翌日。 早朝に起きた私は、昨日の顛末を手紙にしたためていた。 宛先はもちろん、オズワルドのご家族である前国王陛下だ。
「うへへ……おねーさまぁ……」
ベッドではすやすやとソフィーナが眠っている。 夢の中にまで私が登場しているようだ。 そちらに向かって微笑み、再び手紙に視線を落とす。 長々と書いているが、内容を簡潔にまとめるとこうだ。
『オズワルドから婚約破棄を言われたので、それを了承することにしました』
回りくどいが、突然来訪して前陛下の周辺を引っかき回したくない。 かと言って連絡もなしに婚約破棄は礼を失する。 なので折衷案として、最初に手紙を出すことにした。 どのみちあとで出向いて話を詰めなければならないが、先触れとしてはこれで十分だろう。
――貴様のような愛想のない女はもうたくさんなんだよ!
「……」
オズワルドの言葉がちくりと胸を刺す。 確かに腑抜けなところや不真面目なところがたくさんあったけれど……私は、私なりに彼を想っていた。
結婚後の人生設計も真剣に考えていた。 考えた上で、彼に良くなって欲しくて、あえて厳しい態度で接していた。 愛想や愛嬌を「余計なもの」として取ってしまったのが悪かったのだろうか。 愛想良く笑い、愛嬌を振りまいて接していれば……彼はまだ、私の婚約者だったのだろうか。
彼にあそこまで言わせてしまった私にも落ち度はある。 あの時、ああしておけば――そういう後悔がいくつも波を作って押し寄せた。 とはいえ、零れた水はもう戻らない。 仮にオズワルドと元の関係に戻っても、もう結婚は考えられない。
座学、礼儀、音楽、ダンス、護身術、魔法。 オズワルドのためにと努力してきた全てが、あの一瞬で水泡に帰した。 その喪失感は未だ胸にぽっかりと穴をあけている。
「……もう少し、優しくしていたほうが良かったのかしら」 「いいえ、そんなことはありません」 「っ、ソフィーナ。起きてたの」
いつの間にか、眠っていたソフィーナが目を覚ましていた。 彼女は一度伸びをしてからベッドを立ち上がり、椅子に座る私を後ろから優しく抱きしめた。
「お姉様に落ち度はありません。あのゴ……オズワルド様に、お姉様の愛を受け止める度量が無かっただけです」 「……そう、かしら」 「ええ。そもそも第二王子ごときがお姉様と釣り合うはずがないんです」 「あのね。私はただの公爵令嬢なのよ?」
王族と公爵家。どちらの立場が上かは明らかだ。 にも関わらず、ソフィーナはオズワルドを格下とせせら笑う。
「家柄なんてその人の付属品にしか過ぎません。お姉様がたとえ平民であっても、ゴ……オズワルド様には勿体ないと私は言います」
ソフィーナの中で私はどういう扱いになっているんだろうか。 たまに気になって仕方がない。
「きっと、もっと素敵な人に見初められると私は確信しています」 「……」
ソフィーナはそう言うが、次の相手を見つけるのは難しいだろう。 私は長らく「オズワルドの婚約者」として社交界で見られてきた。 彼は腐っても第二王子だ。次の相手はそうそう名乗りを挙げて来ないだろう。 下手をすれば、このまま行き遅れる可能性も……。
私が返答に困りかねていると、タイミング良く部屋の扉がノックされた。 血相を変えたメイドが、慌てたように告げた。
「レイラお嬢様、ソフィーナお嬢様っ。こここ、国王陛下から至急、王宮に来るようにと通達が……!」 「……分かったわ」
昨日感じた嫌な予感は、どうやら的中していたのかもしれない。
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二人で王宮へ出向く。 謁見の間に近付くと、聞き覚えのある声ががなり立てていた。
「――そしたら急に暴力を振るわれたんだ! 僕のアゴを見てくれ兄上、すごく痛そうだろう!?」
オズワルドだ。 彼は玉座に座る兄――アレックスにすり寄り、腫れ上がった顎を見せていた。 ソフィーナは昨日、感情のままに彼を殴り飛ばした。 熱の魔法によるおしおきは上手に調整していたようだが、アッパーカットに関してはくっきりと跡が残ってしまっている。
いくら相手に落ち度があろうと、暴力はまずい。 どうにかして庇わないと……。
「よく来てくれた、二人とも。堅苦しい挨拶は抜きにして、本題に入ろう」
アレックスはまだ二十の半ばにも満たない年齢で玉座に就いた。 前国王陛下が早くに隠居の道を選んだことも、彼がどれほど飛び抜けた傑物であるかを物語っている。 一応、私たちの幼馴染みではあるけど……今となってはあまりに遠い存在だ。
「まずは事実確認として、形式上、一応聞いておく」
やけに長い前口上に、私は首を傾げた。 アレックスは苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、額を押さえながら手元の紙に目を落とした。
「レイラ。君は昨日の夕刻、オズワルドを呼び出して婚約破棄を告げた。理由は……ええと、王位継承できない弟に価値はないと判断したから」
……ん? 私は思わず眉をひそめた。
「そして一方的な理由を咎めるオズワルドに対し、ソフィーナが暴力を振るった。これに間違いはないか?」
私とソフィーナは頭に「?」を浮かべ、オズワルドだけがしきりに「うんうん!」と首肯している。 読み上げた内容――オズワルドが訴えたんだろう――は、ことごとくが真実とはほど遠い状態だった。 合っているのは、ソフィーナが暴力を振るったという一点のみ。
「……あの」
違います。 そう言う前に、アレックスは私の口上を手で制した。
「二人のその反応で十分分かったよ。茶番に付き合わせてすまないね」
バツが悪そうに頭を下げてから、彼は――弟であるオズワルドを睨んだ。
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