最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#30 第四話「監視」


 やり直しを発動させた私は、線をなぞるようにイベントをこなしていく。

 オズワルドの婚約者となり、  気に入られるためにあれこれ策を弄す。

「これからも君にたくさん迷惑をかけると思うが……オズをよろしく頼む」 「はい。おまかせください!」

 アレックスに笑顔で答え、山場となる誘拐イベントも無事に終わった。  本来ならここからオズワルドにみっちり勉強をさせるところだが……今回はそれをしない。

 私がいない間にお姉様が何をしているか。  それを調べるため――今回の人生は、捨てる。

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 私がオズワルドの婚約者となったことで、お姉様の行動パターンに大きな変化が起きた。  その中のどれかが、奇病と繋がっている。

 そう睨んだ私は、オズワルドとの勉強会や花嫁修業をすべてすっぽかし、お姉様を監視することにした。  一度きりの人生なら、絶対に取れない選択肢だ。

 しかし私は違う。  無茶な行動をしても、たった一言呟くだけで全てをなかったことにできる。  これが『捨てる』ということだ。

 あまりこの方法はやりたくなかったが……背に腹は代えられない。

「さてと」

 お姉様に行ってきますの挨拶をしてから、屋敷の庭をぐるりと回る。  実家であるイグマリート家の中には、秘密の通路がたくさんある。  使用人はもちろん、家の人間すらも知らない裏道だ。  複雑怪奇な造りをした道の全容を把握しているのは、公爵家当主――つまり、父だけ。  私は当主ではないが、その全てを知っていた。

 今から数年後、父は浮気をする。  いや、現在進行形でしている。  動かぬ証拠を掴み、母に言わないことを条件に色々と便宜を図って貰う。  その中の一つが、この隠し通路だ。

 これを駆使すれば、誰にも見つからずに特定の人物を監視することなど造作もない。  私は天井裏から、息を殺してお姉様を見守った。

 ……なんだか悪いことをしているような気がするが、これもお姉様のためだ、と自分に言い聞かせる。

「……」

 王子の婚約者でなくなったお姉様は、これまでより自由時間が格段に増えた。  それまで取っていなかった行動の何かが、奇病に繋がっていると予想できる。  おそらくだが、どこかに出かけた際、奇病の元を貰ってしまうのだろう。

 原因をしっかり突き止めてからやり直し――その行動を防げばもう大丈夫だ。

 今日は読書の時間に充てているようで、出かける様子はない。  開いた窓から暖かな風がそよぎ、お姉様の前髪を揺らしていた。

(はぁ……美しい)

 緩やかに弧を描く青い髪。  整った鼻梁びりょう、真一文字に引き締められた唇。  七歳という年齢故に凜々しさはまだなりを潜めているが、その瞳は成熟した大人と変わらない知性の輝きを放っていた。  それだけで一枚の絵画にできそうな光景に、私はうっとりと魅入ってしまう。

 お姉様の表情で一番好きなのはもちろん笑顔だが、こういう真面目な顔も好きだ。  逆に嫌いなのは苦しんでいる顔と悲しんでいる顔だ。

 お姉様にそういう顔をさせる奴らは私が全部、全部打ち破ってやる。  両親も、婚約者も、同級生も、誘拐犯も、ヒーローも、暗殺者も、侵略者も、魔物も。  詐欺師も、奴隷商人も、公爵家も、男爵家も、しがらみも、責任も、天変地異も、神々も。  ――もちろん病魔だって例外ではない。

(安心してください、お姉様)

 ▼

 三時間が経過した。  お姉様は微動だにせず、静かにページをめくり続けている。  いま読んでいるのは魔法に関する本のようだ。

 お姉様は魔法にも高い適性を持ち――とりわけ水魔法を得意としている。  しかし両親の期待を一身に受けていたお姉様は、オズワルドの婚約者でいることを優先した。  そのため、お姉様の才能が十全に発揮されることはなかった。

 お姉様は「魔法はほどほどに覚えられれば良い」と言っていたので無理に変えようとはしなかったけれど。

 オズワルドの婚約者という枷が外れた今、再び魔法に興味が向いているのだろうか。  もしそうなら、私は全力でお姉様を応援するつもりだ。

(お姉様なら王妃兼宮廷魔法使いくらいにはなれそう)

 宮廷魔法使いの制服である白い外套を着けたお姉様を妄想する。

(……素敵)

 でへへ……と頬を緩ませていると、お姉様の部屋の扉がノックされた。

「誰?」

 お姉様は本を閉じて顔を上げた。  入ってきたのは、屋敷のメイドだ。

「失礼しますレイラお嬢様。旦那様がお呼びです」 「分かったわ。すぐに向かうと伝えてくれる?」 「はい」

(チッ、せっかくのお姉様との時間を)

 タイミングの悪い呼び出しに胸中で父を罵倒しながら、私も裏道を使って移動した。

 ▼

「ソフィーナがいない?」 「ああ。何か知らないか」

(……)

 花嫁修業サボり一日目。  早くも父に、私の行動がバレていた。

 どうやら王宮で働く数人に声をかけ、私の様子を逐一報告させていたようだ。

 ……キモ。  素直にそう思った。  粟立つ肌を、自分で自分を抱きしめることで抑えつつ、二人の会話に耳を傾ける。

「いえ、私は何も知りません」 「最後にソフィーナを見たのは?」 「朝、言ってきますの挨拶をされたきりで――」

 そこまで言ってから、お姉様は口元を手で押さえた。

「ま、まさか……また何か事件に巻き込まれたんじゃ……!?」

 この時間軸では、あの誘拐事件からまだ少ししか経っていない。  お姉様がそんな風に思い至るのも無理はなかった。  しかし父は冷静に首を横に振った。

「いや、それはない。御者はソフィーナ本人から『今日は休みなので送迎は不要』と伝えられたらしい。あいつが自らの意志で何かをしているのは間違いない」 「一体、何のためにそんなことを……?」 「分からん。ただ、理由次第ではオズワルド殿下の婚約者をお前に戻すことも考えなければならない」

(……チッ)

 考えが甘かった。  まさかこんなに早くバレるとは……。

(対策を練らないといけないな)

 私は音を立てないよう、静かに二人の傍から離れた。

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