最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#35 第九話「袋小路の出口」


「で、できた……!」

 お姉様はふよふよと浮かぶ水を前に目を輝かせた。

「やった……やったわ、やったー! わぷぅ!?」

 喜びを爆発させると、見計らったように浮かんでいた水がお姉様の顔にぶつかった。  嬉しさ故か、それとも初めて故か――とにかく、制御を誤ったようだ。

 驚きで尻餅をつくお姉様。

(――っ、待て待て。行く必要はない)

 反射的に助けようと動く足を手で押さえる。  お姉様のちょっとした危機に動いてしまい、人生を台無しにした経験は枚挙に暇が無い。  大丈夫、ちょっと転んだだけだ。  我慢我慢。

「っ、本!」

 お姉様はぐっしょりと濡れた顔や土で汚れた洋服よりも、本に水がかかっていないかをまず確認する。

「……よかった。濡れていないわ」

 本の土汚れを払ってから、ぷるぷると頭を振って水気を払う。  そして、感触を確かめるように手のひらを、ぎゅう、と握り締める。

「これが魔法を使うっていう感覚なのね……確かに覚えたわ」

 ▼

 お姉様はたった一ヶ月で魔力の感知をすっ飛ばし、魔法の使用にまで至った。  その底知れぬ才能には驚嘆きょうたんする他ない。

(まさかこんなに早く魔法を使える段階に行くなんて……フィンランディ家から嫌がらせされる可能性大だな)

 強力な魔法使いを代々輩出している公爵家を思い浮かべつつ、今後の人生のルートをあれこれと考察する。

 今日、魔法の感覚を掴んだことでお姉様はより訓練にのめり込むだろう。  嬉しさ故か、食事中もどこか上の空だった。

 お姉様には大変申し訳ないが――どこかの段階でそれを止める必要がある。  成長しきっていない今のお姉様の身体では、過度の訓練は負荷に耐えられない。  せっかく目覚めた才能の芽を、自ら摘んでしまうことになるのだ。

 魔法が使えない(ことになっている)私が言っても説得力は皆無だ。  本から引用して伝えても、夢中になっている今のお姉様はきっと訓練を止めないだろう。

 この問題を解決するには、家庭教師の存在が必須だ。  父に早く見つけてもらいたいところだ。

「そういえばお父様。魔法の家庭教師は……」 「そう簡単には見つからん。気長に待つんだ」 「……はい。分かりました」

 お姉様は目に見えてシュンとした。  ……もし、少し待っても見つからないなら。  私が適任者を探す。

 新しく発生したイベントを心のメモに書き加え、私は食事を終えた。

 ▼

 ――その翌週。  運命の日を迎えると、やはりお姉様は奇病に罹ってしまった。

 おかしな行動はなかった。  少なくとも私が見た範囲では、だが。  たまたま私が見ていない時に病気に罹ってしまったのか、それとも見ていたのに気付かなかったのか。

 いずれにせよ、奇病の正体は今回の人生では掴めなかった。

「――戻れ」

 ▼ ▼ ▼

 人生をやり直した私は、再びオズワルドの協力を取り付ける段階まで時間を過ごした。

「お願いを聞いてくれたら何でも言うことを聞きます」 「言ったな? 確かに聞いたぞ? 後から無理って言っても聞かないからな?」 「女に二言はありません。どんなことでもどんとこい! です」

 一度の人生ではお姉様の行動の全てを把握しきれない。  見落としていた行動、見られなかった時間帯。  それらをもう一度、つぶさに観察する。

 まるで砂漠から一粒の金を探すような地道な作業だが、全く苦にはならない。  諦めが悪いこと。  これが私の唯一誇れる長所なのだから。

 そしてこの諦めの悪さが、いつか神々の運命をも変える。

 私はそう信じている。

 ▼ ▼ ▼

 二度、三度。  六度、七度。

 二十を超えた辺りで、私は数えることに飽きた。  これだけ繰り返せば、限られた期間内での行動も網羅できる。

 ――なのに、お姉様の奇病発症のきっかけが分からない。

 ひょっとして以前から病気を抱えていたのかと、他の期間もお姉様を監視した。  ……しかし、原因は未だに不明。

 これまで通り、オズワルドと婚約するルートに変更してみたが、やはりその時は奇病に罹らなかった。

「くそ……なんでだ!」

 部屋の中で、私は枕に拳を叩きつけた。  お姉様の行動におかしな点はない!

 何故。  どうして。

 まるで出口のない袋小路に閉じ込められた気分だ。  やはりお姉様はオズワルドの婚約者でなければシナリオそのものが進まないようになっているのか?

 ――いや、それはない。  オズワルドの婚約者であっても、低確率だが奇病に罹っていた。  必ず、必ず何か原因があるはずだ。  原因が分かれば回避だって可能だ。

 これまで何度も何度も、出口のない道を彷徨い突破してきた。

 考えろ。  考えろ……!

 そうして考えて、考えて、考えて、考えた末。

 私はお姉様とほぼ同時期に、熱を出して倒れてしまった。

 私まで奇病に罹ってしまったのかと思ったが、どうやら違うようだ。  くそ……寝ている場合じゃないのに!

 ベッドから這い上がり、机にかじり付く。  ノートには、お姉様の行動パターンが綿密に書き込まれていた。  どのタイミングで、どれくらいの確率でどういう行動をするのか。

 それらを検証しても、答えは出ない。

「ソフィーナお嬢様。検温を……お嬢様! まだ起きては駄目です」 「……ぐ」

 タイミング悪くやってきた医者に見咎められ、ベッドに連れ戻されてしまう。

「何を熱心に書いているんですか?」 「……勉強を」 「ほう。国外の言葉ですね。西大陸のものでしょうか?」

 ノートを見ながら、医者はメガネを持ち上げる。  見られてはマズい類の書類を書くときは、神々が使っていた言語を使っている。

「はい。そんなところです」

 奴らの言語はとても複雑な構造をしており、言語学に精通している者が見ても解読には相当な時間がかかる。  高度な翻訳魔法でも使われない限り、見られても内容がバレる心配がない。

 あの真っ白な世界に行ったとき、何故か言語を理解できるようになっていた。  ……これも一種の能力に数えて良いのだろうか。

「まだお若いのにさすがですね。しかし身体を壊しては元も子もありませんよ」 「わたしはだいじょーぶです。けど、おねーさまが」 「大丈夫ですよ。レイラお嬢様も、すぐに良くなります」

 お姉様も私のように単なる風邪なら、どれだけ良かったか。

「まだ熱が下がりませんね。お薬を飲んで、横になりましょう」

 ……いや。  本当にただの風邪なんじゃないか?  たまたま時期が重なっていただけで、今回は奇病じゃないんじゃないか?  数日寝れば私も、お姉様も、また元気になるんじゃないか?

「今はゆっくりお休みください」 「わかり、まし、た……」

 ――そんな私の希望を嘲笑うかのように、お姉様は翌週、帰らぬ人となった。

 ▼

 すっかり熱の下がった冷静な頭で、私は先週の自分の判断を恥じた。

 何もせずともお姉様が生存する?

 そんな希望があるわけないだろうが!  神々はお姉様を生かす道を徹底的に塞いでいる。  それを分かっていながら、私は単なる風邪だと信じたくなった。  熱に浮かされていたせいかもしれない。

「……無駄な時間を過ごした」

 お姉様の葬式など出たくもない。  私は早々に戻ろうとする。

「戻──」

 言い終える前に、廊下から大きな声が響いた。  イグマリート家お抱えの、あの医者の声だ。

「こんなことはありえない……! 彼女の身体を調べさせて下さい!」

 ――そういえば、いつもこの時間よりも前にやり直しを発動するので忘れていた。  お姉様の死を、父と母は彼の誤診と判断するんだった。  重大な病気を見逃したとして、責任を取るために処刑されるのだ。

 こっそり様子を伺うと、彼は切羽詰まった様子で父に懇願していた。

「そんなことをしたところでレイラはもう帰ってこない。無駄な時間を使わせるな」 「……」

 冷たく言い放つ父。  今回ばかりはその言葉に賛成だ。  何をしたところでもう意味はない。  早く人生をやり直し、奇病の原因となるものを――。

 顔を上げた私の前に「あれ」が浮かび上がった。

『医者にレイラの身体を調べさせますか?』  はい  いいえ

----