最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#213 第12話「二者択一」


 人混みを掻き分けながら、オズワルドを探す。  腐っても数年――ループ時間を含めれば数十年――傍で過ごしてきたんだ。  ある程度人混みに紛れていてもすぐに見つけられる。

 しかし、この場において奴を見つけ出すのは困難を極めた。  なにしろ人が多い。  普段なら広いとすら感じられる舞踏館の中が、今は狭く感じられるほど人が密集している。

 髪色で見分けようと思っても、貴族は似た系統の明るい色が多い。  逆に暗い色だったらすぐに分かったのに……。  捜索を困難にしている要素はもう一つある。

 私の身長だ。

 入学前だからということを差し引いても、私の身長は低い。  そのせいで生徒たちがまるで壁になっているかのように、遠くまで見渡すことを拒んでいた。

 最長で二十歳まで生きたことがあったが、それでも今より少し大きくなる程度。  父も母もお姉様もみんな身長があるのに、どうして私だけ……。

(焦るな。まだ時間はある)

 Aルートでパティがオズワルドを籠絡するのは――多少の前後はあるが――舞踏会の中盤以降。  一番早い時間で見積もっても、あと一時間は余裕がある。

 加えて、パティには「オズワルドは会場を出た」と伝えている。  あれが攪乱になってくれていれば、さらに時間に余裕はできる。はずだ。

 身長も、高いところから見下ろせば問題ない。

(二階に移動しよう)

 舞踏館はメインホールとなる一階と、二階がある。  吹き抜け構造になっているため、見下ろせば視界は確保できる。  一階にいないことを確認した後、すぐに二階の捜索にも取りかかれる。

 踵を返し、二階への階段へ足先を向けた。  同時に、背後から私を呼ぶ声がかかった。

「ソフィーナ?」 「お姉様……」

 いつの間にか背後にいたお姉様は、視線を左右に動かしてから、小首を傾げた。

「オズワルドは?」

 ▼

 深い青のドレスの裾を揺らしながら、お姉様は一歩、また一歩と私に近付いた。  学園ではいつも一緒に居るはずのセラの姿はない。  専属使用人であれば同行はできたが、お姉様が連れて来なかったのだ。  たぶん、セラとセラの元家族が鉢合わせする可能性を心配しての処置だろう。

 花をイメージした銀の髪飾りと青い硝子をはめたイヤリング。  私が「絶対に似合います!」と推薦した組み合わせだ。

 お姉様のイメージにぴったり合うと同時に、私が隣に立ってもお姉様を邪魔立てしない色合いになっている。  モブがお姉様より目立つ服なんて、あってはならないことだからだ。

 何事もなければ麗しいドレス姿のお姉様を堪能する所だったが――今は間が悪い。

「オズワルド様は……その、はぐれてしまいまして」 「はぐれた? この短時間で?」

 そんなはずがない、とお姉様の目が言っていたが、すぐに首を振る。  髪飾りとイヤリングが、しゃらん、と涼しそうな音を立てた。

「……いえ、あいつのことだからその可能性は十分ありえるわね……」

 オズワルドへの信頼感の欠如が、私の嘘の信憑性を高める手伝いをしてくれていた。

「私が悪いんです。ほんのちょっと目を離してしまって」 「子守をしてるんじゃないんだから、あなたが謝ることじゃないわ」

 お姉様は私の頭を、髪型が崩れない程度にそっと撫でてくれた。

「見つけたらキツーーーーーーく言っておくわ」 「お姉様にそこまでしていただかなくても」 「いえ、言わせて頂戴」

 柔らかく、しかし有無を言わせない力強さを含んだ声で続ける。

「この間言った程度じゃ全然反省してないようだから、しっっっっっかり分からせないと。私の大事なソフィーナに、どれだけ心労をかけているかを」

 心配してくれる気持ちは嬉しい。  嬉しいが、お姉様の笑顔が怖い。

 お姉様とパティよりも早くオズワルドを見つけないと、とんでもないことになりそうだ。

「それでは、私はこれで」 「ソフィーナ」

 踵を返す私に、お姉様が声をかけた。

「どうしました?」 「……オズワルドを好きな気持ちは今も変わっていない?」 「もちろんです」

 あいつと私が婚約したおかげで、お姉様は何のストレスもなく幸せなルートを進んでいる。  それだけでどんな理不尽だって耐えられる。  私の回答に、お姉様は複雑そうな表情を浮かべた。

「……そう」 「オズワルド様が見つかったら、私にも場所を教えてくださいね。それでは」

 お姉様に一礼し、私は二階に続く階段を登った。

 ▼

 二階席はホールよりもさらに暗い照明に設定されていた。  一階は意中の相手を探す出会いの場。  二階は口説いた相手と、より親密になる場――という設定らしい。

 転落防止用の柵の隙間からホールをくまなく探したが、オズワルドらしき人物は見つからなかった。

(ってことは、二階ここにいる可能性が高いか……)

 照明の関係で顔も近付かないと分かりづらい。  隠れるには打ってつけ、という訳だ。

 周辺を見渡しつつ、二階をぐるりと回ろうとしたが。  思わぬ邪魔が入った。

「これはソフィーナ嬢」 「おや、殿下はご一緒ではないので?」 「よろしければ僕と一曲いかがです?」

 男子生徒たちだ。  オズワルドとの仲は既に噂が回っていて、舞踏会でも行動が別。  ならば口説いても構わないだろう――といったところか。

 口説く、と言っても本命ではなく、二人目愛人三人目遊び相手としてだろう。

「お誘いありがとうございます。ですが先約がありますので」

 心の中で唾を吐きつつ、にっこり、と笑って誘いを避ける。  大半はそれであっさりと引き下がってくれるが、中には食い下がってくる奴もいた。

「でしたら、次の機会に食事などいかがでしょうか。実は以前から、ずっと素敵な方だと思っておりまして……!」

 はいはい。  見え透いたお世辞を並べ立てる男子生徒の手をするりとかわす。

「申し訳ありません。約束があるので」

 かわした手を、さらにガシッと掴まれ、男子生徒が顔を寄せてくる。

「ぼっ、僕なら必ずあなたを幸せにしてみせます! 殿下よりも!」

 しつこいな。  苛立ちを顔に出さないよう注意しつつ、やんわりとその手を解いた。

「ありがとうございます。ですが、そのお気持ちは受け取れません」

 膝から崩れ落ちる男子生徒にカーテシーをしてから、オズワルド捜索を再開する。

(マズいな。時間がない)

 男子生徒たちに足を止められた分、捜索は遅れに遅れていた。  安全な時間が終わり、いつオズワルドがパティに誘い出されてもおかしくない時間となってしまった。  時間が溶けていく。焦りだけが積もっていく中、必死に首を回していると。

(いた!)

 私と同じ色合いの衣装に身を包んだ、見慣れた後頭部を発見した。

「オズ……!?」

 声を出そうとした喉が、痙攣したように止まる。  オズワルドの斜め後ろに、パティがいたからだ。

 会場を出たという話を信じていたら、この早さで見つけることはできない。  はじめから嘘だと見抜かれていたようだ。  パティは何かを話しかけながら、オズワルドを外へ、外へと導いている。  道の先は――舞踏館の裏に位置するテラスだ。

 状況は確実に舞踏会イベントの始まりを意味している。  ただ、この時点でパティの動きを見られたのは僥倖だ。

 先回りして有利な位置を陣取った状態で秘策を使えば、パティを制圧できるかもしれない。  スパイの証拠を掴んで窮地を救ったとなれば、オズワルドも私を見直し、仲を修復できるかもしれない。

 私史上初、たった一度の挑戦でクリアできる条件が揃っていた。

 覚悟を決めて踏み出そうとしたその時。

「離してください!」

 階段の方から悲鳴が上がった。  そう聞こえたのは私だけらしい。  舞踏会の喧噪に混ざっているせいで他の誰も反応せず、それぞれ談笑に集中している。

 あまりに無反応なので聞き間違いかと思ったが、違う。  私がを聞き間違えるはずがない。

 声のした方に視線を降ろすと、お姉様が誰かに腕を引かれて階段を登っているところだった。  手を引く人物には見覚えがあった。

 長身で、青白い肌をした青年。  見る者を魅了する整いすぎた顔立ちなのに、表情が抜け落ちているため抱く印象は「怖い」が先行する。

 セヴェリウス・フィンランディ。

 人を人とも思わないフィンランディ一族の長兄。

(なんであいつがお姉様と……!?)

 セヴェリウスとお姉様が関わったことは、これまでのシナリオにはなかった。  なのにどうして今、こんなタイミングで?

 混乱を加速させるように、私の目の前に、他の者には見えない窓が開いた。

 『オズワルドを追いかけますか?』   はい   いいえ


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