「オズワルド様。どうしたんですか」 「どうしたもこうしたもあるか! 毎日毎日遊び歩きやがって!」 「誤解を招く言い方は止めてください。ひとまず落ち着いて……」 「落ち着いていられるかぁ! 婚約者の癖に僕を蔑ろにして、余所で楽しんでいるんだろう!?」
どうやらパティの所に行っていることを「自分は後回しにされている」と感じているらしい。 昼休み以外ではちゃんとオズワルドを優先しているので大丈夫だと思っていたが、気に食わないようだ。
(昼休みくらい好きにさせろよ)
こめかみに浮かんだ青筋を前髪でうまいこと隠しつつ、オズワルドをなだめにかかる。
「オズワルド様。聞いて下さい。オズワルド様を蔑ろにしているつもりなんて全くありません」 「嘘つけ!」 「本当です。私はいつも心の底からオズワルド様を想っています」
久しぶりの純度百%の嘘。 嘔吐きそうになりつつも、それを隠すように深く頭を下げる。
「ですが、そのように感じられたのなら謝ります。ごめんなさい」 「……」 「初めてお友達ができて、少し舞い上がってしまウプ」 「うぷ?」
頭を下げたせいだろう――胃から酸っぱい液が逆流してきて、むせてしまった。 慌てて胃液を元の場所に押し込む。 嚥下した拍子に、ちりちりと喉を焼く不快感を覚えつつ、なんでもないように続ける。
「すみません。オズワルド様を不安な気持ちにさせてしまったことで罪悪感がいっぱいになって、言葉に詰まってしまいました」 「当然だ!」
腕を組んでふんぞり返るオズワルド。 機嫌が上向きになっている印だ。
両手を祈るように合わせ、うるうるした瞳で許しを乞う。
「愚かな婚約者でごめんなさい。どうか、どうかお許しいただけないでしょうか」 「………………仕方ない! 許してやろう!」 「ありがとうございますオズワルド様! 寛大! 寛容! 温厚!」 「当然だ! 僕は器が大きいからな! はぁ~はっはっは!」
適当に褒めてやると、オズワルドは一転して気分よく笑い声を上げた。
…………しんど。
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オズワルドの機嫌はどうにかできたが、大きな代償を払うことになってしまった。 パティの元へ行けなくなったこと。
これに関しては様子を見ながら間隔を改めれば大丈夫だろう。
問題はもうひとつ。 校内に流れ出した私の噂についてだ。
「聞いた? ソフィーナ様の話」 「ええ。オズワルド殿下を差し置いて男遊びをしているらしいわね」 「そうなの? てっきりソフィーナ様はオズワルド殿下一筋かと思っていたわ」 「中庭で殿下が声を荒らげていたのよ。寡黙な殿下があそこまでお怒りになるなんて、男遊びとしか考えられないわ」
先日の癇癪騒ぎ以降、「ソフィーナは男遊びでオズワルドの怒りを買った愚かな令嬢」という噂が流れた。 私にとってオズワルドの癇癪はもはや日常だが、そうでない者にとっては初めての出来事だ。 邪推が邪推を呼び、おかしな方向に噂が転がっていく。
「殿下に近付く者は威嚇しながら、自分は遊び呆けるなんて」 「なんてふしだらなの。信じられない」 「公爵令嬢だからって何でも許されると思ってるのかしら」
これを止める術を、私は持ち合わせていなかった。
「私がちょっと構わなかったから癇癪を起こした」 「私が男遊びをしていることに気付いて怒った」
オズワルドのことを知らない人間からすれば、後者の方がよほど信憑性が高く感じられる。
陰口を叩かれる程度はどうでもいいのだが、今に限って言えば非常にマズい。 「婚約者が奔放なんだから、オズワルドに言い寄っても大丈夫だよね」と、オズワルドを狙う令嬢が増えてしまった。 『お話』しても、「あんたもやってるでしょ!」と言い返されることも増えた。
舞踏会も近いというのにこの状況は非常によろしくない。 オズワルドに言い寄る、よからぬ輩はパティだけじゃない。 そういう奴を封じ込めるために相思相愛を演出していたのに、全部水の泡だ。
ここのところ、失敗、の二文字が頭を何度もよぎってしまう。 以前の私だったら、オズワルドが怒鳴った時点でループしていたかもしれない。 それでも歯を食いしばって耐えているのには、理由がある。
「ソフィーナ」 「お姉様っ」
オズワルドと一緒に校内を移動していると、お姉様に呼び止められる。 お姉様の後ろでは、セラが番人のように佇んでいた。
「学園の中でお会いするなんて珍しいですね」
普通科と魔法科の生徒は根本的に時間割が違う。 校舎も離れているため、会うことはおろか、すれ違うこともほとんどない。
「ちょっと変な噂を聞いたから。気になって来たの」 「……あはは。お姉様の耳にも入っちゃいましたか」
私とは正反対に、お姉様を取り巻く状況は非常に良い。 大好きな魔法を学園と優秀な家庭教師の元で学び、仲の良い友達ができて、周囲の環境にも溶け込めている。
私がループを渋る要因はこれだ。 基本的にお姉様を取り巻く環境は――私の経験上――悪い方向に行くようになっている。 今が「偶然すべてがうまい具合に転がってくれただけ」という可能性は高い。
だから、完全な失敗――例えば、パティのスパイ活動を止められなかった場合など――になるまで、ループはなるべく控えたい。
「お恥ずかしい限りです」 「相談してくれたらよかったのに……」 「いえいえ。お姉様の手を煩わせることでもないので」 「ソフィーナ……あなたって子は」
お姉様は眉を下げ、優しく私の頬を撫でてくれた。 そのあと、オズワルドへ咎めるような視線を向ける。
「オズワルド。ソフィーナに甘えるのはやめなさい」 「僕は悪くないぞ! ソフィーナがほったらかしにするから悪いんだ」 「はぁ?」 「お姉様お姉様。どうどう」
髪の毛が逆立ちそうな怒りの気配を感じ、止めに入る。
「あなた何歳なの? いい年にもなって『ほったらかされたから』癇癪を起こすなんて。子供の頃と何も変わってないじゃない」 「婚約者が僕を一番に考えるのは当然だろう!」 「何にも分かってない」 「なに?」 「ソフィーナがあなたのことをどれだけ考えているか、何にも分かってないって言ったのよ」 「お姉様お姉様。ステイステイ」
止めに入る私をものともせず、オズワルドに迫るお姉様。 声こそ荒らげるような真似はしないが、瞳の中には炉のような激しい炎が渦巻いていた。
「ソフィーナに婚約者の座を譲ったこと、今では後悔しているわ」
ぎゅ、と私を守るように抱きしめてくれる。
「私があなたの婚約者のままだったら、ソフィーナをこんな気持ちにさせることなんてなかった。あんな下らない噂が流れることも許さなかった」 「噂? 何の話だ」 「……もういいわ」
お姉様は私の手を、ぎゅ、と繋いだまま、くるりときびすを返した。
「おい! ソフィーナをどこへ連れて行くつもりだ」 「あなたが頭を冷やすまで私が預かるわ。その間、反省していなさい」 「勝手なことをするな! ソフィーナは僕の婚約者だぞ!」 「その前に私の妹なの。妹を悪い環境に置いておくなんてできない」
オズワルドとお姉様の間に、見えない火花を幻視した。
「ソフィーナ! こっちに来い!」 「いえ、えっと……」
戻るのが正解だろう。 オズワルドを手元に置き、令嬢達から守らなければならない。
頭では分かっていながら、私はお姉様の手を離すことができなかった。 オズワルドとお姉様を選べと言われたら、私は迷わずお姉様を選んでしまう。 たとえそれが間違いだったとしても。
私が返事にまごついていると、オズワルドはそれを拒否と受け取ったようだ。
「……なんだよ。結局僕の元から離れるのかよ」 「オズワルド様。これはその」
オズワルドは私の言い訳から耳を塞ぐように、くるり、ときびすを返した。
「もう知らん。勝手にしろ!」