最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#212 第11話「変化」


「嫌だ嫌だ! なんでお前なんかと!」

 舞踏会当日も、当然のようにオズワルドの機嫌は最悪だった。  ――婚約済みの両者は舞踏会入場の際、一緒に会場入りしなければならない。  そのルールに則り、腕を組もうとしたらこれだ。

「僕は一人がいいんだ! お前が先に行けよ!」 「ダメですよ。決まりなんですから」 「うがー!」

 あの美麗な衣装に身を包みながら不細工なタップダンス地団駄を踊っていた。  服装のみならず髪型もビシッと整えられていてカッコいい分、昨日より落差が激しく、余計不格好に見えた。

 こいつに夢中になっている令嬢たちが見たら一瞬で冷めるくらいにはダサい。

 私も髪型を本番用にまとめているが、前髪の一部は下ろしたままにしている。  全部上げてしまうと、昨日オズワルドに付けられた傷が見えてしまうからだ。

「なんでそんなルールがあるんだよ!」 「私に言われましても……」

 厳密に言うと、会場入りのルールは強制力のないものだ。  「婚約者なら一緒にいるのが普通だよね?」という至極当然の話から、「会場入りは一緒に」というふわっとした決まりのができている、というだけだ。

 従わなくても罰則はないが……見えないペナルティは存在している。  会場入りのルールについては誰もが知っている。  そんな中で別々に会場入りしたとなれば……事実上、関係が冷め切っていると周囲に宣伝して回るようなものだ。

 今回はもう『詰み』なのだから、ルールもオズワルドも無視してもいい。  しかし、万が一ということもある。

 もし、用意した秘策がパティに通用したならば、舞踏会イベントの難易度は格段に下がる。  パティを撃退し、オズワルドの機嫌をうまく取り直させられたら――お姉様の環境を良いままで固定できる。  僅かでも可能性が残っている今、その芽を摘む真似はできない。

 だから嫌々、仕方なく、オズワルドには低姿勢で臨んでいる。  芽がないことの確認さえ終われば、すぐにでも戻ってやる。

 そんな打算まみれの頭で、オズワルドに潤んだ瞳を向ける。

「分かりました。会場内もずっと一緒とは言いません。ですが入口だけはご一緒して下さいませんか?」 「イ・ヤ・だ!」 「……」

 これだけ譲歩しても拒否されてしまう。  やはりコイツとの関係は完全に詰んでいるらしい。

 泣き落としも無理となれば、残る手は――と思案を巡らせていたその時。  背後からオズワルドを呼ぶ声がした。

「オズ」

 オズワルドをその愛称で呼べる人間は、私の知る限りたった二人だけ。  振り返ると予想通り、オズワルドの兄――アレックスがいた。

「あにうえ! いつ帰ってきたの!?」

 どこかへ視察に出ていたアレックスだったが、舞踏会に合わせて戻ってきていたようだ。  私を突き飛ばし、アレックスの元へ駆け寄るオズワルド。  先ほどまでの不機嫌はどこへやら、人懐っこい声を出している。  その様子は、なんだか尻尾を振る犬のように見えた。

「ついさっきだ。それより――」

 飛びついたオズワルドを受け止めつつ、アレックスは少しだけ声を低くした。

「オズ。今の態度は何だ。ソフィーナ嬢に謝りなさい」 「だ、だって兄上! あいつは――」 「オズ」

 怒るとはとても表現できたものではない、優しく諭すような声。  それでもオズワルドには十分効いたらしい。

「ぐ……悪かったよ」

 そっぽを向いたまま、カタコトのようなぎこちなさで小さくぼやいた。  とても謝るような態度には思えなかったが、あのオズワルドをあっさりとたしなめたのは流石といったところか。

「弟が迷惑をかけてすまない」

 足りていない謝意を、オズワルドに代わってアレックスが示してくれた。  まだ成長期前の私にも頭のつむじが見えるほどに、深く。

「顔を上げて下さい。迷惑だなんて思ってませんから」

 慌てて頭を上げてもらう。  アレックスに謝罪させたなんてことが噂になったら、また私=悪女説が強化されてしまいそうだ。

「私が好きでオズワルド様の傍にいるだけなんです。だから全然、だいじょーぶです」 「嘘つけ!」 「オズ」

 オズワルドを一言で黙らせてから、アレックスは柔和に目尻を下げた。

「……ありがとう、ソフィーナ」

 私の手を取り、願うように囁く。

「これを言うのは二度目になるが――オズをよろしく頼む」

 ▼

「見てくださいオズワルド様。綺麗ですね」 「ふんっ」

 アレックスが見送ってくれたおかげか、あれだけ嫌がっていた「一緒に会場入り」はすんなりと受け入れてくれた。  腕を取って身を寄せながら、至近距離で会話に興じる。

 舞踏館の中は、すでに人で満ちていた。  どこからともなく漂う誰かの香水。着飾った生徒達が、めいめいに輪を作って上品な笑い声を上げていた。  壁には華美すぎず、かといって品を損なわない程度の装飾が追加されている。  天井から吊り下がったシャンデリアの光は少しだけ抑えられていて、壁の装飾と相まって普段とは違う舞踏館の顔を見せていた。

 俗っぽい言い方になるが、大人なムードが漂っている。

 貴族が婚約者を見つける定番ルートは二つ。  見合いか、親同士の約束だ。

 それがない場合、出会いの場は急速に狭くなる。

 舞踏会は、それを解消するための「出会いの場」としての側面を持っている。  いやむしろそっちが本命と言ったほうがいいかもしれない。

 今夜、特定の相手がいない令息令嬢たちは必死になって相手を見繕うだろう。  ……あとはまあ、既に相手がいる奴も二人目、三人目を探したり。

 とにかく。  舞踏会の最中は、そういう雰囲気が満ちている。  この流れに乗じるように、パティはオズワルドを狙ってくる。

「夜の学園ってなんだかドキドキ――わっ」 「だぁ!」

 オズワルドが大人しくしていたのも束の間。  角を曲がり、アレックスが見えなくなったと同時に思いっきり手を振り払ってきた。

 遠心力で振り回されるような形で前に転ぶ私。  ドレスのせいでうまく受け身も取れず、べちゃあ、と無様な姿を晒してしまった。

「いてて……オズワルド様! いきなり何……を……」

 顔を上げると、オズワルドはもう手の届かない所にまで離れていた。

「会場の中は一緒でなくていいんだろ? じゃあな!」 「待ってください、オズワルド様!」 「そこで反省してろ! べー!」

 子供さながらに舌を出し、私は置き去りにされてしまった。

 ▼

(あの野郎! どこ行きやがった)

 肩を怒らせながら身勝手なオズワルドを探す。  もともと自由にさせるつもりだったが、私が位置を把握していないのでは全く泳がせる意味がない。

「あの。ソフィーナ様」 「あん!? ……って、パティさん」

 振り返ると、そこにいたのはパティだった。  思わず凄んでしまったせいか、小動物のように萎縮するパティ。

「すすす、すみません! 私なんかが声をかけちゃって」 「いえ、こちらこそすみません」

 ――どうやらまだ、猫を被っている状態のようだ。  反射的に秘策へ伸びかけた手を、理性で必死に留める。

「どうかしたんですか?」 「その……学園でいろいろ話を聞いたり、オズワルド殿下のご様子が大変そうだったので、大丈夫かな……って」

 パティの目から見れば、突然私が会いに来なくなり、男遊びをしているだの、オズワルドが怒っているだのという噂が流れたことになる。  「友達」なら、心配するのは不自然でも何でもない。

「ご心配なく。いつものことですから」 「あれがいつものこと……? 余計に心配なんですが……」 「パティさん。そういう所も愛しいと思えるのが恋というものなんですよ」

 吐き気を抑えながら嘘を並べ立てると、パティは若干後ろに引いていた。

「あはは。私にはまだ理解できない感情ですね。ところで」

 キョロキョロと左右を見渡し、

「オズワルド殿下は今、どちらに?」

 その一言で、周辺の温度が下がったように錯覚した。  勝手に震え出す手を後ろに隠しながら、あくまでも平静を装う。

「――私が余計なことを言ったせいで気分を悪くされてしまいまして、先に会場を出られました」 「そうなんですか……」

 パティの表情に変化はない。  おどおどした態度、自信のなさそうな表情、縮こまった肩。  いつも通りだ。

 けれど今、確実に

「――すみません。私はこれで失礼します」

 パティの変化に気付けたのは私だけだろう。  他の人間から見ればまだ彼女はなんの罪も犯していない普通の令嬢だ。  ここで攻撃すれば私が悪者にされてしまう。  まだ、何もできない。

 それを歯がゆく思いながら、早めに話を切り上げようとする。  パティより先にオズワルドを見つけなければ、ここまでシナリオを伸ばした意味がなくなってしまう。

「そういえば」

 背を向ける私に、パティは思い出したように声を上げた。

「『聖なる乙女と純白の騎士』。読み終わりましたよ」

 たぶん、その発言にさしたる意味はないのだろう。  前に会った時に話題になっていたから、顛末を言いたかった。  宙ぶらりんの会話を終わらせたかっただけの、単なる報告だ。

 しかしこのタイミングだと、まるで私の心を読んで足止めしようとしているように思えてしまった。

「どうでした?」 「……とっても面白かったです。ソフィーナ様の仰っていた通り、最後まで読まないと分かりませんね」 「でしょう? あれは傑作ですよ」

 早く終わってくれと願いながら、思ってもいないことを吐き出す。  パティは薄い笑みを浮かべながら、

「ええ。本当に。引き留めてしまって申し訳ありません。それでは、良い夜を」

 話はそれきり、もう引き留められることはなかった。  パティに悟られないよう自然に、しかし急ぎ足でその場を後にする。

(オズワルドはどこだ……!)