最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#210 第9話「101回目」


「行こうか、ノーラ」 「はい」

 衣装合わせのため、オズワルドと数日ぶりに会う。  やや重い足取りで馬車に乗り込もうとすると、後ろから呼び止められた。

「待って」

 振り返ると、お姉様が早足で私を追いかけてきていた。

「お姉様。どうしました?」 「私も行くわ」 「いやいや」

 馬車に乗り込もうとするお姉様を手で制する。

「あなたとオズワルドを二人きりにするなんてできないわ」

 お姉様はあいつのことを獣か何かと勘違いしてないか?  いや、言うことを聞かない点は似たようなものだが……。

「衣装係の人がいるので大丈夫ですよ」 「けどっ」 「お姉様は家にいないと。今日はオー爺の日じゃないですか?」

 オー爺の日とは、彼が家庭教師にやってくる日を指す。  魔法の才能に体の成長が追い付いていなかったため、オー爺はお姉様に「三年間の魔法使用禁止」を言い渡した。  魔法が大好きなお姉様にとって、その日々は拷問に等しかっただろう。  しかしお姉様はそれを耐え切った。  魔法の名門出身であり、優秀すぎたため弟に嫉妬され家を追われたオー爺もとい、オーガスタス・フィンランディから教えを乞うために。

 そういう経緯があるため、お姉様はオー爺が来る日をいつも楽しみにしていた。  衣装合わせについて来てしまったら、楽しみにしていた講義をすっぽかすことになってしまう。

「魔法の講義は後に回すことができるわ。けど、ソフィーナのことは後回しにはできないもの」 「ありがとうございます。お姉様がそこまで私を思ってくれて、本当に嬉しいです」

 お姉様が魔法よりも私を優先してくれている。  それに関しては嘘偽りなく嬉しいし、心がぽかぽかと温かくなる。  けど、それでも。

 私はお姉様に、私よりも魔法を優先してほしい。

「ですが、お気持ちだけで十分です。私ももう、いつまでもお姉様に甘えっぱなしの子供じゃありませんから」

 力こぶを作る真似をする。

「オズワルド様もそうです。そろそろ頭も冷えた頃だと思います」 「オズワルドに関しては全く同意できないけれど……でも、分かったわ。ソフィーナがそこまで言うのなら」

 きゅ、と軽い抱擁をしてくれる。

「何か言われたらすぐ言ってね」 「だいじょーぶですよ。それに、ノーラもいますから」 「……ノーラがいればは必要ない、と」 「そういう意味じゃありませんから!」

 ノーラに半眼を向けるお姉様。  最近は突っかかることが減ってきたが、どうやらお姉様はまだノーラを「姉の立場を奪おうとしている奴」と思っているようだ。  一人じゃないから大丈夫、という意味で言ったつもりだったんだが、お姉様には逆効果だったようだ。

「私のお姉様は世界に一人、お姉様だけです!」

 ぎゅ、と抱擁を返すと、お姉様はようやく納得してくれた。

「時間を取らせてしまったわね。気を付けて行ってらっしゃい」 「はいっ」

 お姉様に見送られ、馬車に乗り込む。

「――うふ、うふふ。ぐふっ」

 王宮への道を走り出すと同時、ずっと外行きの顔になっていたノーラが、急に表情を崩した。

「いつものほっこり姉妹愛もいいけど、レイラがお姉ちゃんポジション取られてムッとするのも、愛を感じられていいよねぇ……ぐふふ」 「……きも」

 使用人としても相棒としても頼りになるノーラだが、たまに人には見せられない顔になる。

 ▼

 王宮に入り、侍女に用意された部屋へと案内される。  道中、顔馴染みの侍女にそれとなく話を聞く。

「オズワルド様のご様子はいかがです?」 「まるでソフィーナ様と出会う以前に戻られたかのようです」

 詳しいことは言わなかったが、力なく笑う侍女の表情からはどことなく疲労がにじんで見えた。  どうやらオズワルドは家でも機嫌は悪いままのようだ。

「アレックス様や陛下は何も仰っていないのですか?」 「陛下とアレックス殿下はご両名とも視察に出られておりまして……」 「なるほど」

 つまり今、オズワルドを止められる者はいないらしい。  キレ散らかし放題、という訳か。

(早いとこなんとかしないとな)

 衣裳部屋に通され、舞踏会用に用意された衣装に袖を通す。  ベースはアイボリー色で、リボンとスカートの端が深い青で縁取られている。  腰に取り付けられたひときわ大きなリボンには金の小物があしらわれており、それがワンポイントとなって全体に清楚な雰囲気を引き立たせている。

(ほぼぴったりだな)

 オズワルドの婚約者ということで、定期的に採寸は行っているため、おおよその丈は合っている。

「ソフィーナお嬢様、とても良く似合っておられます。(くぅ~! スマホがあったら……!)」

 後半部分は私にだけ聞こえる小声で悔しがるノーラ。  スマホ。  神々の世界にある魔法の板だ。  その場の風景を切り取る「カメラ」とかいう機能でも使うつもりだったんだろう。

「オズワルド様は?」 「そろそろ来ると思います」

 男女それぞれの衣裳部屋の真ん中に、衣装合わせ用の部屋が用意されている。  そちらへと移動しつつ、オズワルドを待つこと数分。

 バーン!と扉が開き、オズワルドがずかずかと入ってきた。  私と同じくアイボリーを基調とし、深い青の丈が長いジャケットを合わせた装いになっている。  そして胸元には、これまたお揃いの金の小物があしらわれている。

 なまじ顔がいいだけに、こういう映える服を着るとさらに美少年っぷりが前面に押し出される。  奴を見慣れた私ですら「おっ」と思ってしまうほどだ。  ただ、ムスッとした表情がきらびやかな衣装をすべて台無しにしていた。

 とりあえず軽く牽制してみるか。

「オズワルド様! お会いしたかったです」 「ふんっ」

 私が感極まって会いたかった風を装うが、オズワルドはそっぽを向くだけだった。

「その衣装、よくお似合いですね。かっこいいです!」 「ふんっ」

 一部本音交じりに褒めてみるが、反対側にそっぽを向く。

「クレフェルト王国一……いえ、フォルク大陸一です!」 「ふんっっ」

 お世辞では機嫌は直らないか。  これで機嫌が良くなれば後も楽だったんだが……仕方ない。

「……と、すみません。オズワルド様がかっこよすぎて、先に謝るのを失念していました」

 深く頭を下げる。  腰に取り付けた金の小物が、しゃらん、と音を立てた。

「この間はすみませんでした。オズワルド様を優先すべきだったのに」 「……ふん! ようやく自分の罪に気付いたか!」

 オズワルドの声に、いつもの調子が混じった。  私の謝罪待ちだったようだ。

「オズワルド様の言う通りです。私が愚かでした!」 「そうだろうそうだろう!」 「こんな私ですが、どうか許していただけませんか……?」 「なら、誓ってもらおうか!」 「誓う……? 何をでしょう」

 にやりと笑うオズワルド。  ……嫌な予感がした。

「レイラよりも僕を優先すると! 今この場で誓えッ!!!」 「無理です」

 ――得意げなオズワルドの笑顔が、ぴしり、と凍り付いた。

 ▼

「はぁ!? なんでだよ!」

 笑顔から一転、元の――いやそれ以上の怒り顔になるオズワルド。  たぶん、私が頷くと思っていたのだろう。

「婚約者としてオズワルド様を優先する。それは当然のことです」 「なら――」 「ですが、お姉様だけは別です」 「っ」

 大抵の条件なら呑める。  もう友達を作るなとか。  休み時間はずっと一緒に居ろとか。  休日はずっと膝枕しろとか。

 だが、お姉様だけは駄目だ。  なぜならオズワルドと婚約していること自体が、お姉様を優先した結果なのだから。

 お姉様が一番で、オズワルドはその次。  この関係が逆転することはない。

「なんだよ。なんだよなんだよ!」

 地団太を踏むオズワルド。  顔は真っ赤になり、怒りのあまり目の端には涙が浮かんでいた。

「お前は僕の婚約者だろうが!」 「はい。ですがお姉様は別です。というか、比べる対象ではないです」 「――ッ」

 オズワルドが、ぴたりと動きを止めた。  動から一転して静になり、部屋の中に妙な緊張感が漂う。  オズワルドの侍女も、ノーラも、緊張した面持ちで様子を伺っている。

「先ほどの誓いは叶えられませんが、他のことでしたら」 「――い」 「え?」 「もういい!!!!」

 オズワルドは胸に取り付けた金の小物をぶちりと取り、地面に絶叫と共に叩きつけた。

「ソフィーナ! お前との婚約なんて破棄だ!!!」

 ――え。