最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#27 第一話「奇病」


 オズワルド誘拐事件から、三ヶ月が過ぎた。  事件中は何度かやり直すハメになったものの、それからは大きな問題もなく日々を過ごせている。  難航するかと思っていたオズワルド改造計画だが、今のところは順調だ。

 彼が勉強に目覚めた――とか、そういう理由ではない。  うまく学びに誘導する方法を発見したのだ。

「オズワルド様、ここの問題が解けません……」 「仕方ないヤツだな、僕が見てやろう!」

 自信たっぷりにそう言い放つオズワルドだったが、問題を見た途端に眉を寄せる。

「む……むむぅ」 「どうでしょう?」 「こ、これくらいは簡単だな! しかし手順の説明に時間がかかる! 少し待て!」 「はーい」

 私がそう言うと、オズワルドは席を離れた。  唸りながら教科書と問題を交互に見やり、ノートにあれこれと公式を書いている。  その背中に向けて、私はほくそ笑んだ。

「ふふ。やってるやってる」

 オズワルドに見せた問題は、今の彼には少し難しい内容だ。  解けないことは無いが、それを私に教えようとするなら「ほんの少し」頑張る必要がある。

 これが、私の発見した「オズワルドを学ばせる方法」だ。

 どうやら彼は教えられるよりも教える方が好きなようだ。  そしてプライドが高いが故に頼られると断れない。  その性質を利用し、こうして勉強に励んでもらっている。

 とはいえあまり難しい問題を出すとやる気を無くしてしまうので、塩梅が難しいが。

 これまでのやり直しの中で、私はオズワルドの婚約者ではなかった。  なので詳細は知らないが、少なくともこの時点から勉強に遅れが出始めていたはずだ。  しかしこの手法を取ってから、遅れは発生していない。

「上手い方法をお考えになられましたね。私では到底思いつかないやり方です」

 うんうんと唸るオズワルドの様子を伺いながら、家庭教師がこっそりと耳打ちしてくる。  彼女は、私がわざと問題を分からないと申告していることに気付いていた。

「まさに愛のなせるわざですね! 素敵です……」 「……ソウデスネ」

 両手を合わせ、うっとりとする家庭教師に半眼で返事をする。  彼女は私がオズワルドの虜になっているから……と思い込んでいるようだが、本当の理由を知ったらどういう顔をするだろうか。

 私たちの視線の先では、オズワルドが手を打って立ち上がっていた。

「分かった、分かったぞ……! 喜べソフィーナ、この僕が今から解き方を教えてやろう!」 「ありがとうございます、やっぱりオズワルド様は頼りになりますね」

 心にもないことを言いつつ、オズワルドを持ち上げる。  ……この調子で、お姉様の助けになるくらいまで成長してくれることを願うばかりだ。

 ▼

 馬車で自宅に戻る途中、窓からとある建物が見えた。

 ハモンズ王立学園。  男爵から公爵まで、貴族はすべからくあの場所に通うことになる。  豪奢な建物と設備が揃った、王国の未来を担う子供達が集う最高の学び舎。

「……潰れてくれないかしら」

 そんな場所を忌々しく睨みながら、私は吐き捨てた。  あの学園は私にとって呪われた地だ。

 学園に入る前と後で、お姉様の死亡イベントの出現頻度は桁違いに上がる。  そして、それを回避する難易度も。

 オズワルド以外の『ヒーロー』もあの場所に集まることから、あの学園はクソ野郎神々にとって何か重要な場所のようだ。

 神々の物語に無くてはならない人物はもう一人いる。  それが『ヒロイン』なのだが……それらしき人物と出会ったことはない。

 まあ、『ヒロイン』はお姉様の『悪役令嬢』と敵対する存在だ。  居ないでいてくれる方がありがたい。

 逆に言えば、学園に入る前までお姉様の死を回避することは難しくない。  最初こそ不慣れ故に何度も死なせてしまったが、もうそんな不手際は起こさない。

 まずはオズワルドの鍛錬。  それと並行して、自分の魔法を鍛える。

 魔法は才能と適性がモノを言う世界だ。  適性が熱にしかないということもあり、私が鍛えたところで大した力にはならない。  それでも、問題解決の糸口になることもある。

 以前のルートが良い例だ。  道具の力を借りてではあるが、本来では取れない選択肢――人格のアンインストール――という手法を取れた。

 魔法には可能性が秘められている。  たかが熱の魔法、されど熱の魔法だ。  鍛えておいて損は無い。

「あと気を付けることは……父の浮気と母の嫌味、メイドの根も葉もない噂くらいか……」

 これから起こる出来事を指折り数えながら、ふと、私はとある死亡イベントのことを思い出した。  学園入学前に起こる中で唯一、発生原因も解決方法も分からなかったものだ。  起きた場合は運が悪かったと思ってやり直すしかない。

 そのイベントが発生するとすれば、ちょうど今くらいの時期だ。

「一応、様子だけ見ておくか」

 ▼

 その日の夜。  例のイベント発生の有無を確かめるため、私はお姉様の部屋に行き、ノックしてから扉を開いた。

「おねーさま。少しお話――」 「こほ……ソフィーナ、どうしたの?」 「――ッ」

 振り返ったお姉様の赤らんだ顔を見て、私は血の気が引いた。

 間違いなく、起きている。  最悪の死亡イベント――「奇病」が。

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