最愛のお姉様が悪役令嬢だったので、神が定めた運命(シナリオ)に抗います

#38 第十二話「ひとつの場面」


「くそ! どうしてだ!」

 私は机を叩きながら激高した。  何度やり直しても、お姉様は奇病を発症する。

 傷口からスライムが入るというのなら、怪我以外で寄生されるタイミングはないはずだ。  お姉様が決まって怪我をするのは二回だけ。  他の日にランダムですることもあるが、それならスライムが常にお姉様の近くに潜んでいなければ寄生できない。  必然的に、あの二回のどちらか、ということになる。

 なのにその二回を防いでも、結果は変わらなかった。

「こうなると、書物の内容を疑う必要があるな」

 高価そうな表紙が付いていたとしても、所詮は人間が書いたものだ。  情報が間違っていたり、古いままだったりすることはよくある。

「王宮の書物庫に保管されていたから」とか「権威あるあの方が書いたものだから」とか、そういった情報以外のものに惑わされて内容を鵜呑みにするのは危険だ。

 私は得た情報を一旦忘れ、最初から考え直すことにした。

「スライムは傷口から体内に侵入する。これが間違っていたとしたらどうだ? 傷以外からでも入れると考えると……」

 口や鼻からでも入れると仮定すると、侵入経路は格段に増える。

 だとすれば次に怪しいのは食事だ。  スライムは普段、不潔な水の中にいることが多いらしい。  奴らは無色透明なので、水中を漂うだけで外敵から身を隠すことができる。

 食卓に並んだスープの中に、たまたまスライムが混ざっていてそれがお姉様の口に入ってしまう……なんていう可能性も――。

「……いや、ないな」

 浮かんできた仮説を、すぐに首を振って払い除ける。  公爵家の人間が口にするものに、不潔な水が使われているはずがない。  それに……もし食事が原因だとするなら、父や母、あるいは私も寄生されているはずだ。  他のルートも含めて、お姉様以外の人間が奇病に罹ったことは一度たりともない。

 お姉様だけが、何故か毎回スライムの宿主に選ばれる。

「とにかく、次からはお姉様の口に入るものに気を付けるか」

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「おねーさま、今日はいっしょにお風呂に入りましょう」 「今日も、でしょ。もちろんいいけれど」 「わーい」

 奇病に罹るまでの期間の、お姉様の食事をすべてチェックした。  結果はシロ。  料理人がどれだけ丁寧に仕事をしてくれているのかを知れただけだった。

 次に可能性がある場所と言えば、風呂だ。  スライムは熱に弱いので可能性としては低いが、念のため。

 貴族の風呂は子供には大きすぎる。  足を伸ばすどころか、泳ぐことすら可能だ。  疲れを癒すにはもってこいだが、簡単に溺れてしまえる怖さもある。  なので、私たちの入浴には必ず介助役のメイドが一緒に入る決まりになっていた。

「ソフィーナお嬢様。お背中流しますね」 「おねがいしまーす」

 メイドに背中を洗われながら、同じように別のメイドに身体を擦られているお姉様の様子を窺う。  一応、怪我がないかを見ておく。

(怪我は……していないな)

 剥きたての卵のようなお姉様の肌には、怪我は一切なかった。

「どうしたのソフィーナ。じっと見てきて」 「おねーさまにみとれています」 「……なんだか照れるわね」

 恥じらうお姉様に癒されつつ、さりげなくお姉様が顔を洗う桶や、湯舟の中に気を配る。

(……まあ、いるわけがないよな)

「レイラお嬢様、ソフィーナお嬢様。お湯加減はいかがですか?」 「ちょうどいいです」 「はい! きもちいいですー!」

 湯舟につかりながら、ほぅ……と気を緩める。  寄生スライムの感染ルートはまだ分からない。  しかし気を張りつめてばかりではいい打開策が湧いてこないのもまた事実。

 こうしてリラックスする時間は大切だ――ということを、長い繰り返しの中で私は嫌というほど学んでいた。

 奇病を乗り越えるために繰り返した回数は軽く五十回(正確に数えていないので、あくまで体感だが)を超えている。  大抵のトラブルは十回程度で乗り越えられると考えれば、今回はかなりの『強敵』だ。

(前もこんなことがあったな)

 学園に上がる前、ルートによっては他の公爵家と揉めることがある。  オズワルドの婚約者という立場を得て増長した父は、他の公爵家から疎まれ、敵意を向けられるようになる。  それを諌めるために、一計が案じられるのだ。

 調子に乗りやすい父を懲らしめるという目的には賛成だが、その手段が良くない。  そのとき標的にされるのは――父ではなく、お姉様だ。

 お姉様が乗った馬車の車輪が整備ミスで外れてしまい、横転する。  調子に乗っていると、次は娘がもっと酷い目に遭うぞ――そういうメッセージの込められた脅しだ。

 本来なら少し怖い思いをするだけで済むはずの事故は、不運が重なりお姉様を殺すイベントに化ける。

(あれも突破するのにかなり時間がかかったな)

 まだやり直しを始めて間もない頃だったこともあって、なかなか打開策が見つけられずかなり手間取った。

 お姉様を馬車に乗せない。  母を説得して父を大人しくさせる。  私がお姉様に変装して馬車に乗る。  調子に乗る父の鼻を早めに折る。  敵公爵家に取り入る。  敵公爵家の子供を誘拐する。  敵公爵家の息子と婚約する。  他の公爵家に敵意を逸らす。  父を殺す。  敵公爵家を殺す。

 あらゆる手段を片っ端から試して、試して、試して。  それでもうまくいかず、何度もやり直しするハメになった。

 今思えばあの頃の私は失敗続きでかなり視野が狭くなっていた。  そんな私を救ってくれたのは、お姉様だ。

「一緒にお風呂に入りましょ」

 何かを聞いてくるでもなく、ただ風呂に誘っただけ。  それでも、当時の私にとっては救いだった。  おそらく、焦燥感に駆られていた私を見て何かを察してくれたのだろう。

 ……お姉様には助けられてばかりだ。

 ▼

 あの時のように、リラックスすれば何か打開策がぽろりと落ちてくるかもしれない。  それを期待して、私は肩まで湯船につかった。

「たのしいですね、おふろ」 「ソフィーナ。あまりはしゃいでは駄目よ」 「はーい」

 熱気に揺られながら、もう一度スライムの侵入ルートを考え直す。

 食事の中に混入している、という可能性。  風呂の中に紛れている、という可能性。

 僅かな可能性を潰すために調べたが……やはり無理がある。

 スライムの体長は最小でも十センチ。  そんなものが入っていたら、すぐに気付く。  そもそも子供の口では飲み込むことすら難しいのに、混入しているなどありえな――

「……っ」 「どうしたのソフィーナ?」 「ソフィーナお嬢様。湯舟で急に立ち上がると危ないですよ」 「そうですよ。ツルッと滑るかもしれませんからね」

 お姉様とメイドたちの声を無視して、私は虚空を見上げた。

 何気なく浮かび、消えていく言葉。  それがほつれてしまわないよう、慎重に手繰り寄せる。

「……」

 私はいま、何と言った?  何と考えた?

 ――そんなものが入っていたら、すぐに気付く。

 そうだ。  気付くはずだ。  

 私は気付けなくとも、お姉様は絶対に分かるはずだ。  なのにお姉様がそれに気付いた素振りは一度もない。

 それは、つまり――

「スライムは、もっと小さい」

 数センチ。  あるいは、それ以下。  寄生スライムは、通常種よりも小さな形で自然界に生息している。

 何かの拍子に傷――あるいは、口や鼻――から入っても、本人が気付けないほどに。

「ソフィーナ? スライムがどうかしたの?」

 お姉様は首を傾げ、不思議そうにこちらを見上げていた。

「――ごめんなさい。少しのぼせてしまったみたいなので、先に上がりますね」

 ▼

 けたたましく鳴り響くドアの音と喧騒。  それらを無視しながら、私はこれまでの思考をまとめ上げた。

 仮説で浮かび上がってきた、寄生スライムの本当の姿。

 そして、お姉様のこの期間の行動。  それらを結び合わせたとき―― 一つの場面が浮かび上がった。

「ついに、見つけた」

 お姉様が奇病に罹るのは、だ。

「ソフィーナ! ここを開けろ!」

 ガンガンと鳴り響く扉を、肩越しに睨む。  今回の人生は、お姉様の死を回避するためのイベント以外は全てすっぽかした。

 オズワルドと誘拐されてもいないし、そもそも婚約者ですらない。  公爵令嬢がすべき勉強すらもせず、扉を家具で塞ぎ、ひたすらお姉様の行動をなぞっていた。

 考えに没頭したいときによくやるが、そこで決まって出てくるのが父だ。

「いい加減にしろ! イグマリート家の恥さらしが! そんなに閉じこもりたいのなら、地下牢に――」 「黙れ浮気男」

 ひときわ強く扉を蹴る父に一言だけ言い返すと、扉越しにギクリという擬音が聞こえたような気がした。

「は!? ななな、何を」 「『下町の女を何人囲っても財布は痛まない』――さすがイグマリート家当主は甲斐性がありますね、お父様?」 「どどど、どうしてお前がそれを……!?」 「ちょっとあなた、今のはどういう意味です!?」

 母に問い詰められる父を背景音にしながら、私は中空を見つめた。

 今度こそ、お姉様を救う。

「――戻れ」

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