最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#211 第10話「試したいこと」


 私がオズワルドと婚約した理由はいくつかある。  ・オズワルドに必要な教育を施すため。  ・オズワルドに懐かれることで意のままに操るため。  ・よからぬことを企む令嬢たちから彼を守るため……等々。

 それらは総じて「お姉様のため」だ。  お姉様に幸せな未来を歩んでもらうため、オズワルドには私の隣に居てもらわなくてはならない。

 婚約破棄の宣言。

 それは、これまで歩んできたBルートそのものを否定する破壊力を秘めていた。

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「ま……待ってくださいオズワルド様」

 お姉様からのありがたい言葉を「お小言」と嫌っていたオズワルド。  こいつが別の婚約者を用意して、婚約破棄をお姉様に突きつける場面は死ぬほど見てきた。

 だがそれらはすべて私が第三者の立場で見ていた頃の話だった。  まさか自分が婚約破棄の当事者になるとは思ってもいなかった。

「待たない! 僕を一番に考えない婚約者なんていらない!」 「ですから、お姉様とオズワルド様は比べる対象では……」 「うがぁー!」

 オズワルドは興奮のあまり、ジタバタと手足を暴れさせる。  きらびやかな衣装を纏った美のつく少年が、子供顔負けの地団駄を踏む姿はかなり奇妙な絵に見えた。

「ソフィーナなんて嫌いだ! 顔も見たくない!」 「そんな悲しいことをおっしゃらないでください」 「うるさい! さっさと帰れ!」

 私とオズワルドの婚約はイグマリート家と王家が定めたものだ。  お姉様と私が交代できたのは、陛下が「婚約さえしてくれれば、どちらでも構わない」と譲歩してくれたからに過ぎない。  ここでオズワルドがどうこう言ったところで、簡単に破棄されることはない。

 オズワルドの宣言は、効果としては子供の駄々と変わらない。  しかし全く影響が無いかと言われればそうではない。

 たとえ実現しなくても、婚約破棄を言い渡されたという事実は残り続ける。  現在学園で流れる「私が男遊びをしている」噂と簡単に結びついてしまう。

 ――ソフィーナ・イグマリートは男遊びの果てに婚約破棄を言い渡されたが、両家の事情でそれは許されず、オズワルド殿下は仕方なく婚約者を続けている。  ――両者の関係はもう冷め切っており、オズワルドはソフィーナから離れたくて仕方ない。

 という話になっていてもおかしくはない。  王宮での話が外に漏れるとは考えにくいが――オズワルドの声はよく通る。  通りすがりの誰かが騒ぎを聞いていても何ら不思議でない。  そして、そういう悪い方向の予想は大抵当たってしまう。

 たぶん舞踏会が始まる頃、私は稀代の悪女と言われているだろう。

 私だけならともかく、噂の次第では父や母にまで迷惑をかけてしまう。  宣言をされた時点で『詰み』の色は濃い。

 それでも説得を続けるのは、「もう少し様子を見る」とノーラに言った手前、あっさり戻るのは気が引けたからだ。

「お願いします。私の話を聞いて下さい」 「まだ言うか! この!」

 オズワルドは地面に叩きつけた金の小物を拾い上げ、私に投げつけた。  避けるのは容易かったが、余計に怒るので甘んじてそれを受ける。

「っ!」

 額に衝撃が走り、ぶつかった部分からじわりと熱が発生した。

「ソフィーナ様! ……大変、血が出てる!」

 ノーラが慌ててハンカチをぶつかった箇所に当ててくれる。  尖った部分に当たってしまったのか、皮膚が破れているらしい。

「殿下。怪我をさせるなんてあんまりです!」

 咎める視線を受け、オズワルドが一歩、後ろに下がる。  ノーラだけではない。  周囲の侍女たちもはっきりと態度に現しはしないが、視線でオズワルドを非難していた。

「ぐ……。悪いのはソフィーナだ! 僕は謝らないぞ!」 「どうしてそんな酷いことが言えるの? ソフィーナがどれだけ辛い思いを――」

 オズワルドに釣られてか、ノーラまで血が上り始めた。  敬語も外れているし、私への敬称も取れている。

「ノーラ。いい」 「………………ッ。大変、失礼しました」

 背中を叩いて止める。  何か言いたそうにしていたが、ぐっっっっっ、と怒りを堪えてくれた。

 ノーラを傷の手当てに専念させつつ、オズワルドの方へ向き直る。

「少し落ち着きましたか?」 「うるさいうるさいうるさい! 顔も見たくないって言っただろ! さっさと消えろ!」

 オズワルドは頑として態度を崩さない。  このまま問答を続けていたら、次はもっと大きな物を投げられそうだ。

 ……引き上げるしかない。

「分かりました。今日はこれで失礼します」

 ▼

「いくら何でも酷すぎるよ!」

 帰りの馬車の中でも、ノーラは抑えきれない怒りをとめどなく吐き出していた。

「大した怪我じゃないから別にいいよ」 「よくない! 顔だよ顔!?」

 顔と言っても髪の毛の生え際だし、髪を下ろせば痕が残っても見えることはない。  なので私的にはやっぱり大したことではないのだが……ノーラはずっと怒りっぱなしだ。

 私をぎゅっと抱きしめ、

「もし痕になっちゃったら、オズワルドのこと許せないかも」

 と、耳元で独り言のように呟く。

「……馬車を降りるまでには機嫌直しててくれよ?」

 ノーラがこんな表情をしていては、衣装合わせで何かありました! と顔に書いているようなものだ。  今回のことはできるだけお姉様に悟られたくない。  背中をぺしぺしと叩きつつ、ノーラから離れる。

「ループするの?」 「ああ。だが戻るのは明日だ」

 今回の件で、オズワルドの心が私から離れたことはもはや明白だ。  それはBルートの前提が覆ったことを意味する。

 騒動の最中で既にうすうす勘付いていたが、『詰んでいる』ことは確定と言っていいだろう。

「ここまで日を進めてきたんだ。どうせなら試したいことがある」 「試したいこと……? あ、あれ?」

 ふと窓の外を流れる景色を見て、ノーラが声を上げる。

「いつもの帰り道と違うけど、どこに向かってるの?」 「お前もよく知ってる場所だよ」

 寄り道に気付くノーラに、私はにっ、と笑みを向ける。  馬車を走らせること十数分。

 目的の場所に到着した。

「ここって……私の家?」

 思わぬ場所に到着したことで、ノーラは目を丸くしていた。

「杖のパーツ以外に何か加工を頼んでたの?」

 ノーラの義父ボルガさんには、私が将来使う杖の核となる精霊石の加工をお願いしていた。  ただ、それが完成するのはまだまだ先の話だ。

「対パティ用の秘密兵器だよ」

 もし、が通用すれば。  舞踏会イベントは『絶対に回避しなければならない詰みイベント』ではなくなる。

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 翌日。  いよいよ舞踏会の日がやってきた。

 難攻不落、舞踏会イベントの開幕だ。