最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#209 第8話「様子見」


「――てな事になった」 「そうだったんだ……」

 その日の夜、ノーラに事の経緯を説明すると、彼女は神妙に頷いた。  派手な反応はなく、どちらかと言うと「やっぱり」という意味合いの方が強い。

「あんまり驚かないんだな」 「なんとなくレイラの様子がちょっと違うなって思ってたから。晩ご飯の時とか、ずっとソフィーナに構ってたし」

 今日の夕食、お姉様に話しかけられる回数がいつもより多かった。  私しか気付いていないものだと思っていたが、ノーラも違和感を覚えていたらしい。  ……なんだかお姉様への理解度が追いつかれそうな気がして、ちょっとだけ悔しい。

「この時期にオズワルドを見張れないのはマズくない?」 「ああ」

 舞踏会の日が迫っている。  当日もそうだが、前の日もヒヤリとするイベントは多く用意されている。  こっそり会いませんか?――といった逢い引きのお誘いだ。

 私が傍にいない今、令嬢たちはオズワルドにアピールし放題。  女好きのあいつがそれをはね除けられるとは思えない。

 パティ云々の前に失敗ルートに入ってしまう。

「ここまで事態が悪くなったなら、戻るしかないか……」

 ずっと踏み留まっていたが、ループを使うしか現状を打破する方法が思いつかない。  次もお姉様の状況が今のままでありますようにと願いながら、私は目を閉じた。

「――」

 ループの合図は私が死ぬか、意思を持って『戻れ』と言った時だけ。  それ以外に条件はない。

 だがなんとなく、その言葉を言うときは目を閉じることが癖になっていた。

「『戻』――ふぐっ」 「待って」

 いざその言葉を口にしようとした瞬間、ノーラが手で口を塞いだ。  世界をある時点に戻す魔法の呪文が、意味不明な言葉に化ける。

「なにするんだっ」 「ごめんごめん。けど、あと一日だけ戻るのは待ってみない?」 「どうして」 「オズワルドがどういう反応をするか、確認した方がいいと思って」

 ノーラの主張はこうだ。  お姉様と婚約していたルート――便宜上、私がAルートと呼んでいる――のオズワルドは、令嬢たちのお誘いにホイホイ乗っていた。  しかし、Bルートのオズワルドが誘いに乗るかはまだ分からない、と。

「いや乗るだろ。あいつは女好きなんだから」 「本当にそう?」

 記憶を辿るように中空を見上げるノーラ。

「確かにオズワルドはワガママだし、すぐ怒るし、難しい感じはしたけど。女の子になびくようには見えなかったよ。ソフィーナに懐いてたし」 「そんなワケ……」

 すぐさま反論しようとして、ふとノーラの顔を見つめる。

(そういえばあいつ、ノーラと会っても何の反応もないな)

 平民離れした顔立ちのノーラを前にして、口説いたり、はべらせようとしなかった。  Aルートのオズワルドなら、間違いなくこう出るはずだ。

 ――気に入った! 僕の第○夫人にしてやろう!

 神が定めた物語の登場人物「ヒロイン」と「攻略対象」という関係なのに。

(いや、それはノーラが選ばなかったからじゃないか?)

 ノーラはエドという攻略対象を「選択」している。  だからオズワルドも反応を示さない。  そういう解釈もできる。

 ……いや待て待て。  たとえそうだったとしても、オズワルドの性格ならノーラに何かアプローチをかけるはずだ。  それがない、ということは。

 オズワルドの中で何らかの「変化」が起きていると考えるのが自然、か……?

「ソフィーナ? おーい」

 私の前で手をパタパタと振るノーラに、長考の末、ようやくまとまった結論を出す。

「……ない、とは言えないな」 「ね? だからあと一日だけ、様子を見てみない?」 「……」

 Aルートのオズワルドはお姉様に注意を受けつつも自由気ままだった。  Bルートのオズワルドは私が血管ぶち切れそうになりながらも、ある程度は正しい方向に導けている。はず。

 両者は同じ人物ではあるが、育ってきた道筋がまるで違う。  Aルートのオズワルドの印象に引っ張られて今のオズワルドを見ない、というのも確かに早計……かもしれない。

 しかし……オズワルドが、たった数年の教育で変わるか? という疑問がどうしても拭えない。  女好きな面が表に出る機会が遅れているだけで、今後も出ないとは断言できないし。

(あれこれ考えても仕方ないな)

 Bルートのオズワルドの「結果」を見ていない今、ここで頭を悩ませても仕方ない。

「分かった。もう少しだけ様子を見る」

 ▼ ▼ ▼

 翌朝、オズワルドの迎えはなかった。  へこたれずに来る可能性も考えていたが、お姉様の説教が効いていたのかもしれない。

「ソフィーナ。しばらく家でゆっくりしてなさい」 「……ありがとうございます。そうしますね」

 お姉様とセラが乗る馬車を見送る。

(ごめんなさい、お姉様。ソフィーナは嘘を付きます)

 心の中で謝りながら、私は屋敷に戻った。  勉強と魔法の訓練をしてから、頃合いを見計らってノーラを連れて外へ出る。

「おやソフィーナ様。お出かけですか?」 「はい。せっかくのお休みなので」 「また例の露店街ですかい?」 「ええ。掘り出し物があったら買いたいなと思って」 「お気を付けて」

 守衛さんと二言三言、言葉を交わしてから門の外へ出る。

「アリバイは頼んだ」 「うん。二人で一緒に露店街を見回ってたってことにするね」

 門を出てから、ノーラは下町への道を進む。  そして私は――学園へと向かった。

 ▼

 手はず通り学園に潜入する。  潜入、と言っても大それた変装は必要ない。  髪型を弄り、帽子で軽く顔を隠しておけば、私だとバレることはない。  こういう時、モブ顔は有利だ。

 誰にも気付かれることなく食堂へ移動する。  さすがにオズワルドにはバレそうなので、彼からは見えない位置でこっそりと様子を伺う。  時刻は昼時。いつもならオズワルドは私と食事している頃合いだ。

(いた)

 食堂の奥、中庭が見える見晴らしの良いテーブルにオズワルドの姿があった。  対面の座席には誰もいない。  てっきり適当な令嬢を誘って楽しくやっているのかと思ったが、違ったようだ。

 ノーラの言っていたことが当たっていた……?

(いや、これだけで決めつけるのは早い)

 確信が持てなかったので、もうしばらく様子を見ることにした。

 昼食が終わり、廊下をずんずんと歩くオズワルド。  彼を知らない人が見ても分かるほどあからさまに機嫌が悪い。

「おや、オズワルド殿下。今日はお一人ですか」 「あん!? ――と、キュリアス先生」

 睨み付けた先にいたのは、臨時講師のキュリアスだ。  男性にしては長い髪と知的さを感じさせる眼鏡をかけ、怒ったところを見たことがないほど温和な性格をしている。

 キュリアスはオズワルドの態度にも意に介した様子はなく、話を続ける。

「今日はあの元気な婚約者さんはお休みですか?」 「ええ、まあ。はい」 「なるほど。それで虫の居所が悪いといったところですか」 「いやいや! 僕は別に機嫌悪くありません! 仮にそうだったとしても、あいつとは何の関係もありません!」 「そうですか。では、そういうことにしておきましょう」

 にこ、と大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべ、キュリアスは去って行った。

「くそー! なんだあの教師!」

 中庭に移動したオズワルドは、植えられた木をゲシゲシと蹴っている。  私のすぐ近くで、私と同じようにオズワルドの様子を見ていた令嬢たちがひそひそと話し合っている。

「見て、オズワルド様が木を蹴っていらっしゃるわ」 「きっとソフィーナ様の男遊びに心を痛めておられるのね」 「なんておいたわしい……」

 誰が見ても奇行だったが、一応の理解は周囲から得られているようだ。  代わりに私の評判がさらに落ちているが……まあいいや。

「私が慰めて差し上げなくちゃ!」 「いえ、私が……!」 「ずるいわ、私が先よ!」

 令嬢たちが我先にと、オズワルドの元へ駆け出す。  いつもなら止めに入るところだが、今回だけは行く末を見させてもらおう。

「オズワルド様。どうかされましたかっ」 「私で良ければお話を伺いますわよっ」 「ソフィーナ様のせいでさぞかし心を痛められ――」 「あぁん!?」

 私の名前が出た瞬間、オズワルドが令嬢たちをギロリと睨んだ。

「お前ら今、ソフィーナって言ったか?」 「私は言ってません! この子が!」 「私も言っていません! この子が!」 「ひっ」 「どいつだろうと一緒だ! 今、僕の前でその名前を言うな!」

 令嬢たちを威嚇するように、足を地面から離し、強く踏みつける。

「しし、失礼しましたぁ~!」 「…………ふん!」

 不機嫌さを隠すことなく、オズワルドは芝生の上にゴロンと寝そべった。

 ▼ ▼ ▼

 下町でノーラと合流し、久しぶりとなる橋の下で見聞きしたことを共有する。

「――という感じだったぞ」 「うーん……判断が難しいね」

 ノーラは腕を組み、唸った。

「女の子達を追い払った理由がソフィーナに懐いていたからなのか、ただ単に機嫌が悪かっただけなのか」 「私は後者だと思うがな」

 Aルートの頃よりは多少ましになっているとは思う。  だが、人間の性根はそう簡単には変わらない。

 日を改めれば令嬢たちになびく現場を見られるだろう。  それを確認してから戻ろう。

「もう少し様子を見る」

 しかし、私の予想に反し、オズワルドが令嬢の誘いに乗ることはなかった。  私に懐いていたから――ではなく、ずっと機嫌が悪いままだったから。

 結局、令嬢になびく現場を見られないまま、舞踏会の前日になってしまった。  今日は舞踏会に着る衣装を合わせるため、どうしても顔を合わせる必要がある。


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