょっと迫られたくらいでほいほいついて行きやがって!」 「ソフィーナ声抑えて、声」

 しー、と注意される。  ざわつく心を抑えるため、私は数回深呼吸を繰り返した。

「すまん。オズワルドのことになると、どうも冷静さを欠いてしまう」 「仕方ないよ。婚約者が他の人になびいたら、私でも怒るもん」 「違う、そうじゃない」

 私が怒っているのは、オズワルドが迂闊に口を滑らせてお姉様を殺す遠因になっていることだ。  他の女になびくこと自体はどうでもいい。

「そういえばソフィーナはオズワルドが側室を持ちたいって言ったらOKするって言ってたね……」 「そもそも好きで婚約者になった訳じゃないからな」

 私がオズワルドの婚約者になったのは大多数の貴族と同じく打算だ。  お姉様の邪魔にならないよう、私自身が奴の首輪になること。  それ以外の感情は持ち合わせていないし、お姉様の迷惑にならないことなら何でも自由にしてもらっていい。

「今も気持ちに変化なし?」 「あるわけないだろ」 「……」

 何だその微妙な顔は。

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「話をまとめるぞ」

 逸れた話を元に戻すため、私は手をぱちんと叩いた。

「舞踏会の前にできることはない。以前まで講じていた策は使えない」

 発生してしまえばクリア不可能なイベントだが、対策はとても簡単だ。  パティはオズワルドが舞踏会に参加したときスパイとなる。  逆に言えば、オズワルドが欠席すれば何もしないまま、数週間後に自主退学する。

 この性質を利用し、舞踏会の日はオズワルドを部屋に閉じ込めたり、冷水をかけて風邪を引かせたり、ゴロツキを雇って誘拐させたり、馬車を壊したりして参加させないようにしていた。  しかし今回はそれができない。

「正面から立ち向かわないと、トゥルーエンドの条件が満たせないもんね」 「ああ」

 オズワルドを欠席させるという選択肢は、最初から奪われている。  舞踏会に出席させた上で、スパイへの情報漏洩を防がなければならない。

「今のソフィーナがお願いすれば、何も話さないようにできるかな」 「無理だな」

 それができれば話は早いが、パティは言葉巧みだし、色仕掛けもうまい。  オズワルドがどういうタイミングで相槌を打つと喜ぶのか、どういう声音が好きなのか、どういう角度でボディタッチすれば鼻の下を伸ばすのかまで、完璧に理解している。

「オズワルドがパティの誘惑をはね除けたことは一度もない」

 多少の時間差はあれど、最終的にはいつも落とされている。  オズワルドにどう働きかけようと、阻止することは不可能だ。

「じゃあどうしよう。うーん、オズワルドの身代わりを立てる……とかは無理だよね」

 考えが煮詰まってきたようで、ノーラが頭を抱え始める。

「ひとつ、考えがある」 「なに?」 「オズワルドじゃなくて、パティの方に働きかける」 「え? けど、ボロは出さないし、力尽くでは無理なんじゃないの?」

 これまで私は「どうやってねじ伏せるか」ばかりを考えてきた。  しかしBルートに進み、ノーラと出会い、敵を排する新たな方法を会得している。

「パティを仲間に引き込む」