最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#36 第十話「次こそは」


 ――私にとっては遠い昔のこと。  初めてお姉様が奇病に倒れたとき、医者は今と同じようなことを言っていた。

 お姉様の身体を調べさせて欲しい、と。

 定期的に診察していた彼ならば、お姉様の状態を詳しく知っている。  私以上に病理を診断する知識も持っている。

 例え死後であっても――無意味なんかじゃない。

 選択肢なんか見えなくても、少し考えれば分かることではないか。  どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのか。

 原因は分かっている。  日に日に弱っていくお姉様を見ていたくなくて、早くに戻りすぎていたせいだ。  少し待てばお姉様を救うためのヒントが見えていたというのに……。  同じ時間を繰り返し、意味もなくお姉様を苦しめてしまっていた。

 けれど、それもこれで終わりだ。  私は迷わず『はい』を選択する。

『医者にレイラの身体を調べさせますか?』  →はい   いいえ

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「――待て。レイラの身体を調べることを許可する」 「え?」

 背を向けていた父が振り返る。  たったいま『連れて行け』と命令を受けていた衛兵たちは、思わぬ掌返しに面食らっていた。  突然の宣言に、母も怪訝な表情を向けている。

「あなた?」 「考えが変わった。これで新種の病気でも発見できれば、少しはレイラも浮かばれるだろう」 「……ふぅん。そういうことね」

 公爵家を今以上に繁栄させる。  そのためならば利用できるものは何でも利用する。  父の頭にはそれしかない。  例え娘であっても――そして、死後であっても。

 父の考えを誰よりもよく知る母は、父の心変わりに納得できる理由を見つけて頷いている。

「これで新種の病気でも発見できればヴァレンティ公爵家の鼻を明かせる……と?」 「そういうことだ」

 我が国に四つある公爵家は、国家安定のため互いに手を取り合っている。  ――というのは建前で、水面下では互いの出鼻を挫き、足を引っ張り合っている状態だ。  特にイグマリート家は他の公爵家のようにこれといった特徴を持っていない。  そのせいか、同じ公爵家であっても他からは見下される傾向にある。

 父はプライドの高い人物だ。  自分の代でそれを払拭したいと躍起になっている。  お姉様を利用する案を思いついたとしても、誰も不思議には思わない。

「さすがあなたね。考えることが違うわ」 「突然、頭の中に思い浮かんだ」 「天啓というやつね。このまま土に還すくらいなら、役に立って貰いましょう」

 ――まさかその天啓が『選択肢』によってもたらされたものとは知る良しもなく、父は自分で閃いたと思い込んでいる。  滑稽だ。

 鼻を高くする父も、それを褒めそやす母も。

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 イグマリート家に地下室は二つある。  ひとつは厨房にあり、中はワインの保管庫になっている。  そしてもう一つは衛兵の詰め所にある。  狼藉ろうぜき者を一時的に閉じ込めておくための地下牢だ。

 専用の部屋が無いので、お姉様の遺体調査は牢の中で行われることになった。  医者が逃亡しないための防止策も兼ねてこの場所を選んだようだが……。  そこにはお姉様への配慮は欠片も見当たらなかった。

「……」

 我慢。  我慢だ……。  口の中に広がる鉄の味を噛みしめながら、私は物陰から様子を覗き見る。

「言い出したのはお前だ。病気の原因が分からなければ、処刑は実行する」 「はい。機会を与えて下さりありがとうございます」 「ふん。いいか? 何としてでも見つけ出せ」

 医者に対して凄んでから、父はさっさと地下牢を出て行ってしまった。

 一人になった医者は、お姉様の前で十字架を切る。

「レイラお嬢様……申し訳ありません」 「……」

 医者は……後悔を滲ませた声で懺悔した。  自分が助かりたいが為に言い出したのかと思ったが、震える声音から察するに違うようだ。

 このイベント以外で、医者と積極的に関わることは無かった。  成長すれば自然と接する回数も少なくなる。  害も益もないため、私の中では路傍ろぼうの石のような存在だった。  しかし彼はいま、お姉様の為に泣いてくれている。

 ……もしかしたら、信頼できる人物なのかもしれない。

(いや。まだ断定はできない)

 死というイベントは人にとって大きすぎる衝撃を与える。  そのせいで本来の性格とは異なる動きをしているのかもしれない。  信頼できると思っていた相手が、何かの拍子に豹変するような場面は数え切れないほど見てきた。  今回だけでは信頼に足る人物だと安心することはできない。  できないが……今後は様子を見てもいいかもしれない。

「では――解剖を開始する」

 長い黙祷を終え、医者は小さめのナイフを手に持った。  それをお姉様の、白を通り越えた土色の肌に触れさせる。

 ぴっ。

「うわっ」

(……え?)

 お姉様の、切れた肌から血が勢いよく飛び出し、医者の目に当たった。

 私は医術に関しては専門外だが、これまでの人生を通して多くの死を見てきた。  戦争まで経験したんだ。死体がどういうものかもある程度、理解もしている。

 その経験から、死体から血が飛び出すという違和感に肌が粟立った。  死とは、身体のすべての機能が停止することだ。

 当然、体内を巡る血液の循環も止まっている。  死後すぐ――というならまだ理解できる。  しかし、お姉様は亡くなってから数日が経過している。  表面を少し切ったくらいで医者の顔の高さまで血が飛ぶはずがない。

 飛ぶとすれば――まだ体内で、

「あ……うあ、うあああ、ああああああ……!」

 目を擦っていた医者が、苦しそうなうめき声を上げる。  様子がおかしい。

 肌がすり切れるほど強く擦っているのに――付着した血が全く取れていない。  それどころか、少しずつ、少しずつ――目や鼻、口の隙間に入っている。

「そうか、そういうことか……! こ、れは、病気なんかじゃない……!」

 医者には、これが何なのかが分かったようだ。  しかし一向に状態は回復せず、顔を抑えてもがき苦しんでいる。  お姉様を乗せた簡易ベッドに身体がぶつかっても、剥き出しの岩で肌が傷付いてもまるで意に介さず、床に転がり暴れ続ける。

「くっ……大丈夫ですか!」

 何が起きているか分からないが、黙って見ている訳にもいかない。  私は物陰から飛び出し、地下牢の鍵に刺繍針を差し込んだ。

 少し時間がかかるが、このくらいの錠なら鍵が無くとも開けられる――。

「そ、こ、に、誰かいるのか……!?」 「ソフィーナです! 安心して下さい、すぐに助けます!」 「駄目だ!」

 医者は鉄格子を掴み、鍵を開けようとする私を突き飛ばした。

「私はもう、助かラない! 早くこコから逃げろ!」

 彼の背後で、倒れたベッドから投げ出されたお姉様の身体から――赤い水が溢れてくる。  明らかに人間の体積を超えて滲出しんしゅつするそれは途中から透き通る透明に変色し、まるで意志を持っているかのようにお姉様を包み込んだ。

「レイラお嬢様は病気で死んダんじゃない……寄生型のスライムのエサにされタんだ!」

 お姉様を死に追いやる奇病。  その正体は――スライムという魔物の一種だった。

「こ、こいつが……」

 お姉様を苦しめ、死に至らしめる元凶……!  スライムは触手のような腕を生やしながら、急速に体積を膨張させていく。

「この建物ごと燃やすんだ! 早く! こいつをここから出せば大変なごぼ」

 お姉様に続き、医者の身体もスライムの中に取り込まれる。

「……! ……!」

 彼は水に溺れたようにしばらく藻掻いていたが……やがて、手足をだらんと垂らして動かなくなった。  スライムの触手が、私の元まで迫る。

「『精霊の友よ! の者と共々ともども獄炎ごくえんの――っ』」

 咄嗟に魔法を発動しようとするが、やはり子供の身体では十全に制御できない。  痛みと目眩で、一瞬だけ詠唱が途切れてしまった。  その一瞬が、生死を分かつ『間』となった。

「くっ」

 幾本もの触手に身体を捉えられ、医者と同じように身体の中にずぶずぶと沈んでいく。

「こン――のぉ!」

 拳を振るうが、粘り気のある水面を叩いているかのように波紋が広がるだけで何の痛痒も与えられていない。  為す術もないまま左腕が、右足が、左足が、頭が――スライムの中に沈んでいく。

 完全に『詰み』だ。  だが、原因は分かった。

 私は、顔がどこにあるのかも分からないスライムに向かって、殺意の籠もった眼差しを向けた。

「お姉様の幸せを邪魔するクソ野郎が! 次だ! 次こそは必ずお前をぶっ殺してやる!」

 私の啖呵などまるで意に介さず、スライムは残った部分も身体の中に呑み込んでいく。

――そこで私の意識は消失した。

 BAD END

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