私がオズワルドと婚約した理由はいくつかある。 ・オズワルドに必要な教育を施すため。 ・オズワルドに懐かれることで意のままに操るため。 ・よからぬことを企む令嬢たちから彼を守るため……等々。
それらは総じて「お姉様のため」だ。 お姉様に幸せな未来を歩んでもらうため、オズワルドには私の隣に居てもらわなくてはならない。
婚約破棄の宣言。
それは、これまで歩んできたBルートそのものを否定する破壊力を秘めていた。
▼
「ま……待ってくださいオズワルド様」
お姉様からのありがたい言葉を「お小言」と嫌っていたオズワルド。 こいつが別の婚約者を用意して、婚約破棄をお姉様に突きつける場面は死ぬほど見てきた。
だがそれらはすべて私が第三者の立場で見ていた頃の話だった。 まさか自分が婚約破棄の当事者になるとは思ってもいなかった。
「待たない! 僕を一番に考えない婚約者なんていらない!」 「ですから、お姉様とオズワルド様は比べる対象では……」 「うがぁー!」
オズワルドは興奮のあまり、ジタバタと手足を暴れさせる。 きらびやかな衣装を纏った美のつく少年が、子供顔負けの地団駄を踏む姿はかなり奇妙な絵に見えた。
「ソフィーナなんて嫌いだ! 顔も見たくない!」 「そんな悲しいことをおっしゃらないでください」 「うるさい! さっさと帰れ!」
私とオズワルドの婚約はイグマリート家と王家が定めたものだ。 お姉様と私が交代できたのは、陛下が「婚約さえしてくれれば、どちらでも構わない」と譲歩してくれたからに過ぎない。 ここでオズワルドがどうこう言ったところで、簡単に破棄されることはない。
オズワルドの宣言は、効果としては子供の駄々と変わらない。 しかし全く影響が無いかと言われればそうではない。
たとえ実現しなくても、婚約破棄を言い渡されたという事実は残り続ける。 現在学園で流れる「私が男遊びをしている」噂と簡単に結びついてしまう。
――ソフィーナ・イグマリートは男遊びの果てに婚約破棄を言い渡されたが、両家の事情でそれは許されず、オズワルド殿下は仕方なく婚約者を続けている。 ――両者の関係はもう冷め切っており、オズワルドはソフィーナから離れたくて仕方ない。
という話になっていてもおかしくはない。 王宮での話が外に漏れるとは考えにくいが――オズワルドの声はよく通る。 通りすがりの誰かが騒ぎを聞いていても何ら不思議でない。 そして、そういう悪い方向の予想は大抵当たってしまう。
たぶん舞踏会が始まる頃、私は稀代の悪女と言われているだろう。
私だけならともかく、噂の次第では父や母にまで迷惑をかけてしまう。 宣言をされた時点で『詰み』の色は濃い。
それでも説得を続けるのは、「もう少し様子を見る」とノーラに言った手前、あっさり戻るのは気が引けたからだ。
「お願いします。私の話を聞いて下さい」 「まだ言うか! この!」
オズワルドは地面に叩きつけた金の小物を拾い上げ、私に投げつけた。 避けるのは容易かったが、余計に怒るので甘んじてそれを受ける。
「っ!」
額に衝撃が走り、ぶつかった部分からじわりと熱が発生した。
「ソフィーナ様! ……大変、血が出てる!」
ノーラが慌ててハンカチをぶつかった箇所に当ててくれる。 尖った部分に当たってしまったのか、皮膚が破れているらしい。
「殿下。怪我をさせるなんてあんまりです!」
咎める視線を受け、オズワルドが一歩、後ろに下がる。 ノーラだけではない。 周囲の侍女たちもはっきりと態度に現しはしないが、視線でオズワルドを非難していた。
「ぐ……。悪いのはソフィーナだ! 僕は謝らないぞ!」 「どうしてそんな酷いことが言えるの? ソフィーナがどれだけ辛い思いを――」
オズワルドに釣られてか、ノーラまで血が上り始めた。 敬語も外れているし、私への敬称も取れている。
「ノーラ。いい」 「………………ッ。大変、失礼しました」
背中を叩いて止める。 何か言いたそうにしていたが、ぐっっっっっ、と怒りを堪えてくれた。
ノーラを傷の手当てに専念させつつ、オズワルドの方へ向き直る。
「少し落ち着きましたか?」 「うるさいうるさいうるさい! 顔も見たくないって言っただろ! さっさと消えろ!」
オズワルドは頑として態度を崩さない。 このまま問答を続けていたら、次はもっと大きな物を投げられそうだ。
……引き上げるしかない。
「分かりました。今日はこれで失礼します」
▼
「いくら何でも酷すぎるよ!」
帰りの馬車の中でも、ノーラは抑えきれない怒りをとめどなく吐き出していた。
「大した怪我じゃないから別にいいよ」 「よくない! 顔だよ顔!?」
顔と言っても髪の毛の生え際だし、髪を下ろせば痕が残っても見えることはない。 なので私的にはやっぱり大したことではないのだが……ノーラはずっと怒りっぱなしだ。
私をぎゅっと抱きしめ、
「もし痕になっちゃったら、オズワルドのこと許せないかも」
と、耳元で独り言のように呟く。
「……馬車を降りるまでには機嫌直しててくれよ?」
ノーラがこんな表情をしていては、衣装合わせで何かありました! と顔に書いているようなものだ。 今回のことはできるだけお姉様に悟られたくない。 背中をぺしぺしと叩きつつ、ノーラから離れる。
「ループするの?」 「ああ。だが戻るのは明日だ」
今回の件で、オズワルドの心が私から離れたことはもはや明白だ。 それはBルートの前提が覆ったことを意味する。
騒動の最中で既にうすうす勘付いていたが、『詰んでいる』ことは確定と言っていいだろう。
「ここまで日を進めてきたんだ。どうせなら試したいことがある」 「試したいこと……? あ、あれ?」
ふと窓の外を流れる景色を見て、ノーラが声を上げる。
「いつもの帰り道と違うけど、どこに向かってるの?」 「お前もよく知ってる場所だよ」
寄り道に気付くノーラに、私はにっ、と笑みを向ける。 馬車を走らせること十数分。
目的の場所に到着した。
「ここって……私の家?」
思わぬ場所に到着したことで、ノーラは目を丸くしていた。
「杖のパーツ以外に何か加工を頼んでたの?」
ノーラの義父ボルガさんには、私が将来使う杖の核となる精霊石の加工をお願いしていた。 ただ、それが完成するのはまだまだ先の話だ。
「対パティ用の秘密兵器だよ」
もし、これが通用すれば。 舞踏会イベントは『絶対に回避しなければならない詰みイベント』ではなくなる。
▼ ▼ ▼
翌日。 いよいよ舞踏会の日がやってきた。
難攻不落、舞踏会イベントの開幕だ。