最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#29 第三話「百億分の一」


「もしかしてまた眠れないの? 怖い夢でも見た?」

 睡眠前の訪問にも嫌な顔ひとつせず、お姉様は心配そうに私を見やる。

「けどごめんなさい。少し体調を崩しているから、今日は一緒に寝られないわ」

 そう言って、お姉様は私から距離を取った。  いつもはここで頭を撫でてくれるが、今日はそれをしない。  私に移さないための配慮だろう。

 自分が苦しくても、他人への気配りを忘れない。  お姉様はそういう人だ。

「お姉様」

 思わずお姉様の手を握ると、しっとりと汗ばんでいた。

「ごめんなさいね。治ったら埋め合わせは必ずするから」

 やんわりと私の手を振りほどき、お姉様は口元を抑えて咳き込みながら扉を閉めた。

 奇病が二度繰り返される。  これまでにないイベントの発生に、私は後ずさりながら呟いた。

「――戻れ」

 ▼ ▼ ▼

「……偶然、偶然だ」

 百回に一回のイベントに連続で当たる。  確率は低いが、あり得ない訳では無い。

 単純計算で一万回に一回は起こりえてしまう。  薄い確率に当たってしまったと、自分の運の悪さを呪うしかない。

「大丈夫、大丈夫だ」

 同じイベントをやり直し、私は再びあの日の夜に戻っていた。  二度あることは三度ある――とはよく言われるが、今回に限ってはない。

 百回に一回のイベントに三回連続で当たる確率は百万分の一。  奇跡に等しい確率だ。  そんなものに当たるはずがない。

 当たるはずがないが――確認をせずにいられない。

「おねーさま。起きていますか?」

 ドアをノックして待つ数分が、永遠にも思えるほど長く感じられた。  心臓が早鐘を打っている。

 百万分の一の確率を引くことを恐れているからではない。  三回連続で一%を引き当てる。  そんな豪運――この場合は悪運だが――を持っているとは思わない。

 万が一、今回も奇病に罹っていたとしたら。  それは別の可能性を示唆していることになる。

 私はそれを恐れていた。

 頼む。  早く安心させてくれ――!

 冷や汗が頬を流れ始めた頃、ようやくお姉様の部屋の扉が開いた。

 中から出てきたお姉様は「怖い夢を見た」と訴える私を優しく撫で、「一緒に寝ましょう」と言ってくれる。  私はお姉様のぬくもりに包まれながら、イベントの回避を喜んだ。

 ――はず、だった。

「こほ……ソフィーナ。どうしたの?」

 ▼ ▼ ▼

「それじゃ、この問題を解いてください」 「はい」

 家庭教師に言われるまま、私は問題に取り組む。

「おいソフィーナ、どっちが早くできるか勝負だ!」 「いいですよ」

 表面を取り繕いながら、私は思案に耽った。

 ――あれから二回。  二回やり直しを行ったが、その両方でお姉様は奇病に罹った。  一%を連続で五回引き当てる確率は――百億分の一。  天文学的な確率だ。

 そんなものを私が引き当てられるはずがない。  となると、考えられることはたった一つ。

 奇病の起こる確率が、ということ。

 つまり。  お姉様がオズワルドの婚約者にならないルートを選ぶと、お姉様は奇病に罹る。  必ずかどうかは試行回数が少ないので分からないが、これまで五回連続で罹っている。  一%でないことは火を見るより明らかだ。

 ……くそ。  くそくそくそくそ、クソ!

 私は胸中で盛大に毒づいた。  以前なら「じゃあ別のルートを模索するか」で終わる話だが、今回は違う。  他のルートはもう探し尽くした後なのだ。

 選択肢のように、二択から選ぶこともできない。  お姉様を救うためには、このルートを選ばなければならない。

「……」

 立ち向かうしかない。  お姉様を侵そうとする病魔の原因を突き止め、それを防ぐ。

「できた! どうだソフィーナ!」

 ……こいつのお守りをしながら。

 ▼

 まずは原因を探らなければ対策もままならない。  ということで、空き時間以外のほとんどをお姉様と一緒に過ごすことにした。

「おねーさま、どこか具合が悪いとかありますか?」 「ううん。元気よ」

 オズワルドの婚約者という重荷を外されたお姉様は、他のルートよりゆったりしたスケジュールが組まれている。  勉強量は控えめになり――その代わり、社交パーティへの参加が増えていた。

 王子の婚約者という役目は無くなったが、両親はお姉様にまだ利用価値を見出している。  大方、どこぞのボンボンと婚約させようという魂胆だろう。

 プライドの高い両親のことだ。自分より格下の家に娘を嫁がせる気はない。  となると同じ公爵家の誰かになるのだろう。

 まあ、誰を連れて来ようと私が許さないけどな。

 ▼

 しばらく一緒に過ごしても、お姉様の行動に特段の変化は見られなかった。  社交パーティで毒でも盛られたのかと着いて行ったが、そんなこともなかった。  お姉様のことを「王子を妹に奪われた可哀想な女」とか言う馬鹿がいたくらいだ(全員シメといた)

「おねーさま。最近変わったことはありませんか?」 「? ううん、何も無いわよ」 「そうですか」

 可能な限り一緒に居たが、発症の原因は特定できないままあの夜を迎え――お姉様は倒れてしまった。

「ソフィーナ。一緒にいると移るから、自分の部屋に戻りなさい」 「……はい」

 今はまだ熱に浮かされているだけだが、数日としないうちに体中が痩せ細り、うわごとを繰り返し――そして、死ぬ。  何百、何千と繰り返してきたが……やはりお姉様の死を直視する勇気は無い。  私は顔を逸らし、自室へと戻った。

 今のままではダメだ。  もっと一緒にいる時間を増やさなければ、原因の特定もままならない。

「頼りの選択肢も、ちっとも発動しない」

 選択肢は発動するときはしつこいくらい発動するが、しないときはうんともすんとも言わない。  選択肢があればフラグのオンオフから推測できることもあるというのに。

「時間が無い」

 オズワルドの婚約者としてこなさなければならないスケジュールが山のようにある。  これをすっぽかしてしまうことはできない。  叱られる程度ならまだいいが、「婚約者の自覚無し」として婚約の話がお姉様に戻ってしまう可能性もある。  もともとお姉様から無理やり横取りした婚約なのだから、私にやる気が感じられなければそうなってしまうだろう。

 行き詰まった私は、作戦変更をすることにした。  次の人生は、捨てる。

「戻れ――」

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