最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#37 第十一話「対策」


 気が付くと、あの朝に戻っていた。

 私が人生をやり直す契機は二つある。  「戻れ」と呟くか、私が死ぬか。

 死んだ場合は自動的に巻き戻るようになっている。  お姉様ほどではないが、私も何度か死を経験している。

 大抵の痛みには慣れているつもりだったが、スライムに溶かされたのは初めてだ。

「痛……」

 そのせいか、人生をやり直したはずなのにまだ皮膚の上には奇妙な感覚が残っていた。  幻肢痛、というやつだろうか。

「まさかスライムが原因だったとはな」

 完全に見落としていた。  奇病――その言葉に囚われすぎて、病気以外の可能性を考えていなかった。  発熱に始まり、衰弱を経て、幻覚に包まれ、最後には何もかも分からなくなり死ぬ。

 そんな症状とスライムを結びつけるだけの発想と知識が根本から欠けていた。  医者を使うという案にしてもそうだ。

 お姉様の死を見たくないという個人的なワガママのせいで、結局原因の特定が遅れてしまった。  選択肢が出ていなければ、私はまだあのやり直しの螺旋の中を彷徨っていただろう。

「いくら繰り返しても、愚図は愚図のままか」

 一度目の人生を思い出す。  何をやっても人より劣っていたあの頃。  一回やればできることが、十回やってようやくできる。  何をやらせても、何を考えさせても、要領の悪さはあの頃から変わっていない。

 人生をやり直す能力で同じ事を何十度と繰り返し、ようやく人並みになれる。  座学も、礼儀も、音楽も、ダンスも、戦闘も、魔法も。

 諦めの悪さ以外に取り柄は何もない。  それが私だ。

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 スライムに関して最低限の知識は持っていたが、詳しくは知らない。  公爵令嬢であるお姉様と魔物には接点がほとんど無い。  それよりも怖いのは貴族たちの権謀術数だ。  だから覚えても大して役に立たないと、何度か斜め読みした程度だ。

 改めて魔物の知識を得るため、私は王宮の資料室に目を付けた。  そこに魔物の詳細な資料があることを知っていたからだ。

「資料室が見たい?」

 私はオズワルドから信頼を得るまで日を進め、彼におねだりした。

「はい。どーーーしても見たいものがありまして。だめ……ですかぁ?」

 胸焼けがしそうなくらい甘い声を出しながらすり寄ると、オズワルドは「むふ」と気持ち悪い声を上げた。

「こほん。お前がどーーーしてもと言うのなら、僕の権力を使って許可を取ってきてやってもいいぞ!」 「ありがとうございます! さすがオズワルドさま」 「ふふん! もっと僕に感謝を捧げるんだな!」

 チョロい。  私は胸中で舌を出しながら、目的の魔物の資料を手に入れた。

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 ――スライム。  粘体性の身体を持つ不定形生物。  体長は十センチから三十センチほど。  魔物の一種に数えられているが、攻撃性はほとんどない。

 それでもこの大陸では危険生物とされ、見つけ次第殺処分することが義務づけられている。

 なぜ、そこまで危険視されているのか。  それはごく一部のスライムが持つ、ある特徴のためだ。

 一部のスライムは傷口から人間の体内に侵入し、内側から身体を食い尽くす。  この特徴を持つスライムを、寄生型のスライムと呼んでいる。

 通常型と見分ける方法は今のところ存在していない。  そして、寄生された人間を救う術も存在していない。

 寄生に成功したスライムは宿主を殺した後、急激な進化を遂げる。  動物的だが高度な知能を身に付け、周辺の人間を計画的に喰らい尽くす。

 たった一匹のスライムに全滅させられた村がある――なんて話があるほどだ。

 無害に見えてその実、どんな生物よりも被害を与える可能性を孕む魔物。  それがスライムだ。

 お姉様は運悪く、スライムにいつの間にか寄生されていたのだ。

「そういうことだったのか」

 原因さえ分かれば対策は簡単だ。  スライムが傷口から体内に侵入するというのなら、あの期間中は一切怪我をさせないようにすればいい。

「お姉様が怪我をされた日は……三日目と、二十日目の二回だけだ」

 どちらかのタイミングで、お姉様はスライムに寄生される。  それを防ぐだけで対処は完璧だ。  記憶を辿りながら、ノートにメモを書き記していると。

「失礼しますソフィーナ様。オズワルド様がいらっしゃいました」 「ありがとうございます。すぐに行きますね」

 扉がノックされ、メイドが来客を告げる。  ちらり、横目でノートを見られるが、何が書いてあるかは読めないだろう。  異なる三つの書き方を組み合わせる神の言語を解読できる人間はこの世界にいない。

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「こんにちはオズワルド様。今日はいい天気――」 「さあソフィーナ! 約束を果たしてもらう時が来たぞ!」

 私の挨拶を遮り、オズワルドは尊大に腕を組んだ。

「わかっていますよ」

 魔物の資料は本来であれば持ち出し不可のものだ。  それをオズワルドの権力を借りて無理やり持ち帰った。  いくら第二王子とはいえ、それなりに苦労をかけてしまった。

 なので、その対価を今から支払う。  私は応接室のソファに座り、自分の膝を、ぽんぽん、と叩いた。

「はい、オズワルドさま。どうぞ」 「うむ!」

 うきうき、という擬音がぴったり当て嵌まるにやけた顔のオズワルド。  彼は私の横に座るや否や身体を倒し、膝に頭を乗せた。

 いわゆる『膝枕』というやつだ。  『無理なお願いを聞いてもらう代わりに何でもします』と言うと、膝枕これを要求された。  女好きとはいえ、まだまだ子供。発想は可愛いものだ。

「ソフィーナ! 頭を撫でろ!」 「はーい。よしよし。がんばりましたねー」

 さらさらした金髪を撫でると、オズワルドは嬉しそうに目を閉じ、されるがままになっている。  婚約者になって分かったが、こいつの立場は存外役に立つ。  これまで大人になるまで入れなかった場所も、オズワルドを通せば許可が下りる。  権力者とのコネはいつの時代でもあって困ることはない。

 何かと利用させてもらおう。

(留学にかこつけて西大陸に直接乗り込む――なんてこともできるかもな)

 あちらの大陸には戦争を仕掛けてくる鍵となる人物がいるはずだ。  そいつを先に殺して戦争を未然に防ぐ――なんて計画も立てられるかもしれない。

 いろいろと考えを巡らせていると、オズワルドの方から寝息が聞こえてきた。

「うりうり」

 起きない程度に頬をつねって遊んでいると――目の前に、いきなり選択肢が現れた。

『オズワルドにレイラの家庭教師を探してもらいますか?』  はい  いいえ

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「家庭教師……? ああ、魔法の、か」

 本当に脈絡のない内容のものだったので、思い出すまでに少し時間がかかった。  数ヶ月後、お姉様は魔法に目覚める。  色々あって有耶無耶になってしまったが、家庭教師は結局見つからないままだ。

 目覚めると同時に授業を始めるなら、この時期から動いていた方がいい――というのは分かる。  分かる、が……。

(こいつに頼んだところでいい奴を見つけてくるとは思えない)

 オズワルドの権力は役に立つが、オズワルド自身はまだ使い物にならない。  とんでもない人物を連れてきてお姉様の人生がめちゃくちゃに――なんてことも容易に想像できるし、別の事例でそうなったこともある。

 『こういう選択肢が出てくる』ということだけ記憶に留め、私は『いいえ』を選択した。

『オズワルドにレイラの家庭教師を探してもらいますか?』   はい  →いいえ

「さあスライム。もうお姉様に寄生なんてさせないわよ」

 しかし。

 私の決意が実を結ぶことはなく、その後もお姉様は奇病に罹り続けた。

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