奇病。 それは幼少期の中で最悪のイベントだ。 このイベントが起きると、お姉様は数日間苦しんだ後に死ぬ。 発生フラグは不明で、ランダムで起きるもの……と私は見ている。
(このタイミングで奇病だと……神々め!)
お姉様は頬がわずかに赤くなり、肩が普段よりも上下している。 本人すらも気付かないほど微細な変化。 このタイミングで病気に罹ることを知らなければ気付くことはなかっただろう。
「おねーさま。体調が優れないのですね?」
幾分か固くなってしまった声にお姉様は少し虚を突かれていたようだ。
「うん? 少し身体が重たいくらいだから、平気よ」
普通の風邪はやり直しを行う度、無作為に変化する。 父、母、執事、メイド、お姉様、私。 みんな人間だ。体調が悪くなることは当たり前のようにある。
しかし、奇病は別だ。 多少の前後はあれど……何故かこの時期、お姉様にだけ罹る。
「お医者様を呼んできます」 「大袈裟ね。寝ればすぐに治るわ」 「いいから」
有無を言わさぬ強さでお姉様をベッドに寝かせ、急いで医者を呼び寄せた。 夜も更けた頃にいきなり私が騒いだので、父は少し鬱陶しそうにしていた。 母など、顔も見せようとしない。
娘が病気になっているってのに、なんて親どもだ。 怒りを堪えつつ、私は医者の診断を待った。
「――ただの風邪です。念のため、熱冷ましのお薬を煎じましょう」
かかりつけの医者の診断を聞いた途端に父はきびすを返し、お姉様は「ソフィーナは心配性なのよ」と笑った。 ……このタイミングでお姉様の病気が深刻なものであることを証明する術はない。 本当に、最期の数日前までは単なる風邪に見えるのだ。
「最悪だ」
私はノートにここまでやってきたフラグなどをまとめ、それを復唱しながら頭に叩き込む。 不可思議な能力を持っているものの、元を辿れば私は凡人に過ぎない。 些細なミスで大切なイベントをやり過ごしたりしないため、やり直すまでに余裕がある時はこうして大切なことしっかりと刻んでおくようにしている。
「よし」
オズワルド懐柔までのルートを暗記した私は、そのまま呟いた。
「――戻れ」
▼
はじまりの朝に戻った私は、線をなぞるように同じイベントを繰り返す。 ルートはもう確立されているし、大した手間ではない。 ヘマをしないようにだけ気を付けつつ、オズワルドの懐柔までこぎ着ける。
奇病は厄介だが、発生する確率はかなり低い。 体感だが、百回に一回発生すればいいほうだ。 前回は運が悪かっただけ。 もうしばらく起こることはないだろう。
「よし」
オズワルドの教育は上々だった。 前回よりも少しだけ問題の難易度を上げたが、それでも彼は私に教えるため必死に学んでいた。 性格がねじ曲がってはいるものの、地頭は決して悪くない。
「もう少し難しい問題から初めてもいいかもしれないな」
次にやり直すことがあればもう少し先の問題から始めよう。 そんなことを考えつつ、私は眠りに
「お姉様の様子を見てからだ」
胸騒ぎを覚え、私はランプを片手に部屋を出た。
▼
急げ。 早く。 心臓の鼓動が脈を打つたび、まるで急かされるような気分になった。
二度連続で奇病が発生したことは、これまで一度もない。 確認作業など必要ないはずなのだ。
なのになぜ、動悸が治まらないのだろう。 身体をじりじりと焼くような焦燥感は一体何なのだろう。
良い方向に向いた予感はことごとく外れるくせに、こういった予感だけは嫌と言うほど的中する。
西大陸との戦争だってそうだ。 大陸内の国すべてと和平条約を結び、戦争の火種になるようなフラグをあらゆる手段を用いてへし折ったのに、私は安堵できなかった。 そしてそれは的中した。してしまった。
「そんなハズはないわ。奇病は連続では絶対に起きないんだから」
自分に言い聞かせるように独りごちる。 きっと、久しぶりに遭遇したから驚いてしまっただけだ。
お姉様の元気な姿を見て、完全なる安心を手に入れよう。
「おねーさま。起きてますか?」
控えめなノックをするが、返事は無い。 ……もう寝てしまったのだろうか。
適当な理由を付けて、ベッドに潜り込もうか――そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。
ランプに照らされたお姉様の顔は赤らんでいた。 乙女が頬を染めるような、そんな生易しいものではない。 この暗がりでも分かるほど、はっきり発熱している。
普段よりも上下する肩を落ち着かせながら、呼吸の合間を縫うようにお姉様が口を開く。
「こほ……ソフィーナ、どうしたの?」
……私は、持っていたランプを床に落とした。
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